006:アンドロイドの献身
「ってゆーことは、お人形さんのふりをしてるあいだも、ずっとイオンちゃんはわたしのことを見てたってこと?」
「えぇ、そうよ。シーナがお風呂上りにすっぽんぽんで牛乳を飲んでたときも、ワタシはこっそりシーナのことを見ていたわ」
「イオンちゃんのエッチ!」
「ワタシなりに、シーナを見守っていたつもりだったのよ。シーナに何かあったら、颯爽と駆けつけて正体を明かすつもりだったのだけど、なかなかそんな場面は来ないまま月日だけが流れてしまって……」
ソファで目を覚ますと、二人が会話している声が聞こえてきた。
俺が寝ているあいだにガールズトークでもしていたのか、いまでは旧知の友人のような雰囲気になっている。
「それに気づけたのも、ハルトのおかげだね」
「えぇ、本当に。ワタシにとって彼は命の恩人でもあるし、頭が上がらないわ」
「なんだかイオンちゃん、恋する乙女みたいな顔してるね」
「そ、そんなことないわよ! 彼のことは異性として素敵だと思うし、おちんちんも大きそうだけど、まだ出会って二日目で恋だなんて……」
「でも一目惚れって言葉もあるくらいだし、恋に時間は関係ないんじゃない?」
「///」
シーナはふざけてからかっているみたいだが、イオンは真面目にドギマギしているようだった。
昨日の女装兄弟が、アンドロイドは人間に惚れやすいという話をしていたが、それもあながち嘘ではないのかもしれない。
「にしても、ハルトが異世界からやってきたなんて驚きだよね。もしかしたら、自分を転生者だと思いこんでるアンドロイドの可能性もあるけど……」
「にわかには信じられないけど、彼の言うことは本当だと思うわ」
「やっぱりイオンちゃんもそう思う?」
「えぇ。彼が異世界人かどうかはわからないけど、アンドロイドじゃないことだけはわかるもの」
「どうしてわかるの?」
「それは……」
そのときふと、こちらに視線を向けたイオンと目が合った。
「あら、噂の彼がお目覚めになったみたいだわ」
「おはよ、ハルト! 昨日はよく眠れた?」
俺は気だるげに体を起こすと、自分の股間をおさえた。
なんとか血は止まってくれたようだが、まだわずかな刺激が加わるだけで、激痛が走る状態だ。
「一時はどうなることかと思ったけど、その様子だと機能不全になる心配はしなくてよさそうね……」
「昨日の今日で元気になるなんて、やっぱり本物のおちんちんってスゴいんだね!」
イオンとシーナはキッチン・カウンターの向こう側から、ひょこりと顔を出して、俺のズボンの膨らみをガン見していた。
「でも、ホントにあんなのが女の人の中に入るの? わたしなんかのじゃ、どう頑張っても無理そうだけど……」
「ちょっと、シーナ。わざわざ確かめようとしてくていいのよ。というかまだ子どもなんだから、おちんちんなんて見ちゃいけません!」
イオンは思いだしたように、シーナの目を覆いかくした。
するとシーナが拗ねた様子で口を尖らせて言う。
「イオンちゃんったら、またそうやってわたしを子ども扱いして……。どーせあとでわたしの見てないところで、ハルトにハメハメしてもらうつもりなんでしょ?」
シーナは性に無知なので、深く考えずに口にしたようだが、俺たちからすればとんでもない発言だった。
それを聞いたイオンは、顔を赤らめて反論する。
「そんなことするはずないでしょう! いい、シーナ? セックスっていうのはね、愛する人とするものなのよ」
「でも、イオンちゃんはハルトのこと好きなんじゃないの?」
すずしい顔をしているシーナとは対照的に、イオンの顔は蒸気があがりそうなほど真っ赤になっていた。
「そりゃあもちろん、彼は命の恩人だし、嫌いなわけじゃないけれど、セックスっていうのは一生を添い遂げるような相手とするものなのよ。シーナだって友人と恋人の違いはわかるでしょう?」
「でも、さっきハルトのことを異性として素敵だって――」
イオンは冷や汗を流しながら、とっさにシーナの口をふさいだ。
「――ごめんなさいね、アナタ。この子ったらまだ寝ぼけてるみたいで」
「もぐ、むぐぅ……」
目と口をふさがれたシーナは、不満そうにもごもごと呻いている。
そんな二人の会話を聞いているあいだにも、俺の股間の痛みは再燃しつつあった。
「楽しそうにしてるところ悪いんだが、鎮痛剤を持ってきてくれないか? 薬の効果がもう切れてきたみたいなんだ」
俺が悲痛な声をあげると、すぐにイオンは救急箱の中から痛み止めを取りだして、こちらに持ってきてくれた。
シーナはその隙を見計らって、興味津々な様子で俺の股間を見下ろしている。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。ついでにもうひとつ頼みたいことがあるんだが、いいか?」
「遠慮せずに何でも言ってちょうだい」
イオンは献身的な表情で俺のそばにしゃがみこんだ。
すると、ちょうどイオンの胸の谷間が見下ろせる角度になり、俺の股間にズキッと痛みが走る。
「その……できればもっと肌の露出が少ない服を着てくれないか? 俺も男だから、そんな恰好でいられるとだな」
善意で看護してくれる分言いにくかったのだが、イオンがずっと裸エプロンのままでいるせいで、目の前をうろちょろされるたびに、股間の痛みが悪化するのだ。
