1-5
今朝はすっきりした目覚めだった。昨日の疲れを感じることもなく朝から活力が漲っている。
随分ぐっすり寝た気がしていたのだが、起きたのは朝6時だった。
一人暮らしを納得してもらうための早起きも習慣になってしまったのかな。
寝転がりながら枕横のスマホを見るとメッセージが四件来ていた。
友人とかづきちゃんから一件ずつ、そして家族のグループチャットに二件メッセージが入っていた。十八時過ぎに連絡が入っているのもあり、あれっと思うも、ダンジョン内が圏外だったことを思い出す。このSNSアプリはメッセージを受信した時間じゃなく、相手が送信した時間の表示になるのかな?
朝六時はまだ寝ている人もいるだろうと思い後で連絡を入れることにする。
僕は1階へ降りると真っ先にダンジョンの入り口を確認した。無くなってないか心配だったが、地下への階段は昨日と変わらずそこにあった。
ホッとする反面、疑問も残る。
時間経過で入り口が消えてしまうのかもと考えたが、そうではないのかも。
どちらにせよこの問題は次に入り口が閉じてしまうまで後回しになりそうだ。
今日の朝食もカレーを食べる。
昨日のうちに冷凍しておいてくれたカレーを温めて、炊飯器に残っているご飯をかき集め器に乗せる。
う〜ん、この独特の酸っぱさが癖になりそう。
かづきちゃんは数日食べられるだけの量を作ってくれたのだが、流石にそろそろ飽きてきたな。
かづきちゃんのメッセージも、沢山作ったけどカレーばかり食べないでちゃんと自炊もするんだよ、といった内容だった。
ということで今日から自炊をしよう。
と言ってもまだ引っ越してきたばかりで食材は日持ちのするものばかりなのだが。
お米の他は、根菜類や家から持ってきた乾物、レトルト食品ばかり。パンが少しと魚介類は無く、お肉は昨日のカレーでほとんど無くなってしまっていた。冷凍食品なんて物ももちろん無い。
食料品の買い出しは休日にかづきちゃんが車を出してくれることになっているので今はあるもので賄うしかない。
僕は冷蔵庫に入っていた人参と玉ねぎ、ジャガイモ、あとウィンナーを鍋に放り入れ、簡単にポトフを作った。
もう一品も作りたいなと冷蔵庫を漁り、卵があったので、ポトフの材料を流用しスパニッシュ風オムレツを作った。
完成した昼食は、パンと一緒に食べようと思っているのだが、時計を見るとまだ09:30と、早く作りすぎてしまった。
昼食を食べたらダンジョンに行こうと思っていたので急ぎすぎてしまったようだ。
明後日の学校の準備でもしてようかな、と考えていたが、そうだ!とある事を思い出す。
二階に駆け上がり、寝室へ入ると机の上に置いてある瓶を手に取る。
「これの検証をしよう」
◇
これについて現状分かっているのは、
ダンジョン内の宝箱からの拾得物であること。
ガラス質の容器に粘性の高い緑色の液体が満たされていること。
香草を煮詰めたような刺激臭がすること。
少量の鼻腔からの吸引では人体に影響は見られなかったこと。
これだけだ。
危険物なのであれば廃棄するべきなのだろうが、ダンジョンで手に入れたモノなので何か特別なものだと思うのだ。
幸い、においを嗅いでも身体に異常は感じられなかったので強い刺激物ではないのだろう。
だが、実験なんて理科の授業でしかやったことがないので、どう検証したものか悩んでしまう。
むむ~。
「よし、とりあえずいろんなものにぶっかけてみよう」
そう決めると僕は家にある様々なものを見つけては綿棒で液を塗り付け、リビングに並べた。
手袋とマスクをして、気化したものを大量に吸うと危険かもしれないので窓を開け放ちしっかり換気もした。ゴーグルも欲しかったのだが見つからなかったのであきらめた。
金属からプラスチック、アルミホイルに革製品など、とにかく思いつく限りのものに塗りたくった。一応ガラスにも塗った。液体の入った容器が特別なものではないという証拠になるかと思ったからだ。
