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 入り口は人一人が通れるほどの狭さで、お尻が階段に付きそうなほどにかがまないと満足に下りられない。木刀がひっかかって邪魔だ。でもそんな不自由も今は楽しかった。

 階段はすぐに終わり松明の揺らめく炎が見えた。

 地下へ降り切ると青白い光が満ちていて、僕はそれだけで万感の思いで一杯だった。

 壁に触れてみる。ゴツゴツとした触感、だが引っ掛かりを覚えるような鋭い岩肌ではない。壁の亀裂に目を近づけると、やはり光源は分からなかったが青みの強い光は思いなしか流動しているように見えた。

 優しい光。

 いつまでも見ていられそうだった。


 しばらく壁を堪能した後、少し冷静になった頭でこれからどうしようかと考える。

 ここを探索してみるのはいいとしても、ここがどこまで続いているのか分からない。ある程度行動方針を決めた方がいいだろう。

 そもそも、この場所に入れたのはいいが入り口が塞がって帰れなくなることはないだろうか。

 思案気に腕組をした後、僕はふと、降りてきた階段を顧みた。

 

 ……なんとなくだが、大丈夫な気がした。

 これは根拠のない自信というやつなのかもしれないが、先ほども感じた不思議な感覚、あれに近いものを感じるのだ。

 仮にも危険な場所にいるのだ、思い込みで行動するべきではないとは分かっている。けど今の気分が高揚している僕にとっては、なんとなく大丈夫という根拠のない自信でも行動するに足りえる理由になった。

 僕はポケットからスマホを取り出す。

 ホーム画面には18:17と時刻が表示されていた。電波は届かないようで圏外だった。

 「まだこんな時間か」

 むうーと少し考えた後、

 ・お腹がすくか眠くなったら帰ろう。

 ・前回は階段を下りて左の道から帰ってきたので、今回は右に行ってみようかな。

 と適当な行動方針を決めて歩き出した。

 前回見つけた奥へと続く階段も気にはなるが、まずは地下1階を散策してからにしようと思う。僕は、楽しみは最後に取っておくタイプなのだ。

 

 1階を隈なく見て回りたいので今回も右手法を使うことにした。

 これは以前父さんのパソコンを使っていた時に調べたことなのだが、右手法(左手法)は中世のヨーロッパで確立された由緒ある迷路攻略法なのだそう。立体的な迷路には弱く、平面的な迷路でも壁が繋がっていない区画がある場合にも弱い。しかし、すべての壁が繋がっている迷路においては無類の強さを誇るのだ。

 クラスメイトで迷路をちまちまとノートに書いていた人がいたが、昔の人も同じようなことをやっていたのかな。そう思うと何だか親近感が湧いてくる。

 

 しばらく進むとぷしゅっ、ぺったん、ぷしゅっ、ぺったんと特徴的な音が聞こえてきた。

「おっ」

 通路の奥から現れたのは言わずと知れた透明な球体。

 そのシルエットに、僕は少しの恐怖と懐かしさを感じた。

「でたな!()()()()!」

 僕は、感じた恐怖を払拭するように大きな声を出した。

 スライムは聴覚がないのか、それとも豪胆なだけなのか、僕の声に怯みもせず一定のリズムで進んでくる。

 スライムが近づくにつれ、木刀を持つ手にも力が入る。

 だが無暗に叩きつける様なことはせず、スライムが小さくなるのをしっかりと待った。

 そして丁度よい大きさを見計らって右手でキャッチした。

 パチリと手に当たり、掴んだ!と思ったのだが実際に手から伝わってくる感覚は別ものだった。

 水に手を泳がせているような感覚に近く、表面だけが手に吸い付いているような感じがするのだ。

 スライムはそのまま右手をするりと抜け出そうと動くが、僕はすかさず右手を握りしめる。

 するとスライムは構成する液体をピシャッと飛び散らせ動かなくなった。

 僕はホッと息を吐く。

 倒せるとわかっていても一度は殺されかけた相手だ。やっぱり緊張してしまう。

 倒せてよかった。

 

 ふう、ともう一度息を吐くと「次はこれだな」と開いた右手を見つめる。

 手のひらには1円玉サイズの怪しく光るスライムの核が乗っている。

 指の腹で核を転がしながら形や硬さを調べているとパキッと音を立てて割れそこから半透明の(もや)が出る。

 痛くありませんように、と祈りながら靄が体に吸い込まれていくのを眺める。

 全て吸い込まれると、体の奥から暖かくなるような感覚が生じ、僕は安心して身体の力を抜いた。

 もう、大丈夫だな。

 この靄の事を心配するのはもう止めよう。

 手のひらの、もうただの石ころと大差無くなったそれを路傍に捨て置くと、「良しっ!行くぞ!」と気合を入れ、輝く隧道(ずいどう)を大股で歩き出した。


 

 それからしばらくは、突き当りを何度も迂回しながら奥へと進んでいた。スライムと遭遇する以外は特に変わったこともなく、順調な道程だった。

 スライムとも二桁を超える遭遇戦を行い、楽な倒し方を確立しつつあった。

 巨大な時はやはり危険なため、ある程度小さくなるまでまち、ソフトボール程度に小さくなったらスライムの核めがけて野球のバッターよろしく木刀をフルスイングするのだ。

 木刀の接触面積はソフトボールほどの大きさの時には直径の1/4程しかなく、液体の中で揺れ動く核に当てるのは至難の業だ。

 だが、これを始めてからまだ一度も失敗はしていない。あっさりと当てられて、最初は驚いたものだった。

 これはきっとレベルアップのおかげなのだろうと僕は考えている。

 中学時代にも何度か同じことを感じていたのだ。

 

 今までできなかったことが、ある時急にできるようになるということは往々にしてあることだが、僕の場合はそれが顕著過ぎた。

 僕は生来運動が苦手な質だったのだが、いつの間にかクラスで一番足の速い人に迫るスピードで走れるようになっていた。

 体育の時間に卓球をした時には早い球を難なく打ち返せるほど動体視力も上がっていたし、なにより体の動かし方というのが自然と分かるようになっていた。

 体の成長とともに運動が得意になっていった、ということも考えられるが、あんな体験をした後の出来事なのだ。レベルアップという言葉に結び付けて考えたくなるのは、むしろ自然なことのように感じる。

 ()()()()()を探索するのも楽しいのだが、強くなれるかもしれないレベルアップもとても楽しみだった。ついでに身長も伸びないかな~なんて期待したりもして。

 だからスライムよ、僕の糧になっておくれ。

 

 

 ちなみに先ほどから球体生物のことをスライムと呼んでいるのだが、この名前は友達に借りたゲームに出てきたモンスターから取ったものだ。

『きっと気に入ると思うよ』と穏やかな表情で手渡してくれたそのゲームは、人に仇なすモンスター倒し成長していく一大巨編ファンタジーゲームだ。ダンジョンと呼ばれるモンスターの溢れる洞窟が出てきたり、モンスターを倒すとレベルが上がったりと、実にこの場所で起こる出来事と類似性が高いのだ。

 僕は一目で虜になってしまい、母さんに没収されるまで廃人ゲーマーも()くやと徹夜でプレイしたものだ。

 ゲームに出てくるスライムは最初期から出てくる青いしずく型のモンスターだ。分かりやすく顔が付いており少し見た目が違うのだが、このゲームをリスペクトしている僕はあの球体にスライムと名を付けない訳にはいかなかった。

 同様にこの地下空間もダンジョンと呼ぶことにした。

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