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1-9

 痛みが治まった後さりげなく指を隠しつつ話を聞くと、母さんは()()の入学式を見るため、泊まりに来たのだという。

「いーくんの、晴れ舞台だもの、お母さん、たくさん準備してきたわ」

「……母さん、入学式は明日じゃないよ」

「あら?じゃあまさか、今日⁉そんな~、せっかく、入学式のために、一眼レフも、買ったのに」

「そんな高価なもの買ちゃったの。すぐ壊しそうで怖いな、って入学式は明後日だよ」

「なんだ、それならそうと、はやく言ってよ」

 母さんはあからさまに安心した素振りを見せると、そのあとに、こんなことを言い出した。

「それじゃあ、明後日まで、こっちにいるわ」

「え、帰らないの?」

「いーくん、私に、帰ってほしいの?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」

 父さんとあこやが家に二人だけだなんて、大丈夫だろうか。

 僕が言い淀むと、母さんは分かってるといった具合に口を開ける。

「大丈夫よ、二日間ぐらい。あーちゃん達には、ちゃんと、言っておくから」

 そういうと、母さんはうきうきで持ってきた荷物を出し始める。

「そ、そう……」

 僕は窮地に立たされる父親の姿を想像し、そっと涙を流した。

 

「それより夜ご飯はどうする?カレー温めようと思ってたんだけど」

「車で来てるから、外食でも、いいんじゃない?」

「なら、そうしよっか。お腹すいたしもう行かない。遅くなっちゃ真っ暗に……あれ?」

 そういって窓を見ると、外はまだ明るく、窓から日の光が差していた。なんで光が?もう暗くなっていてもおかしくない時間なのに。

「ずいぶん、お腹がすくの、早いわね。成長期かしら?」

「えっ、だってもう、時間が……」

 僕はスマホで時刻を確認して――目を丸くした。

「えっ、なんで……えっ」

 

 画面に表示されていた時刻は、14:47だった。

 僕は急いで壁掛け時計を確認するが、時刻はスマホに表示されたものと変わらなかった。

 どういうことだ?ダンジョンから出るときの時刻はしっかり確認したはず。確実に18時42分だった。やはり何か特殊な磁場の影響でスマホの時刻がくるってしまったのだろうか?

 いや、時間だけじゃない、体感でももう夜になっていないとおかしいのだ。

 時間が飛んでいる?そんな馬鹿なことが……。

「よ~し、まっててね。何か、軽食を、作ってあげる」

 母さんは、僕が思考に耽っているのには気付かず、軽食を作りに台所へと歩いて行ってしまった。

「あれ~、食材が、全然ないわぁ」


 

 結局、いくら考えても出せる答えは仮定だけ。実地調査をしないことには何もわからない。

 しかし、母さんがいる内はできない。一人暮らしなのに、こんな危険な地下空洞があると知れば、無理にでも引越しさせられるだろう。そもそも今、ダンジョンには入れるのだろうか。

 そんなことを、一日ぶりの母さんの手作り料理を食べながら考えた。

「もう、お父さんだったら。もっと食べ物、買っておいてあげないと、ダメじゃない。ということで、明日は、買い物よ」という話になった。


 

 翌日、指先にはもう瘡蓋(かさぶた)ができていた。随分治りが早いな、と感じたが明日の入学式までに治るだろうか。何か考えないとな。

 この日は朝から母さんと二人、スーパーへ買い物に行った。車で二十分ほどの場所にある松岡スーパーはこの町一番の大型スーパーだ。土地が有り余っているからか駐車場が広く、買い物に来ている地元の人たちは誰もがカゴいっぱいに商品を買っていく。皆まとめ買いをしているようだ。各言う僕らも例外ではなく、カートのカゴ二つがいっぱいになるまで買い物をした。

 明らかに要らない物までうきうきで買い物かごに入れていく母さんを横目に、僕は何かひらめくものがあり、少し探して500ml入りのエタノールを買った。

 買い物の後は、明日の予行にと家から学校まで歩いて往復してみることにした。家の裏手にある小道とは別に下山できる道がいくつかあり、その内の一つを使ってみると、降りてから高校までは十分ほどの距離だった。車で通る道よりも早く学校につけるので、思ったよりも朝はゆっくり出来そうだとほくそ笑んだ。

 ただ山の小道は、藪漕ぎとは言わないまでも草が生い茂っていて道が分かりにくい。暗い時間には通らないとして、どこかで草刈りをしないとな。


 夜、母さんが寝静まったのを確認してから、僕は台所に降りてきた。

 手には緑の液体、便宜上回復薬と名付ける。それとエタノールを持ってきている。

 平皿にとりあえず10mlのエタノールを入れ、そこに一滴回復薬を滴下した。そしてアルコール消毒をしたスプーンで攪拌する。

 どろりとした液体はエタノールの中に溶け、薄い緑色の液体ができた。

 昼間、回復薬のことを考えていた時、菌が繁殖しない場所を作ればいいんじゃないかと思い、アルコールに殺菌作用がある事を思い出したのだ。液を薄めたのは、万が一の時に軽傷で済みそうだと思ったからだ。

「よし、できた」

 早速スポンジに完成した液体を吸わせ、瘡蓋からはみ出ないよう慎重に塗り込む。

 そして三本すべての指を塗り終えた後、ハッとした。

「何も考えずに塗っちゃった……」

 前のように何か違うものに塗って効果を確かめようと思ってたのに……。

 まあ、塗ってしまったものはしょうがないと諦めよう。塗ったのも原液ではないので、何かあってもあまり酷いことにはならないんじゃないかな。

 それにしても、こんな失敗(こと)ばっかりやってるな、と少し落ち込んでしまう。

 もう少し、思慮深くなりたい。

 いや、今僕は未知なるモノへ挑んでいるのだ、リスクを恐れて行動できなくてどうする。

 なんてことを考えていると、液体を塗った指先がひどく痒くなってきた。

「わわっ。大丈夫かな、これ」

 耐えきれないほどの痒さではないのでしばらく様子を見ていると、2分ほどで瘡蓋がぺろりと剥がれてきた。

 瘡蓋の内側を見ると、少し白いが元の正常な皮膚が覗いていた。

「わあ、すごい」

 それからすぐ痒みは引いたが瘡蓋が残ってしまっていたので、またスポンジを使い指先に薄めた回復薬を塗布。すると、痒みとともに瘡蓋は完全に剥がれ落ちた。出来たての皮膚を触るとしっかりと指紋独特のざらつきがあった。

「成功だ!」

 僕はわーいと薄暗い台所で一人両手を上げた。

 あとは用途に合わせて濃度を変えていけばいいだけだ。

 どれくらいの濃度でどの程度の傷が治るのか、大体で使ってもいいがある程度は把握しておく必要がありそうだ。

 ただ、今日までで大体瓶一本ほど使ってしまっている。

 貴重な回復アイテムなのだ、大事に使っていかないと。

 その日は上機嫌で床に就いた。

 

 しかし次の日。

「いーくん、台所にある黒い水、捨てちゃってもいい?」

 一晩経つと、薄めたエタノール回復薬はカビだらけになっていた。

 エタノールだけでは殺せない菌もある、ということだろうか。

 なかなか思い通りには行かないな、としみじみ思うよ。

「この、真っ黒のスポンジも、捨てちゃうわね」

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