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「野山の萌芽が芽吹き、麗らかな春の訪れを感じるこの良き日に、伝統ある市立日滝森高等学校に入学できることを心より嬉しく思います。真新しい制服を着て……」
新入生代表の挨拶を聞きながら、僕は欠伸を嚙み殺していた。
昨日は床に就いてからダンジョンのことについて考えを巡らしていたので、寝不足になってしまっていた。
昨日、母さんの目を盗んでダンジョンの入り口を確認しに物置部屋へ行ったのだが、入り口は消えずに残っていた。誰かがいるからダンジョンが消えてしまう訳ではないようだが、そうなると本当に何が原因か分からなくなる。
赤いスライムへの有効な対策も思いつかず、ダンジョンとの間の時間のズレのことも気になり、明日から始まる学校生活のことなどは、部屋の隅にちょこんと鎮座しているぬいぐるみの様な有様だった。
「ふあぁ……」
油断して大きな欠伸が出てしまった。
まあ、小声で会話をしている人もちらほらいるようなので、これくらいは大目にみてくれるだろう。
「……尽力してまいりますので、どうか暖かいご指導をよろしくお願いいたします」
どうやら、挨拶も終わったようだ。
新入生代表の松岡さんは、すらりと長い背筋をしゃんと伸ばし堂々と降壇していった。
入学のしおりを見るに、この後は各教室に集まって担任の先生に話を聞き解散となる。自己紹介は明日することになるようだ。
ここには中学の友達は一人もいないので、友達作り頑張らないと。そんな気持ちでクラスについた僕は、クラス内の雰囲気をみて愕然とした。
教師がくるまでのわずかの間にすでにグループができ、和気あいあいと会話をしているではないか!
なんてことだ!この短期間で仲良くなったとでもいうのか!?僕はすでにスタートダッシュで出遅れてしまったのか!
……いや、違う。少し見ているだけでも彼らが初対面の仲ではないことがよくわかる。
そうか!ここはお世辞にも都会とは言えない田舎。みな近場の通いやすい高校に進学するとなれば、ほぼエスカレーター式に日滝森高校へ入学することになる。つまり、この人間関係は、入学前から既に完成されていたのだ!
やられた!
全員がほぼ初対面の状態から始める関係と、すでに出来上がっているグループへアプローチを掛けること、どちらがより困難かは火を見るより明らか!!このままでは入学初日からボッチ街道まっしぐらじゃないか!何とかしなければ。
何か打開策を、と考えているとクラス担任の教師が入ってきた。
担任は中年の女性教師だった。
「今日から一年二組の担任をする向井です」
担任の向井先生は真面目そうな人だった。教員経験も長いようで明瞭で聞き取りやすい話し方をする。気安さがない分、逆に好感の持てそうな人だと感じた。
先生の話が終わり、放課となった。
僕は先生の話に意識を向けていたので、ボッチ脱却大作戦の概要の考案を失念してしまっていた。
どうしようかなと思うも、外で待っているであろう母さんが心配なので今日は諦めて帰ることにした。
まあいいか。
明日は明日の風が吹くと言うし、前向きに考えることにしよう。明日は自己紹介もあるしね。
玄関で母さんと合流すると早速撮影会が始まった。
一眼レフを片手に校門前でパシャリ、校舎を背景にパシャリ、スマホで自撮り風にパシャリ。
放っておけばいつまでも取り続けていそうなので、恥ずかしいからと母さんを引きずって車まで戻った。
「えぇ~、もっと、取りたいのに」
その後家に帰って写真を確認してみると、どの写真も真っ白に光り輝いていた。調べてみると、どうやらマニュアルモードになっていたようで光を取り込みすぎて真っ白になっていたようだった。
「そんなぁ、せっかくがんばって、撮ったのに」
結局まともに取れていたのはスマホで撮った自撮りのツーショット写真だけだった。それが一番消えて欲しかったのに……
近場の定食屋でお昼を食べ終えた後、母さんはいそいそと帰っていった。
もう少しゆっくりしていくのかと思っていたが、昨日父さんからヘルプの連絡があったのだという。涙ながらに早く帰ってきてくれと懇願されたのだと話す母さんは、寂しがりやねぇと笑っていた。やはり母さんはどこか抜けている。
帰り際、使いこなせないからと一眼レフカメラを託された。
「ちゃんとした、写真を、撮ってね」
去り際のセリフだった。
ちゃんとした、ってなんだろう?




