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1-8

 僕は万が一のためにと鞄を左手で持ち、盾のように構えながらスライムを待った。

 ドキドキと胸が高鳴る。緊張と高揚感とがブレンドされたような感覚にむず痒さを覚える。

 早く、はやく来い。

 

 スライムは、あと一歩ほどで木刀が届く距離まで来ると、急にピタリと止まりふるふる震えだした。

 何をするつもりだ。

 危険な予感がしたため、僕は後ろに下がろうと後ずさりした。

 すると震えていたスライムは、自身の体液を球状に打ち出してきた。

 後ろに重心を置いていた僕はとっさに動くことができず、鞄で液体を受け止めた。

 バン!と強い衝撃が左腕を襲い液体が盛大に飛び散る。

 鞄が吹き飛ばされ、荷物が宙にばらまかれる。

 突然のことに思考が追い付かない。

 その間にもスライムは動いており、液体を噴射させ高く舞い上がった。

 頭に当たる。そう認識した途端、いつかの恐怖が蘇ってきた。

「うわあぁぁ!」

 僕は逃げるように体を横に倒す。半身になったことで顔に当たることは防げたが手の先がスライムに当たってしまった。

 そのまま倒れ込んでしまったが、すぐに起き上がりスライムを視認する。

 着地したスライムは少しだけ動きを止めていた。

 スライムは見る影もなく小さくなっていたが、それでも先ほどと変わらないスピードで僕に近づいてくる。

 

 大丈夫だ、落ち着け。

 そう自分に言い聞かせながらすぐ近くに落ちている木刀を拾い上げる。

 あの大きさなら一階のスライムのように核を攻撃できる。

 もし液体を打ち出してきてもあの体積じゃ大した威力にはならないはずだ。

 大丈夫、きっとやれる。

 気持ちを落ち着け、木刀を構える。

 チクリと手の先が痛んだが今は気にしてる余裕はない。

 近づいたスライムはブシュッ、と体液のほとんどを費やして僕の顔面へ一直線に飛んだ。

 

「そこだぁ!」

 全身の力を込めて振り切られた木刀は、狙い過たずスライムの核へ当たる。

 核は木刀に当たるとそのまま砕けて液体と一緒に壁側へと散った。

「はぁっはぁっはぁっ倒し、た」

 安心すると気が抜けてその場にドサリと座り込む。

「うっ、いっつ!」

 地面に付いた手の先がひどく痛み、驚いて左手を見ると人差し指と中指、薬指の指先が爛れていた。

「なんだこれ!」

 さっきスライムに触れてしまった部分だ。

 おそらく、あのスライムの体液は強い溶解液になっていたのだろう。

 慌てて服でごしごし擦ろうとして、服に触れた指先から鋭い痛みが走る。

「いったぁぁ!」

 ズキズキとひどい痛みにしばらく腕を抑えてうずくまる。

「うぅ、痛い……どうしよう……」

 またやってしまった。

 僕が痛みに耐えながら悲嘆に暮れているとき、どこからか懐かしい声が聞こえてきた。

 

【ピロリ】

【レベルが上がりました】

「あ……お姉さん」

【熟練度が一定を超えたため、溶解耐性 小を獲得しました】

【熟練度が一定を超えたため、剣術 守を獲得しました】

 そう言うと女性の声は聞こえなくなった。

「……やっぱり、見てたんだ」

 僕は体を起こすと周りを見渡す。

 だが、やはり辺りには誰もいない。

 溶解耐性 小、という言葉が聞こえてから明らかに指先の痛みが引いていた。なので、今は少し考える余裕ができていた。

 それでも痛みがなくなったわけではないので、飛び散った荷物から水筒を探し指先を洗う。

 じくじくと指が痛むが、対称的に僕の心は穏やかだった。

 

 

 あれからすぐ、帰路に就いた。

 戦闘の後、飛ばされた鞄を拾うと繊維が溶かされ使い物にならない状態だった。

 だが、不幸中の幸いか鞄の中身が外へ出ていたので地図などは無事で済んだ。

 衣服はスライムの飛沫がかかっていたのか所々細かな穴が開いたが、皮膚の方は何ともないようだった。

 胴体を覆っていた鎧はいまだ新品のような光沢を呈していて、驚きを感じた。

 僕は、最低限の荷物だけをポケットと手に持ってあとは置いていくことにした。

 戦闘後すぐに移動したため疲れていたが、またあのスライムが出てきたらと思うと気が気ではなかった。

 後ろに下がりながらの戦闘だったため、一階への階段にはすぐに到着した。

 急かされるように一階に上がったが、そのあとも落ち着かないので休憩することなく出口まで行くことにした。

 ずきずきと痛む左手で地図を持ち、右手の木刀でスライムを倒して進む。

 あの戦闘の後から木刀を振るのが上手くなったので、透明なスライムは片手でも余裕をもって対処できた。

 確かお姉さんは剣術のしょだか、しゅだか言っていたけど、剣術が使えるようになった!って感じはしない。どう動けば木刀が上手く振れるか、そんなことがなんとなく分かるようになっただけだ。

 それでも以前より格段に振りがよくなっているので、ゲームのように新しい力が手に入ったのだと嬉しくなった。

 

 ダンジョンから出る前に時間を確認すると、18:42と表示されていた。

 もう夜じゃないか。

 ダンジョンから出ると緊張の糸が切れたのかどっと疲れが押し寄せてくる。

「だぁ~つかれた~」

 荷物を物置小屋に放ると、鎧も脱ぎ、リビングのソファにダイブした。

 レベルが上がったからかジャンプ力も上がっているようで、ふわりと体が浮くようなジャンプだった。

 

 そして気付く。

 ソファに先約がいることに。

 空中で目が合うと、驚きながらも母さんは両手を大きく広げ歓迎の体制をとる。

「いああぁぁぁ!」

 僕は赤いスライムとの戦闘も各やといった俊敏な動作で着地前にソファの背持たれを蹴り、床へと逃げた。

「きゃあっ」

 ソファがぐらりと揺れ母さんが悲鳴を上げる。

 空中で一回転した僕は頭から床へ突っ込んだ。

 床へ手を付いて着地を試みるも指先の痛みで失敗し盛大に頭を打ちつける。

「ぐああぁぁ」

 もんどりを打って転がる僕を、母は冷めた目で見つめていた。

「何も、逃げなくて、いいじゃない」

 

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