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1-16

 市立日滝森高等学校は、田舎にしては規模の大きな学校だ。近隣の二校しかない中学校の生徒がこぞってこの高校に集まるので生徒もそれなりに多く、今年の入学者数は百二十人を数えた。

 校舎も立派で、古めかしくも汚らしさはなく趣深い建物だ。

 そんな校舎の一角に、これまた古風な木造建築の建物がある。

 建て替えが検討されつつも壊されることなく数十年屹立し続けるその建物は、数多の部室を擁する部活動の要、部室棟である。

 

 僕は今、その建物を仰ぎ見ていた。




 

 入学して一カ月が過ぎた今日、僕は天文部への入部届を出した。

 本当は入学してすぐに入部届を出そうと考えていたのだが、突端担任の向井先生にくぎを刺されてしまい、それから出すタイミングを見失ってしまっていたのだ。

 未だ居眠り常習犯のレッテルを払拭できてはいないのだが、もうそろそろいいだろうと思い、放課後しれっと入部届を出しに行くと呆れたような顔をされた。

「生活習慣は改善されたのですか?」

 そこで僕は一言。

「まだです。でも、改善の目処はあるんです」

 先生はジトっとした目を向けてくる。

「……まあ、いいでしょう」

 先生は小さく息を吐くと、入部届を受理してくれた。

「今後改善が見られないようなら、三者面談を開きますからね」

「うへぇ……」

「うへえ?」

「はい!わかりました!」

「よろしい」

 

 それから先生は幾つか部活動のことを説明してくれた。

「部活は週二回、火曜と木曜にあります。今日は金曜日なので活動はありませんが……」

 そういうと向井先生は、ちらと視線を外す。

「部室に寄ってみると良いでしょう。どうやら鍵は開いているようですからね」

 

 

 部室へ寄る前に、教室に置きっぱなしの鞄を取りに戻った。

 部室にいるのは部長さんだろうか。話しやすい人だといいな。

 そんなことを考えながら教室のドアを開けると、窓際の席に江畑くんが座っていた。

「お、蒲生じゃん。またセンセに呼び出されてたのか?」

「違うよ!そんなに毎回呼び出されてるわけでもないでしょ。入部届を出しに行ってたんだよ」

 そう言うと、江畑くんは驚いたような顔をする。

「え!蒲生も部活入ったの!?」

「えっ、そうだけど…………そういえば江畑くん部活入ってないね」

 僕の言葉に、よくぞ聞いてくれたと江畑くんが頷く。

「そうなんだよ。俺中学までソフトボール部だったんだけど、ココにはなくてさぁ」

 江畑くん曰く、日滝森高校は野球部に力を入れているそうであり、中学時代ソフトボール部にいた人たちは大体野球部に部員を吸収されてしまうのだという。

「俺も入ろうかと思ったんだけど、練習キツそうでさぁ」

「たしかに、野球部の掛け声ってなんか気合入ってるよね」

「だろ。でもイトもモリミツも部活入っちまったし、蒲生まで部活しだしたらもう帰宅部なの俺だけじゃん」

 そう言って盛大にため息をつく江畑くん。


「あいつらスゲェんだぜ。二人とももう進路決まってんの」

「へぇ」

「イトは地方公務員としてこの街を盛り上げていきたいって言ってたし、モリミツは実家の総菜屋をデカくしたいんだと…………みんな大人だよなぁ」

 そういうと、江畑くんは窓の外に視線を移した。

 教室の窓からはグラウンドがよく見えた。盛んに走り込みをしている運動部の掛け声が聞こえてくる。


 窓辺で物思いに耽る江畑くんの姿を見ていると、僕はなんだか心がむず痒くなってきた。

 苦しくて、少し不快な、自分でもよく分からない感覚。

 この感情はなんだろうか。

 じっとしていられない。そんな衝動のようなものに突き動かされて、気づけば僕は口を開いていた。

 

「……僕、これから天文部の部室に行こうと思ってるんだけど……一緒に来ない?」

「ん?俺と?」

 頬杖をついていた江畑くんは、目を瞬かせて僕を見やる。

「今日は部活の日じゃないんだけど、部員がいるみたいでさ。挨拶に行こうと思ってたんだ。それで…………部活見学にもならないと思うけど、何か部活に入りたいんだったら、どう?」

「天文部に?」

「そう」

「んー」


 江畑くんは、少し考えるようなそぶりで口元に手を添えた。

 それからややあって、行く。と簡潔な答えを口にした。


 そうして僕らは、部室棟の前に立っていた。



 

 

「なんかいいよな、こういう建物って。歩いてるだけでワクワクしてくるっていうかさ」

「だねぇ」

 部室棟は二階建てで面積も広く、部活の数以上に部屋がある。その大半が物置になっているのだとか。

 建物の外観は昔の学校を想像するとだいたいこんな感じかなぁ、というそのままの姿。

 床が軋むほど老朽してはいないが、ところどころに傷や黒ずみが散見される。

 床や壁に使われている木材は長い時間をかけて変色し、独特の色味が出ている。

 触れてみるとつるりとした触り心地。埃っぽさもなく、よく手入れされているようだ。


「それにしても、古い木造建築って危険じゃないのかな?」

「あぁ、それなら大丈夫。この建物、昭和中期に建てられたものらしくてさ、基礎や柱にはコンクリートを使ってんだって」

「えっ、でもコンクリートの部分なんて見えないけど」

「当時の校長が、コンクリートの無骨な建物じゃ味気ないからって木材でうまく隠したんだってさ」

 なるほど、だからコンクリートが見えないんだ。

「へぇ、詳しいね」

「いや、だってよ……気になるじゃん?」

「はは」

 すでに予習済みだったわけだ。

 

 

 文芸部から、美術部、写真部、合唱部、漫画研究部など、伝統ある(らしい)様々な部室からガヤガヤと騒ぎ立てる声が聞こえてくる。

 僕らは、それらの部室を横目に進み、最奥にあるなんの変哲もない扉の前まで来た。

「この部屋か?」

「そうみたい」

 教室の前には天文部の看板があった。

 僕は深く深呼吸をして、それから天文部の部室をノックした。

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