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元来た道はどこだろうかと思案するも、この階層は脇道が多すぎてどこから入ってきたのか全くわからない。
どれも似たような道なのだ。目印になりそうなものもない。
それに水晶に追いかけ回されているので、知らない道に逃げることを余儀なくされている。
水晶は当然脇道にも入ってくるので挟まれませんようにと祈りながら狭い道を駆け抜けるしかない。
脇道はめったに行き止まりが無く、それが不幸中の幸いではあった。
そうしてどんどん知らない道へと歩を進めてしまうのだった。
ちなみに、逃げ回りながらあの水晶のモンスターの名前を考えてみた。
あまりいい名前が思いつかなかったので、安直に水晶と名付けることにした。
僕はもう論理的に出口を探すのを諦めることにした。逃げ続けた先で偶然出口の階段を見つけることに賭けるしかない。
はぁ、とため息を付きながら僕は本日三度目の行き止まりにたどり着いた。
「また見あった」
僕はこれまた三度目の宝箱を前に、興奮半ば焦り半ばの心境を感じる。
この階は、行き止まりのところに宝箱が置いてあるようだ。
宝箱は有り難いが、行き止まりは危険なのだ。さっと開けてすぐ元の道へ戻ろう。
ちなみに一つ目の宝箱には何かのインゴットが、二つ目の宝箱には赤い液体の入った大きな瓶が一つ入っていた。
どちらも嵩張るし、液体はおいそれとは使えないので泣く泣く置いてくるしかなかった。
「今回はいい物であって欲しいな」
僕は無造作に蓋を開け中をのぞく。
「布?……あ、これ服だ」
入っていたのは黒い布地の服だった。
今着ている服が駄目になってきていたので、これはありがたい。
しかし手に取ってみると、アウターではなくインナーのようだった。
「なんだ、インナーかぁ」
ノースリーブのシャツにボクサーパンツ、それに靴下とアームカバーも入っていた。
そのどれもに、鎧に付いていた青い模様が刺繍されていた。
「鎧の下に着るんだろうな。アームカバーがあるってことは腕につけるガントレットなんかもありそうだ」
すべての鎧を集めるのが今から楽しみだ。
試しにボロボロの上着を脱いでシャツを着てみる。
伸縮性のある生地でピタリと体に合う。
「うん、いい感じ」
それに鎧ほどではないけれど、防御力が上がったような、あの安心感があった。
これが本当に防御力が上がった証拠なのかはわからないけれど、何かの効果があるのだろうから、しっかり着込んでおくことにしよう。
肘の上まであるアームカバーは手の甲までを覆うタイプのようで、シャツと同じようにピタリと腕にフィットした。
靴下は膝の上まであるタイプで、足先と踵の生地がなかった。
「土踏まずのところだけ生地がある。不思議な靴下だな。…………これ、お姉さんが用意してたりして」
お姉さんがどういう立場の人なのか分からないけど、アナウンサー以外にも何かやってそうなイメージがあるんだよねぇ。
パンツをはいた後は、やはり恥ずかしいので乾いた血でガビガビになったズボンをもう一度履くことにした。
ずいぶんズタズタで、履いていないのとあまり変わらないような見た目なのだが、ないよりはマシだろう。
上着はなくても気にならない。このまま行こう。
思わぬ時間を食ってしまったので、早く分かれ道まで戻ろう。
長居してしまったので水晶がこの道に来てしまっているかもしれない。僕は走りながら、少し後ろ向きなことを考えてしまった。
そんなことを考えてしまったからか、緩いカーブの先に赤い物体が浮遊しているのを見つけてしまった。
「……こういうの、なんて言うんだっけ。なんとかの法則って、」
僕が現実逃避をしていると、赤水晶がこちらを認識したようで、体から火を噴き始める。
「やばっ」
僕は距離を取ろうと咄嗟に後方へ逃げようとした。
しかし、直ぐにそれが悪手であることに気づく。
後方が行き止まりであることもそうだが、相手の攻撃で一番危険なのは、あの宙に浮いた火球だ。
突進はともかく、この狭い脇道で火球を放たれたらまず逃げるのは不可能。
