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「お姉さん、ここどこか教えてくださいよ~」
不安な気持ちを紛らわせるために、僕はお姉さんに話しかけていた。
あれから大きな道を進み、幾つかの分かれ道を曲がった。
道は広く、終わりは見えない。
巨大な通路がどこまでも、どこまでも続いていそうで、そんなことを思うたび、不安で寂しい気持ちになった。
「ねぇ聞いてる~?返事してくださいよぉ姉さん。――って、ん?あれは」
道の先に、奇妙なものが浮かんでいるのを発見した。
それは赤い水晶のような物で、ふらふらと左右に揺れながら移動しているように見える。
「すごい、浮かんでる……これこそファンタジーだ」
あれはきっと魔法的な何かで浮かんでいるに違いない。
「お姉さん!魔法ですよ魔法!」
あれは何だろう。何かファンタジックな物質に違いない。
そう考えていると、その水晶がこちらへ近づいてきた。
「わっ、こっちに来た!って…………なんだか、既視感があるような」
水晶はどんどんスピードを速めながら、一直線にこちらへと進む。
そして全身を赤く燃え上がらせて僕へと突っ込んできた。
「やっぱりぃ!!」
赤い水晶はモンスターだったのだ。
僕はとっさに壁際へと転がるように逃げた。
「アチッ」
水晶から躱すことには成功するが、すれ違いざまに火傷しそうなほどの熱量を感じた。
直撃はまずい。
急いで目線を水晶に戻すと、水晶は数メートル離れた場所で緩やかに止まった。
それから少しの膠着状態があった。
どうする。
いつもの木刀は置いて来てしまっているし、あの熱量だ、接近戦は不可能に近い。
そう考えていると、先に水晶のモンスターが動きだした。
纏っていた炎を宙でまとめ、炎の玉を作ったのだ。
「魔法……」
科学では、火は物質ではなく化学反応によって熱と光を発散させる現象であることは周知の事実である。しかし、この火球はある種の物質のような存在感を主張していた。
炎のような揺らめきがありつつも、球状に押し込められた炎はまさに小さな恒星のごとく。
目の前に太陽を持ってこられたような、離れていても分かるほどの圧倒的な熱が、肌をじりじりと焼く。
ま、まずい!
僕は踵を返すと、全力で水晶から逃げ出した。
「えっ!はやっ!?」
走り出して、自分の足だとは思えないほどのスピードで走れていることに驚いた。
そのことに疑問を抱くが、今はそれどころではない。
すぐ近くにある曲がり角へと減速せずに近づくと、少し外側へ膨らむように走り、全速力で曲がる。
曲がり切れず壁にぶつかりそうになるが、そのまま勢いに任せて壁を突っ走った。
直後、壁にぶつかり弾けた炎の球が、ものすごい熱量を持って僕の後方から吹き付けた。
「ぐっ!」
爆風に吹き飛ばされ、僕の視界は炎一色に包まれる。
それでも、何とか受け身を取り体を起こす。
すぐに逃げないと。
「そうだ」
僕は錬金空間のスキルがあることを思い出す。
「休憩所!じゃなかった『アトリエ!』」
僕が叫ぶとピロリとお姉さんが反応してくれる。
【Error、スキル 錬金空間 は重大な瑕疵が発見された為現在使用不可】
お姉さん……
「それ絶対僕の記憶喪失に関係あるやつでしょ~~~~!!!」
「はぁ、はぁ、逃げ切れたぁ」
僕は水晶が追いかけてきていないことを確認してから、ほっと息を付く。
それにしても、恐ろしいほどのスピードで走ることができた。
「レベルアップのせいかな?」
意識を取り戻して直ぐに、レベルが上がったとお姉さんが言っていた。
無意識のうちにレベルが上がるほどモンスターを倒していたということなのだろう。けど……
「あんなの、どうやって倒してたんだ?」
…………疑問符をつけてみたけれど、そんなこと、僕の体を見ればすぐにわかることだった。
防御をせず、やみくもに戦っていたのだろう。
だからこんなに傷だらけなのだ。
「あれ、血が止まってる」
さっきまで服から血が滴り落ちていたのだが、それが止まっていた。
傷はまだ赤々としていてジクジクと痛むが、血が止まってくれただけでもありがたかった。
傷の治りが早いと感じるのはこれで二回目だ。
これもレベルアップのおかげだろうか?
悩みながら顔を上げると、道の奥に青い水晶のモンスターが三体いた。
「さんたいぃ!?」
逃げるんだぁ!勝てるわけがない!
僕は近くにあった脇道へと逃げ込んだ。
逃げる直前、青水晶は空中に水の球を作り出しているのが見えた。
脇道は狭いので、モンスターに出会ったとき、逃げずらく戦いにくい。だからあまり入りたくはなかった。
けど、入ってしまったのなら仕方がない。
このまま進んでみることにする。
脇道は狭いだけでなく、グネグネと入り組んでいて多少の勾配もあった。床もきれいに均されてはおらず、所々岩も飛び出ていて実に歩きづらい。
枝道も多いので、今どこを歩いているか、もうわからなくなってしまった。
「これ、どうやって地図に書き込もうかなぁ。おっ広い道だ」
脇道を抜けるとまた広い道に出た。
もし、広い道がすべて繋がっているのなら脇道も書きやすいんだろうな。
僕は脱出できるかの瀬戸際に立っていることなんて忘れて、ぼんやり次来るときのことを考えていた。
前向きなのか、馬鹿なのか。
先へ進みながら考える楽観的な僕の志向は、次第に水晶のモンスターの方へと移っていった。
色ごとに性質が違うと思しきあのモンスターは、あと何種類いるんだろう。
赤水晶が纏っていた炎は確かに驚異的だったが、炎を球状にまとめたとき、本体は炎を纏っていなかった。
あの技は途轍もない威力だったが、躱すことさえできればむしろチャンスなんじゃないだろうか。
僕の今の動体視力なら、あの技を躱して接近することだってできるかもしれない。そうなれば、案外簡単に倒せるんじゃないか。
あの水晶だって、案外もろいんじゃなかろうか。拳で砕くことだって…………拳で?――――――――あっ!
ぼくはポケットから砕けた水晶の破片を取り出した。
掌の上の水晶は血で汚れていたが、黄色みがかった色をしている。
「これ、あの水晶のモンスターだったんだ!」
なら、道中見つけた水晶の破片は?
あれは、僕が無意識に倒して回っていた軌跡だったんじゃ。
僕は来た道を振り返り、絶望する。
「ど、どの道だったっけ?」




