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第5話 灼熱地獄決戦(前編)


陽葵の放った《氷のバリア》は、灼熱地獄そのものを凍らせるほどの力だった。


地を焼いていた溶岩の流れがピキピキと音を立てて凍りつき、吹き荒れていた熱風すら、白い霧のような冷気に包まれて静まっていく。


「すごい……本当に……」


奏多が、陽葵を支える手を震わせながら呟いた。


炎に焼かれ、焦げついた自分の腕。その腕が今、陽葵の作り出した冷気によって――救われていた。


朔も、少しだけ顔を伏せ、そして静かに口を開いた。


「……君は……強い女の子だったんだな」


その声に、陽葵が恥ずかしそうに俯いた。だが、その目は、もう涙に濡れてはいなかった。


「……わたし……怖かった。でも、奏多お兄ちゃんが……守ってくれて……それに……」


陽葵は、そっと奏多の袖を握りながら、小さく続けた。


「……朔お兄ちゃんの背中も、ずっと見てたから……」


朔は何も言わずに目を伏せたまま、ほんの少しだけ肩を揺らす。きっと、彼なりの照れ隠しだ。


「僕は、ただ信じただけだよ」


奏多の言葉は、きっとそれ以上でも以下でもなかった。


でも、それだけで――陽葵の心は、また強くなれた。




しばらく進むと、空気の温度が明らかに変わった。


凍りついていた地面に、再び熱が戻ってきたかのように、ぬるく、重く、熱気が立ちこめてくる。


そして――


「……皆、気を引き締めろ」


朔が立ち止まり、低く、静かに言った。


その目線の先。


赤黒く焼け焦げた大地の上に、異様な気配を放つ影が立っていた。


巨大な体躯。燃え盛るような鬣。地を割るような呼吸。


灼熱地獄の“門”――そこに立ち塞がっていたのは、この地獄の“門番”。


その名も、《灼熱鬼》。


「こんなところに……人間か……。面白い……いや、“焼き甲斐”があるってもんだ……!」


声が、地響きのように響いた。


炎のように歪んだ目が、じろりと三人を睨む。


朔が剣に手を添え、奏多は陽葵の手を取りながら構える。


「行くぞ……」


「ここは灼熱の門。通すわけにはいかん!」


「業火に焼かれ、魂ごと灰になれいッ!!」


次の瞬間、鬼の咆哮と共に、天地を割るような火柱が上がる。


朔が真っ先に踏み出した。


「奏多、陽葵から離れるな。あいつの炎は、触れただけで焼き尽くす」


魂の剣を握り、朔は炎の中へ飛び込んだ。


だが――


剣が、徐々に揺らぎ始める。


(クソ……陽葵の傍を離れたせいで、魂が乱れて……!)


炎に包まれた地獄では、魂の安定が命取りとなる。


「朔お兄ちゃん、戻って!」


陽葵が叫ぶ。彼女の瞳に、決意が宿った。


陽葵は、朔の背中を見て、叫んだ。


「朔お兄ちゃん、私、戦う!!」


「……っ?」


朔が振り向いた瞬間、少女の足元に、冷気が走る。


「魂は、想いだって……お兄ちゃん、言ってたよね?」


「だったら、私は――この力で!」


炎の中を駆ける陽葵。


魂のバリアが変質していく。


氷の力が、少女の身体を纏い、まるで雪の羽衣のように冷気が舞い上がる。


小さな手のひらから放たれた氷の刃が、鬼の腕をかすめ――


ゴオオオオオ!!!


灼熱鬼の雄叫びが響く。


「陽葵っ!!」


奏多が叫ぶが、陽葵は止まらない。


「大丈夫……私、ひとりじゃない!」


少女の足元には、確かに“凍った道”が伸びていた。


魂が、恐怖を乗り越えて前へと進む――その意志が、大地をも凍らせる。


「いくよっ……!」


陽葵が放った氷のバリアが灼熱鬼の前で炸裂する。


しかし――


ゴッ!


「きゃあっ!」


鬼の腕が陽葵を弾き飛ばした。


バリアが砕け、冷気が霧散する。


「おまえの炎なんか、怖くない……!」


陽葵の掌から、冷気が解き放たれる。


それは彼女の魂が呼応した力だった。


だが。


灼熱鬼は、怯まない。


「我を侮るなァアアアアアアア!!」


鬼は、天へと手を翳す。


「地獄の業火よ……我が血肉を燃やし、天を灼け!」


「天獄魔炎陣――喰らえ!人間どもッ!!」


その瞬間、上空からいくつもの“隕石”が落ち始めた。


真っ赤に燃える炎の塊。


触れれば魂ごと焼き尽くされる――まさに、地獄のメテオ。


「だめっ……止めないと……!」


陽葵は震えながらも、両手を広げた。


「凍れっ……! 全部、凍れえええええっ!!」


魂の叫びが、氷を強化する。


巨大な氷の結界が、空へ向かって展開され――


バァンッ!!


凄まじい衝撃と爆音。


氷は砕け、陽葵は膝をついた。


大気が震える。


小さな身体に、全身の魂を込める。


氷のバリアが、空へ向かって立ち上がった。


メテオの炎と激突し――


ギギギギ……ッ!


氷の壁が、音を立ててきしむ。


「くっ……っ、だめ……まだっ、足りないっ!」


その時だった。


誰かが、陽葵の手を強く握った。


「――一人で、耐えなくていい」


奏多だった。


「奏多お兄ちゃん……!」


「僕も、一緒に守るよ」


奏多の魂が、バリアに流れ込む。


守るという意志が、氷の盾をさらに強化していく。


――メテオが、バリアに激突した。


バァァアアアアンッ!!


轟音と衝撃が世界を包む。


だが――崩れなかった。


「……止めた……!」


陽葵と奏多、ふたりの魂が作った絆の壁が、地獄の隕石を食い止めたのだ。




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