あれを作られてゆっくりと距離を詰められたらそれだけで僕の負けは確定する。
あの水晶がどういった理由で突進と火球を使い分けているかはわからないが、僕が今しなきゃいけなかったのは後方回避ではなく、火球が作られる前に距離を詰めることだったんだ。
僕は思考がまとまらないうちから、全力で水晶に向かって走り出した。
対する赤水晶の初撃は火球ではなく、突進だった。
「よし!」
これまでの行動から、あの突進行動はほぼ直進で、しかもスピードに乗るまでに少し時間がかかる。
ここはトップスピードに乗る前に接近したいところ。
素早く行動に移したのが幸いし、赤水晶への最接近時、速度は今までの半分ほどしか出ていなかった。
遅い。これなら。
体感だが、突進時は火球ほど高温は感じない。今は手を守る装備もある。
僕はすれ違いざま、アッパー気味に拳を下方から打ち当てた。
「硬い!」
熱より先に感じたのは、金属を殴りつけたような痛みだった。
それから、ピリピリとした火傷独特の痛み。
「つぅ!――赤水晶は!!」
振り向くと、赤水晶は再度の突進行動を敢行していた。
速度が出なかった分、切り返しも早いんだ。
こちらは無理なく躱せるが、これでまた振出しに戻ってしまった。
赤水晶は突進が当たらないと見るや、順当に火球を作り出す。
「くっ」
結局こうなってしまった。しかし、やることは変わらない。
火球が完成する前に赤水晶を倒す!
「おおぉぉぉ!」
知らぬ間にレベルアップしていた僕の体は、驚異的なスピードで赤水晶に迫りながら、思考さえも加速させていった。
殴った時の感触、あれだけ高硬度のものを破壊するにはどれだけの力が必要だろう。
最低でも拳での破壊は不可能。
けど、意識を取り戻しかけていた時、僕は粉々になった鉱物を必死に殴りつけていた。
あの鉱物には明瞭な劈開面は見られず、貝殻状断口が無数にあった。
貝殻状断口は石英などが割れたときによく見られる、貝殻のような模様に割れる状態のことだ。
浜辺でおじいちゃんと石拾いをした記憶が仄かによみがえる。
…………
石英は水晶などの主要物質。
あの赤水晶がもし石英に似た物質なのだとしたら、衝撃にはあまり強くないはずなのだ。
であれば、やはり問題は体に纏っている炎である可能性が高い。
あの炎が、きっと魔法的な性質をもってして、水晶本体の靭性を上げているのだ。
そして今、奴は纏っていた炎を全て宙に浮かせ、水晶自体にはもう炎は残っていない。
だとしたら、次の攻撃はきっと有効打を与えられるはず!
火球が完成する前に!
あのガラ空きの本体に全力の拳を叩きつける!!
「砕けろぉぉぉ!!!」
僕の拳が水晶本体に当たった時、今までとは違う確かな手ごたえを感じた。
パキィィン。
水晶が割れる高質の音が辺りに響く。
そのまま拳を振りぬくと、砕け散った破片と共に薄ピンクの靄が噴出した。
「やった!!」
仮説は正しかった!
僕は思わず全力でガッツポーズをとった。
僕は赤水晶に勝てたことよりも、仮説が正しかったことを証明できたことの方がうれしかった。
記憶のない時に取っていたであろうがむしゃらな突貫戦闘を、僕は浅慮だと思っていたけれど、今考えれば案外的を射ていたのかもしれない。
そうこうしてる内、ピンク色の靄が集まってくる。
靄の色を水晶の色と結び付けて考えながら、ふと熱いなと思い後ろを振り返った。
そこでは、宙に浮いていた火球が指向性を失い、まるで花が散るように消えていく様が見えた。
「……火球のこと忘れてたな」
あのまま空中で爆発していたら、危ないところだった。
幸運に恵まれてるなと思いつつ、自分の詰めの甘さに呆れてしまう。
【ピロリ】
【熟練度が一定を超えたため、可変思考法 を獲得しました】
「ん?なんて?」
可変思考?思考を変えられる?可変式……考える速度を上げられるってことかな?
先ほどの戦闘で水晶を殴るまでに、随分いろんなことを考えていた。きっとそのことだろう。
ひとしきり考えた後、まだ行き止まりの道にいることを思い出して慌てて移動を開始した。
移動する前に拾った水晶はやっぱり貝殻状断口を呈していたが、そこに赤みは無く、透明な鉱石だった。




