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1-17

「失礼します。…………だれもいないのかな?」

「みたいだな」


 室内は僕が想像していたよりも幾分か小さいようだった。

 教室と比べて考えてしまったからかもしれないが、いくつもの器具が所狭しと置かれているのも部屋を狭く見せている要因の一つだろう。

 部屋を見渡してみても、人の気配はどこにもなかった。

 

「トイレにでも行ってるんじゃね。入って待ってようぜ」

「うん……でも、勝手に入って大丈夫かな?」

「蒲生はもう天文部員なんだろ。なら気にすることないだろ」

「あ、確かにそうだね」


 納得すると、僕らは部室に入った。


 部室内は中央に長テーブルがあり、僕はそれに付随して置かれているパイプ椅子に腰掛けた。

「部室って結構狭いんだな」

 江畑くんは椅子には座らず、壁際に置かれている機材なんかを物色している。

「椅子も四脚しかないし、少人数ならこれくらいで十分なのかもね」

 一脚は先生の分と考えると、部員は三人か。少ないな。

「かもな。それにしても結構関係ない物までゴチャゴチャ置いてあんな」

「ほんとだね。そこなんて、トランプとかチェスとか置いてあるよ」

「お、マジだ。暇だしやってようぜ」

「えぇ、また勝手に……」

「いいじゃんいいじゃん。トイレ長いかもしれないしさ」


 僕が止める間もなく、江畑くんはチェスの駒をじゃらじゃらテーブルに広げ始めてしまった。

 まあいいか。

 僕はしばし、江畑くんとテーブルゲームに興じることとした。


 

「蒲生よ、ポーンは追い越しただけじゃ取れなんだぜ」

「いや、これはアンパッサンって言って、ポーンがニマス進んだ時にだけ取れる特殊ルールなんだよ」

「そんなローカルルール勝手に出してくるなよな」

「いや、ローカルルールじゃないんだけど……」

 

 

「おいおい、一度に二個も駒動かすなよ」

「これはキャスリングっていう歴としたルールがあるんだよ」

「そんなの聞いたことないぞ。反則だ反則」

「えぇ……」

 

 といった具合にチェスはグダグダになってしまったが、トランプはなかなか白熱した。

 トランプのスピード勝負では、僕のレベルアップした動体視力に勝てるはずもなく連戦連勝。

 おまえ強すぎだろ!と言いつつ再戦を申し込む江畑くんは、案外負けず嫌いなんだなと、上から目線で悦に浸っていた。



 

「全然来ねえじゃん!」

 気づけば窓から夕陽が差していた。

 成り行きで始めた暇つぶしだったけど、 なんだかんだで結構楽しんでしまったな。

 トランプで負けが込んだ江畑くんは、不貞腐れて机に突っ伏していた。

「トイレ長すぎだろ!どんだけ野太いの出してんだよ」

「そのトイレへの確信は何なの?」

 

 それにしても、おかしいな。先生は誰かいるって言ってたんだけど…………ん?言ってなかったか?


 突っ伏したまま両手をパタパタ動かしていた江畑くんは、ふいにこちらを向いて

「ありがとな」

 急にそんなことを言い出した。

 

「ん?なんのこと」

「や、その……気ぃ使ってくれたんだろ」

 気を使う?

 教室にいた時のことかな。

 あれは江畑くんが寂しそうにしていたから誘ったわけじゃないんだけどな。…………じゃあなんで部室に誘ったんだろう。

 あの時の感情は自分でもよくわからなかった。

 そんなことを考えていて二の句が継げないでいると、江畑くんはその沈黙を肯定と受け取ったようだった。

 

「俺さ、高校に入ってからなんか取り残されたような気持になってたんだ。みんな部活も進路もさっと決めちまってさ」

 伏し目がちに視線を落とす江畑くんは、テーブルに転がっているポーンを指先で転がす。

「ソフトボール部にいたのも誘われたからってだけで、この高校にだって流されるままに入ってた。だから明確な目標をもってこの学校にきた蒲生はすげえなって思ってんだ」

「いや、僕はそんな大した理由があったわけじゃないよ」

 ダンジョンにもう一度入りたいからっていう理由だけで、何も考えずに来ただけなのに。

 天文部に入ったのも、大きな天文台があるっていう隠れ蓑のためだったし。

 けど、江畑くんはかぶりを振る。

「どんな理由でも、自分で決めて単身こっちに越してきてるってだけですげぇよ…………………………俺には、何もないからさ」

「っ!そっ……」

 

 そんなことないよ。

 言いかけた言葉は、喉の奥でつっかえて、出てきてはくれなかった。

 

 僕は江畑くんの何を知ってるというのだろうか。

 クラスで孤立しないよう話しかけてくれた、優しく面倒見の良い性格。明るくて、ムードメーカーで、皮肉屋で…………それだけ。

 寂しそうにしている顔だって今日初めて見た。

 そんな、たかだか一ケ月ほどの付き合いで一体彼に何を言ってあげられる。

 将来に対する不安を真剣に悩んでいる人に、優しいから大丈夫。面倒見がいいから何とかなるよ。

 そんな適当なこと、言えるわけない。

 


 僕はどんな顔をしていたのだろうか。

 江畑くんは、僕の顔をみて苦笑いを浮かべた。

「なんか、変な雰囲気になっちゃったな。こんなこと話すつもりじゃなかったんだけど……」

「いや、こっちこそ……」

 うまい返しが出てこない。

 いつもみたいな軽口が、どうしてか今は思いつかない。

「まあ、とにかく誘ってくれてありがとな。一人でうじうじ考えているよりも、ずっと有意義だったよ」

「うん……」

「入るなら運動部って思ってたけど、こういう放課後も悪くないな…………俺も入ろうかな、天文部」

 そう言って笑う江畑くんの顔は、夕日に照らされて、少し眩しかった。

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