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僕は最近、時間を持て余していた。
今日は土曜なのだが、家族は来ないしかづきちゃんも予定があるらしく買い出しもない。買い出しは先週に倍の量を買っているので食料の心配はいらない。
ということでダンジョン探索日和なのだが、最後に入ってから二週間以上、ずっとダンジョンに入れていなかった。地下二階のアシディックスライム(命名)は安全に倒せる算段はないし、一階にも凶悪なスライムが誕生してしまったので迂闊にダンジョンに入れないのだ。
いつも居眠りしている問題児筆頭の僕ではあるが、それ以外では真面目くんで通しているので、学校で出る宿題なんかはすぐに終わらせてしまっている。
なので、ダンジョン探索の代わりに回復薬を付けた物質の経過観察や、【剣術 じょ】や【見切り】の検証と訓練もかねて外で素振りをしたり、落ちてくる葉っぱを躱してみたりして時間をつぶした。
剣術や見切りは、なんとなくこんな感じといった感覚的な部分が多くうまく検証することができなかったが、回復薬の経過観察は少し面白いことになっている。
花が咲いた枝は水を入れた花瓶にさしていたのだが、未だ枯れず満開のまま咲き続けている。まだ二週間ほどだが少しも萎びた様子がないので、いつまで咲き続けるのか楽しみである。
コケやカビの繁殖は一時的な急増殖はすぐに止まったが、その後の繁殖速度も少し早いように感じる。ここは、比較対象を用意していなかったことが悔やまれる。一応今からでも用意してみることにしようか。
中でも一番変化が大きかったのは蟻だ。
蟻へ液を付けるに際し、その小ささから全身が液に浸るような形になってしまったのだが、しばらくして蟻を観察してみると、その体が見てわかるほど大きくなっていたのだ。
元の蟻と見比べてみると二倍ほどの差があった。
兵隊アリにでもなったのだろうか。
働きアリも、兵隊アリも、女王アリも生まれに特別な差はなく、与えられる餌やフェロモンで差が生まれるのだという。
成体になった蟻が餌を変えたからといって新たに成長することはない訳だから、この不思議な物質によって何らかの変化があったことは明らかだ。
これを人体に転用することができれば、僕の身長もあるいは…………。これはさらなる実験をする必要がありそうだ。
この実験結果に疑問を抱くとすれば、それは塗り込んだ物の表面にあるはずの雑菌が繁殖していないということだろうか。
何か法則があるのだろうが、今はまだ判然としない。
限りある回復薬を慎重につかって、今後も実験をしていく事にしよう。
スライムを倒すのに何かいい方法はないだろうか、と考えながら午後は家の裏手にある小径を歩いていた。道の先にある納屋が気になっていたのを思い出したからだ。
あの手作り感のある納屋はきっとおじいちゃん作なのだろう。中もきっと趣味の物で溢れているに違いない。
しばらく使われていないようなので、虫が湧いていたらいやだな。と、そんな心配をしながら崩れかけの納屋までやって来た。
納屋の扉には真鍮の南京錠が掛けられている。
あれをどうにかしないといけないのだけど、鍵は残念ながら見つけることができなかった。
その代わりに物置部屋から金づちを持ってきた。
鍵がないなら壊してしまえ、という訳だ。
僕は金づちをぶんぶんと振り回しながら納屋へと近づく。
木の扉に掛けられた南京錠は、手のひらサイズで比較的大きい。
試しに持ち上げてみると、ずしりと重たい。
「ん?」
一瞬、ギラリと異様な光り方をしたように感じた。けど、きっと太陽からの強い反射光だろうと納得する。今日はよく晴れているのだ。
これは骨が折れそうだな。と、そう思ったのも束の間、あろうことか手を離した途端に金具の部分が外れ、南京錠は金具ごと僕の足元へと転がった。
金具の嵌っていた部分をよく見ると、木が腐っているようだった。
「……金づち、いらなかったな」
せっかく持ってきたので使いたかったけど、しかたない。
僕は金づちをポケットにしまうと扉の取っ手に手をかけた。
これだけ木が腐っているなら、倒壊の危険があるんじゃないだろうか。
いつでも逃げれるようにだけはしておこう。
取っ手に乗せていた手に力を入れると、扉は思っていたよりもずっと軽く開いた。
納屋の内部は薄暗く目が慣れるまで少し時間がかかったが、物の少ないがらんとした室内だということは見てすぐに分かった。
部屋の中央に文机と椅子が一セット。あとは棚や木箱、立てかけられた木材などがいくつか部屋の隅にあるばかり。
もっと雑然とした倉庫のような所を想像していた僕は、意外に思いつつ残念な気持ちになっていた。
「なんだ、おじいちゃんの趣味部屋じゃないのか」
だとしたら、いったい何の目的で使われていたのだろうか。
納屋の壁は思っていたより厚みのあることがわかり、僕は気楽な気持ちで納屋へ入った。
納屋へ入って最初に注目したのは、やはり木箱だった。
形状は違うが、ダンジョンの宝箱に思えてならないのだ。
べ、別に何か先に見ないといけない物があるわけでもないしぃ~、と何かに言い訳をしながらフラフラと木箱へ吸い寄せられていく。
「中には何が!」
しかし、期待とは裏腹に中身は空だった。
「ちえっ」
そうなるとあとはもう大して見るものもない。
文机の引き出しを開け、家探しのように荷物を片端からひっくり返すが、中からは筆や硯がいくつか出てくるばかり。
大したものがないことに落胆しながら、今度は文机の上に置いてある文箱に手を付ける。
両手でふたを開けると、そこには一通の手紙。それから、予想外の物が入っていた。
「おお、これだよこれ。こういうものが無くっちゃあ」
中からそれを取り出すと、明かり取りの窓から差す光にそっと当てた。
見つけたのは、色味の入った水晶のような鉱石だ。
ジャム瓶ほどの大きさの透明な容器に入っており、全体に緑がっかた鉱石は中心にかけ深い紫色へと変わっている。
加工されたものなのか自然にできたものなのか、不規則な多角形をしていた。
光に反射させると、きらきらとバイオレッドグリーンの輝きが目に眩しい。
「わぁ……」
その透き通るような煌めきに魅せられてしまった僕は、もっとよく観察しようと容器のふたを開け鉱石を掌に出した。
ひやりとした鉱物独特の感触を掌に感じたと思うと、突然強い光を放ちパキンッ!と大きな音を立てて鉱石が弾けた。
「おわっ」
弾けた鉱石の粒は、部屋全体を眩く照らした。
煌びやかに、雪のように。
と、今度は弾けた粒が吸い込まれるように僕の体へと入っていった。
それから、驚く暇もなく【ピロリ】といつもの音が鳴った。
【Experiments No.79 が実行されました。正常なダウンロードのためpolemonium内へ移動してください】
「……お姉さん、今日は出張ですか?」