ついでに外を歩いていた蟻さんにもご協力いただいている。ガラスのコップ内に滞在してもらっているのだが今のところ変わった様子はない。
一通り塗り込み終えると、僕はソファに座り冷たい麦茶を飲みながら変化を待った。
しばらく待つとそれぞれ変化が見られた。
始めに変化が現れたのは外から持ってきた木の棒だった。
蕾の部分に液を塗っていたのだが、それがいつの間にか花開いていたのだ。
「わぁ、花が咲いてる!」
何もない枝の部分にも塗っていたのだが、そこは液を塗った範囲だけが異様に盛り上がっていた。
「んん?」
盛り上がった部分を切って断面を見てみると、木の皮の内側(形成層というらしい)の部分が膨らんでいるようだった。
「ふむ」
木の葉っぱは液を付けたところを中心に発色がよくなっていた。
「ほお」
屋外から採取してきた土は一見何も変化のないように見えたが近づくと、もわりと腐葉土の匂いがした。
昔、おじいちゃんがメロンを育てるのに小さなビニールハウスを使っていたのだが、一緒に収穫した時こんな匂いがしていたことを覚えている。
「懐かしいな」
それ以外には、苔は増殖し、カビも繁殖し、根菜からは根っこが生えてきていた。
しかし、蟻に関しては特に変わった様子もなく最後まで元気に動き回っていた。僕はそのことに首をひねるが、とりあえず実験参加の報酬として、恭しく砂糖を献上した。
それ以外の物は、時間が経つにつれて変色し、液垂れたまま固くなっていった。
本来ならもう少し長期的に観察するべきなのだろうが、ある程度の結果が出たので良い反応があった物だけいくつか残して今回はこのまま終わりにした。
終了後は、塗布した液体の成れの果てを雑巾で丁寧に拭いていく。これが手についたらきっと大変な事になりそうだからだ。
僕が思うに、これは生物の生命活動を活発にする薬品だ。必要な栄養素を補い、急速に細胞分裂を促進させる。蕾は花咲き、幹は太く、葉は色付き、微生物は増殖する。それも、塗ったところを局所的にだ。
きっと皮膚に付けばその部分だけ細胞分裂が促進されることだろう。恐ろしいことだ。
傷口などに直接塗れれば傷を塞ぐことはできそうではあるが、その跡がどうなるかが不安だ。
だがこれは今回の検証からの考察に過ぎなく、実際は別の要因で起こった出来事かもしれない。
何故なら、さっきの仮説が正しければ、あの液体が空気に触れた時点で空気中の微生物と反応が起こり始めてもおかしく無いからだ。
だが、瓶の液体は変わらず不透明な緑色を呈している。
僕の仮説が話違っているのか、あるいは……
「特別な容器……か」
急に科学的な思考から逸脱してしまったようにも思われるが、僕にはそれだけあのダンジョンから言い知れぬ何かを感じるのだ。
特別と言わしめるだけの、何かを。
溶液を拭き終わると、もうお昼をとっくに過ぎていた。
片付けは後だな、と乱雑に置かれた物を放置し昼食の準備を始める。
スープを火にかけ、オムレツはレンジで温める。
パンを用意し、スープ、オムレツを皿に盛り付けると彩よく並べて写真を撮った。
これは後でメッセージに送ろう。ちゃんとやれてますよ、というパフォーマンスだ。
写真を撮り終えると手を合わせ食事にありつく。
スープにパンを浸して一口。うん、美味しい。
蓋をしてなかったので、水分が飛んでまたしょっぱくなっていたが、パンと食べるなら丁度よい塩っ気だと思う。
オムレツも厚焼きで美味しい。中のじゃがいもがちょっと硬いかなとも感じたが、まぁ良い食感だと思っておこう。
食事を終えると鞄に荷物を詰めた。
前回の反省を活かして、水分と軽食、汗拭きタオルに万が一の着替えなどを詰める。
なんだか遠足にでも行くような気分になってくるな。
準備を終えると、物置部屋へ向かう。
ダンジョンの入り口は未だ消える事なく床にぽっかりと穴を開けていた。
その事に満足すると、僕は意気揚々とダンジョンへと降りて行った。




