1-15
チャイムの音を聞きながら教室のドアを開ける。
鎮まる教室。
集まる視線。
僕はそれをものともせず、荒い呼吸を抑え素知らぬ顔で席に着く。
科学の教科書を開き、隣の子の開いているページに合わせ、授業の開始を待つ。
吹き出る汗は緊張のためではない。きっとない。
僕は向井先生と視線を合わせないように努めるが、咎めるような視線から逃れることはできなかった。
「蒲生さん」
「………………ひゃい」
「今何限目?」
「…………三限目です」
「……わかってますね?」
「はい……後で職員室に行きます」
「よろしい。では今日の授業はここまでにします」
「起立、ぷふっ、礼」
「いやぁ、おまえほんと面白い奴だな」
江畑くんはカルパスを口に放りながら笑う。
「面白くないよ、結局親に連絡入れられちゃったしさ」
昼休みになり、机を合わせて島を作り江畑くんたちと昼食を取る。
「それは自業自得だろ」
「まあそうなんだけどね」
お弁当の卵焼きを齧りながら江畑くんに相槌を打つ。
「それで、蒲生はなんで遅刻しちゃったのさ?」
そう質問する彼は、伊藤 賢治。江畑くんたちは彼のことをイトと呼んでいる。丸眼鏡が似合うマシュマロヘアの優等生(推測)。
「昨日はちょっと寝られなくて」
「そのわりにはしっかりお弁当作ってきてるみたいだけど」
伊藤くんは目ざとくお弁当のことを指摘してくる。
「いやぁ、寝られないなら明日すぐに出られるようにと思って夜中に仕込みをしてたんだ」
「それ余計寝られなくなるヤツでしょ」
「弁当作りなんてよくやるな、俺なら絶対購買のパンですませるぞ」
そう言ってコロッケパンを齧る彼の名は、餅田 信次郎。恰幅がいいが決して太っているとは言えない絶妙な体形の持ち主。彼のことは皆、何故かモリミツと呼んでいる。
ちなみに、江畑くんは 二人から凪と名前で呼ばれている。
「買うと高いからね。月の仕送り額はあまり多くないから」
江畑くん、伊藤くん、餅田くん。彼らはこの三人でいつも一緒にいることが多いのだそう。
最近は僕もその友好の輪に入れてもらっている。
「はぁ~、一人暮らしも大変なんだな」
「料理が好きだからっていうのもあるんだけどね」
というか、それが一番の理由なのだけど。
「それで、そんな眠れなくなるほどいったい何をしてたんだ」
「え、たっ、たいしたことじゃないよ?」
にやりと笑う江畑くん。一瞬言葉に詰まってしまったが、なんでもない風を装う。
まさか、ダンジョンに泊まろうとしたのが失敗してスライムに襲われてた、なんて言えるわけがない。
「一人暮らしだし、夜中にえっちなもの見ててもバレないもんな!」
餅田くんの発言に、一気に顔が熱くなる。
「そ、そんなことしてないよ!!」
「お、必死に否定するところがなんか怪しいな」
江畑くんも乗ってくる。
「ほら、白状しちまえよ。どんなえっちなもん見てたんだ~?」
「いや、そんなんじゃないんだって……」
うっ、下手に言い訳したのが裏目に出てしまった。本当のことを言えないのが辛い。
「蒲生は見かけによらずむっつりだったのか」
伊藤くんまで!?優等生だと思ってたのに!
このままじゃまずい。何か考えないと。
「違うんだって、だから……その……」
「いい加減、その卑猥な会話をやめなさい。蒲生くん困ってるでしょ」
僕がしどろもどろになっていると、隣の机島から助け舟が来た。
眼鏡をかけた利発そうな女性、桐生 幸さんだ。彼女はクラス委員に自ら立候補した真面目な人だ。めがね委員長ではあるが、三つ編みぐるぐるメガネのようなコテコテの見た目ではなく、茶色みがかった黒髪で少しウェーブがかっている。釣り目で少し気が強そうなのだ。
「なんだよ、ちょっとからかってるだけだろ」
江畑くんが答える。
この言葉だけ聞くと、なんだかいじめられているような気になってくる。
仲間内での楽しい会話は、はたから見るといじめられているように見えることもある。まぁ、そこは当人の気持ち次第なところもあるから微妙なところなのだけれど。
確かに揶揄われて困っていたのは事実だし、助けてもらえてありがたくもあった。けど、本当に嫌だったわけでもない。
「そもそも蒲生くんはそんな卑猥なものなんて見るわけないじゃない」
「はん、お前は男ってものをまるでわかってない。男はみんなエロいことが大好きな生き物なんだよ」
そんなことを話そうと思っていたのだが、助け舟はいつの間にか山に登り始めたようだ。
「蒲生も、あんなかわいい見た目して家では夜な夜な……」
「いやー!そんな話聞きたくない!」
遠くへ行ってしまった二人の会話を、案外仲いいのかな?と思いながら聞いていると伊藤くんから声がかかる。
「ちょっと揶揄いすぎちゃったかな?」
「いや、大丈夫。楽しかったし」
それもまた事実なのだ。
こんなあけすけな会話をできることがうれしくもあったから。
こんなことがずっと続けば疲れてしまうけど、今はこれでいい。追々距離感もつかめてくるだろう。
僕は腹いせに江畑くんのカルパスを二つほど自分の弁当箱に乗せた。
「あ、俺ももらい」
「おい、全部はまずいだろ」
江畑くんはまだ、めがね委員長と楽しげなやり取りを続けている。
窓から吹く快い風を喧噪と共に感じながら、僕は少しだけ目を細めた。