イオンは俺の言葉の意味を察すると、カーッと顔を赤らめて、胸を隠した。
「ごめんなさい! 色々なことがあったから、そこまで頭が回らなくて……」
イオンは目を白黒させながら、俺の股間に向かってぺこぺこと頭を下げた。
そんな様子を見かねて、シーナがイオンに声をかける。
「そうだ。わたしの部屋に色んなお洋服があるから、好きなのを着ていいよ? ゴミ捨て場から拾ってきたのでもよければだけど」
「お言葉に甘えさせてもらおうかしら……」
イオンは布面積の少ないエプロンを必死にひっぱりながら、逃げるようにシーナの部屋に駆けこんでいく。
シーナはばるんばるんとバウンドするイオンのケツをながめながら、クスッと笑みをこぼす。
「あんなわがままボディーに合う服なんて、なかなかないかもしれないけどね」
$ $ $
それから俺は二週間近く、家の中で安静にしていた。
もともと引きこもりなので大したストレスはなかったし、イオンが献身的な看護をしてくれるおかげで、何不自由ない生活が送れたのだが……。
強いて不満を挙げるとするなら、長いあいだ半強制的なオナ禁状態だったために、俺の性欲がかつてないほど昂っているということだった。
「それではエントリーナンバー、一番。アンドロイドのイオンちゃんの登場です! いったい、どんなコーデを用意してきたんでしょうか?」
シーナがノリノリで手拍子すると、イオンが赤面しながら姿を現した。
イオンといえば裸エプロンのイメージが強かったが、今日のイオンは一味違うようだ。
「……どうかしら?」
イオンは胸の曲線が映える黒いニットに、キャメル色のオーバーサイズ・コートを羽織って、腰に手をあてて立っている。
どれもシーナがゴミ捨て場から拾ってきた服のようだが、保存状態がよかったのかシワひとつなかった。
「キャーッ、カワイイ! まるで本物のモデルさんみたい!」
シーナはイオンに感激して、黄色い歓声をあげている。
たしかにイオンはスタイルもよく、目鼻立ちもハッキリしているので、ハリウッド女優のようにも見える。
「ありがとう、シーナ。異世界出身のアナタからはどういう風に見えるのかしら?」
「あいにく俺はファッションには疎くてな」
「そうは言っても、感想くらいはあるでしょう?」
「まぁ、無難な恰好でいいんじゃないか」
俺が適当な返事をすると、イオンはショックを受けたように肩を落とした。
「もう、ハルトったら! イオンちゃんは今日この日のために、早起きして試行錯誤しながらコーデを考えてたんだよ? もうちょっと乙女心に気を遣ってあげてもいいんじゃない?」
「そう言われてもな。だいたい、俺はこの世界に来てから一度も着替えすらしてない男なんだぜ。そんな人間に服装の感想をたずねるのは、犬のお巡りに道を訊くようなもんじゃないか」
俺があっけからんと言うと、シーナはダメだこりゃという風にうなだれて、イオンの背中をさすった。
「大丈夫。イオンちゃんはとってもきれいだからね! ハルトはあんな風に言ってるけど、たぶん照れ隠しなんだと思うな。ほら、ハルトってツンデレなとこあるから」
「……そうね。まだ今日は始まったばかりだもの。きっとあとで挽回してみせるわ」
「なんだか知らないが、そこまで張り切ってるってことは今日何かあるのか?」
「今日はお買い物に行く日なの。ずーっと家にいたから、そろそろ食料を買いだめに行かないとね」
「ふぅん……気をつけてな。なんか安くてうまい菓子とかあったら、ついでに買ってきてくれよ」
「何言ってるの、ハルトも一緒に行くんだよ?」
「えぇ、俺も?」
「だってハルトはここ二週間、ほとんど寝たきりの生活を送ってたでしょ? 怪我があったからしょうがないけど、そろそろ運動しないと本当に動けなくなっちゃうよ」
「それに、少しでもこの世界のことを知っておいたほうがいいでしょう?」
「それはそうかもしれんが……」
俺は憂鬱な気分になり、ガックシとうなだれた。
なにせ根っからの引きこもりなので、外出と聞いただけで億劫に感じてしまうのだ。
「ちなみに、どこへ行こうってんだ?」
「わたしがいつもお買い物してる、<虎牙>ってショッピング・モールだよ。そこは日用品からちょっとエッチな物まで、色んな商品が売ってるの」
「ちょっとエッチな物?」
「うん。ショッピング・モールの最上階では温泉に入れるんだけど、そこがエッチなソープランド? みたいになってるみたいで、エッチなマッサージとかをオプションでつけれるみたいだよ。高そうだし、わたしは行ったことないけど」
「へぇ……」
俺はさりげなくイオンに耳打ちした。
「おい、聞いたか? そういえばお前、いくらか貯金があると言ってたよな」
「……まさかソープに行くお金をくれって言うつもりじゃないでしょうね」
「頼む、オナ禁しすぎてもう限界なんだ。家でシコろうにもシーナがいるしさ」
「まったくもう……」
「二人とも、何のお話してるのー?」
「ちょっと大人同士の相談をな」
俺が目を見つめると、イオンは頬を膨らませながらしぶしぶとうなずいた。
俺は意気揚々と立ちあがりながら、拳を掲げる。
「よし、そうと決まれば早速ショッピング・モールに行こう!」
「なんか急にハルトが元気になったみたいだけど……。まぁ、いっか。それじゃあ、いざ出発!」