1-12
「ふぁ~、また寝不足だ」
僕は家から舗装路に出るまでの小径を歩きながら欠伸を嚙み殺していた。
昨日、ダンジョン内の時間が1/10になることを知った僕は、調子に乗って夜更かしをしていた。
明日の自己紹介のことを考えながら一生懸命ソシャゲの周回をしていたともいう。
なんせ十日分の時間があるのだ、どれだけ夜更かししても大丈夫だろう。そんなことを考えていたのだが、深夜を過ぎた頃にふと気づいた。寝るのは地上だな、と。
ダンジョン内で寝ていたら気付かぬうちに窒息してしまいそうだ。仮に上手く対処ができたとしても、スライムが来るたびに起こされるのだ、まともに寝られるわけがない。
僕は、睡眠時間はたっぷり八時間は欲しい人間だ。
今日は何とか起きることができたが、五時間以下の睡眠が二日も続いたので眠気がすごい。
学校で居眠りしないか心配だ。
手すさびに、道にせり出している草を引き抜きながら、そんなことを考えた。
授業開始十分前についた僕は、騒めく教室を背に頬杖をついた。
背に、というのは僕の席が一番前だからだ。
楽しそうに笑うクラスメイト達。輪に混ざれぬ一人ボッチの僕。この対比構造をどうにかするには…………やはり自己紹介で一発かまさなければいけないだろうか?
もし失敗してしまえば、つらく苦しい茨の道を歩み始めることとなる。しかし、今の僕にはそれをするより他に選択肢などない!
たとえ高校デビューの成功率が全国的に見て低い水準に留まっていたとしても!
作りに作った陽キャキャラで今後高校生活を送らなければいけないとしても!!
男には!なさねばならない時があるんだ!!
「こひょっ……こひょう、台中学から来ました……蒲生樹です。……この学校には大きな天文台があると聞いて入学しました。なので部活は天文部志望です。趣味は運動と映画観賞、特技は……っ、特技は……………………あ……ありません。……よろしくおねがいします」
……日和ってしまった。
パチパチパチ
疎らな拍手が胸に痛いや、ぐすっ。
自己紹介の良し悪しに関わらず、自分の席に戻ってくると安心して力が抜けてしまった。
クラス全員の自己紹介が終わると、向井先生は学校の設備や校則について話し始めた。クラスメイト同士で質問をしたり、交流の場を設けたりしないところがなんとも古臭く、田舎の学校といった感がある。
これじゃあ仲良くなれないじゃん。
やっぱり自分から話しかけに行くべきなのかな。
うっ、ほんとに眠くなってきたな…………
「ねえ、蒲生君、他県から来たんだって。……ん?」
「寝てる、のかな?」
「そうじゃね、無視する理由もないし」
「疲れてんじゃない?」
「あ、ほら次の授業始まっちゃうよ」
………………
…………
……
「んぎゃっ!ななあな、なんだぁ!?」
突然の頭部への衝撃に何が起こったのかわからず、立ち上がって周囲を確認する。
すると、目の前に知らない男の人が立っていた。
「ひぇっ」
「なんだじゃねえ、授業だ。とっとと座れ」
「へぇ?」
僕がぽかんとしていると、周りから忍び笑いが聞こえてくる。
事ここに至ってようやく自分の失態を自覚した僕は、素早く着席すると体をダンゴムシのように丸め、羞恥にひたすら耐えることとなった。
「初回なので大目に見ますが、今後このような事が続いたら、親御さんに連絡を入れますからね」
「そ、それだけは勘弁してください」
場面は変わって職員室の片隅。昼休みになって、僕はがっつり居眠りをしていたことを注意されていた。
向井先生は呆れ交じりの顔で僕を見つめる。
「しなければいいだけの話です。はいと言っておきなさい」
「はい、わかりました!」
「蒲生さんが一人暮らしで大変なのは聞いていますが、学業と両立できないようでしたら、わざわざここへ来た意味がないですよ」
「すいません」
何も一回居眠りをしただけなのに、こんなにねちねち言わなくてもいいじゃないか、と心の中で愚痴をこぼす。
「何事も律する気持ちで行いましょう。部活の申請はそれからでも遅くはないですよ」
「はい……えっ!それって……」
「ダメとは言っていません。何事も一つひとつ、ですよ」
そう言うと、先生は眉を寄せたまま口元だけで笑った。
「私からは以上です」
「はい……失礼しました」
職員室から出た僕は、教室に向かう廊下をとぼとぼと進んだ。
今日は何もうまくいかない。
入学二日目でこんなに失敗してしまって、変な注目も浴びてしまった。
前途多難だ。
この先友人もできなかったらどうしよう。
「はぁ……」
知らず、ため息が出てしまう。
先行きの不安さに気持ちが沈む。
暗い足取りで教室に戻ると、入り口前で声をかけられた。
「二日目にして職員室に呼び出されるなんて、やるなぁ」
「えっ!…………あ、うん。ちょっと寝不足で……」
急に話しかけてきたのでびっくりしてしまった。
話しかけてきたのは短髪の男子。見上げるほどの高身長だが、あまり圧迫感がないのは体型がスマートだからだろうか。おろしたての制服をもう着こなしているようで、立ち姿も決まっている。ちんちくりんの僕としては羨ましいかぎりだ。
勝気な笑みで僕を見据える彼、確か名前は……。
「えっと、江畑くん、だよね」
「おっ、そこはちゃんと起きてたんだな」
「はは、揶揄わないでよ」
「わるいわるい」
からりと笑う彼の笑みには親しみやすさがあり、この数度の会話で僕はもう彼に好感を抱き始めていた。
「昼飯はもう食った?」
「いや、食べる前に呼び出されちゃって」
「じゃあ俺たちと一緒に食おうぜ。俺もまだだからさ」
「え、いいの!?」
思わぬ誘いに驚く僕を見て、江畑君はにやりと笑う。
「みんな蒲生に興味あるんだよ」
何て嬉しいことだろう。江畑君は僕を励まそうとしてくれてるのだ。こんなおべっかを使ってまで食事に誘ってくれるなんて。
「じゃ、待ってるから」
「あ、うん」
江畑くん、なんていい人なんだ。
うん、前言撤回。前途は洋々だ。
僕がさっきまで感じていた鬱々とした気分は、いつの間にか窓から入ってくる風に吹かれて消えてしまった。
きっと春に吹く朗らかな東風は、江畑くんが運んできてくれるのだろうな。
僕は高揚した気分で、そんな訳の分からないことを考えながら教室へ入っていった。
そして、クラスメイトから質問攻めに遭うのだった。
それだけよそから来る人は珍しいということなのだろうか。




