016:そしてロサンゼルスへ
結局、俺とイオンが行為に及んだのはあれ一度きりだった。
それというのも、シーナに俺たちの行為がバレたかもしれないという話をしたら、イオンの顔が真っ青になり、
「やっぱり子どもがいる環境でそういうことをするのはよくないわね。これからは、シーナが家にいないか、二人で外出してるときにするようにしましょう」
という取り決めができてしまったのだ。
俺はそもそも引きこもりだし、シーナも滅多に外出しないので、それは事実上の、セックス禁止令のようなものだった。
(とはいえ、俺はまだオナニーで発散できるからいいんだが……。なんやかんやで、言い出しっぺのイオンが一番苦しめられているようだな)
最近のイオンは満たされない欲求を発散するために、掃除に精を出しているらしく、おかげで部屋の中はピカピカに磨きあげられていた。
強いて曇っているものがあるとすれば、欲求不満なイオンの顔くらいのものである。
(まぁ、しばらくすれば根負けして向こうから声をかけてくるだろう)
そんなことを考えているうちに、ドンドンドンと玄関の扉をノックする音がした。
かつてイオンをさらいに来た男の娘たちですらインターホンを押したというのに、躾のなっていない訪問者が来たようだ。
「誰か来たみたいだわ。いま手が離せないから、出てもらってもいいかしら?」
イオンは羽ぼうきで戸棚の上をパタパタと掃除しながら声をあげた。
ずいぶん能天気な様子だったが、俺は前回の教訓を生かして、警戒心をマックスにして行動することにした。
「イオン。念のためにシーナを連れて、風呂場の中に閉じこもってくれ。俺がいいと言うまで出てくるんじゃないぞ」
俺はイオンの羽ぼうきを取りあげて、かわりに包丁を持たせた。
「そこまでする必要あるのかしら。まだ敵と決まったわけじゃないのよ?」
「前回のことがあるだろ、いいから言う通りにしろって」
俺が強く言うと、イオンはしぶしぶとうなずいた。
まだ寝ぼけているシーナの手をとって、風呂番の中に駆けこんでいく。
「ねーえー、イオンちゃん。なんで包丁もってるの?」
「それはね……シーナをこうしてやるためよ!」
「キャーッ」
平和ボケしている二人は、まるで緊張感のない様子で風呂場に入っていく。
もちろん俺の被害妄想の可能性もあるが、やらない後悔よりはやって後悔するほうがいいだろう。
「ごめんくださーい。ちょっとお話を伺いたいんですけどもー」
玄関の向こうから聞こえるのは、気だるげな女の声だった。
まるでいますぐにでも帰りたそうな雰囲気である。
(だが、この前の男の娘たちだって、初対面の印象では敵とは思えなかったからな。油断は禁物だ)
そう思いながら扉を開けると、目の下にクマのある女が立っていた。
警官の制服らしきものを着ているが、かなり着崩しており、シャツからブラジャーがはだけている。
「ウッス。ちょっといくつか訊きたいことがあるんすけど、いいっすか?」
「その前にまずは名乗れよ」
「あたしらは見ての通り、しがない警官っす。べつにお宅をどーこーしようってわけじゃないんで、そんなに身構えないでください」
とりあえず婦警に敵意がないことはわかったが、あたしら、というわりにはひとりしか姿が見えない。
俺がキョロキョロと周囲を見渡していると、
「ちょっとあんた! もうひとりの警官はどこにいるんだろー、って顔してるわね! さっきから足もとにいるわよ!」
驚いて視線を下げると、シーナと同じくらいのちびっ子の婦警が金切り声で叫んでいた。
未成年にしか見えないが、労基にはひっかからないのだろうか。
「お前ら二人とも、偽警官じゃないだろうな。身分証は持ってるのか?」
「やっべ。忘れてきたかもしれねーっすわ。姐さんは持ってます?」
「当たり前でしょ! ほら、アタシの警察手帳よ! 目ん玉かっぽじって見なさいよ!」
そう言うと、ちびっ子警官は懐から警察手帳を取りだした。
たしかに本物のように見えるが、ちびっ子警官の身長が低すぎるせいか、顔写真のところには髪の毛しか映っていなかった。
「L.A.P.D.……ロサンジェルス警察が俺たちに何の用だ?」
「さっきも言ったように、べつにオタクらに用があるってわけじゃないんすよ。ただ先日起きた爆破事件について、周辺の住民から聴取をしろって言われてまして……」
俺は反射的にギクッとした。
てっきりこの世界には警察なんてないのかと思っていたが、そういうわけではないらしい。
「あぁ……ショッピング・モールがえらいことになったらしいな。あそこで働いてる少年たちが惨殺されたとか」
「いや、それはどうでもいいんすけどね……あっしらがここに来てるのは、その爆発のせいで、地下の天井に穴が開いちまったからなんすよ。なにせこっちの天井は地上からすりゃ足場ですから、その穴をふさがにゃならんという話になりまして」
「大量殺人が起きたのに、地面に穴が開いたことのほうが気になるのか?」
「だって死んだ人間は今年の十二月になれば蘇るもの。それより大事なのは金よ、金! 犯人をとっつかまえて、多額の賠償金を請求してやらなきゃ気が済まないわ!」
どうも現代人の倫理観はおかしなことになっているようだ。
いくら死んでも蘇るとはいえ、殺人は殺人だと思うのだが……世も末である。
「ふぅん、そうか。……まぁがんばれよ、訊きたいことはそれだけか?」
「一応アリバイもあるようですし、そんなとこっすかねー」
「ご協力に感謝するわ! 最低でも五人には聞いて来いって言われたから、あと四人がんばらなきゃね!」
「いやー、にしても助かりましたよ。地下の住人ってやっぱし変なやつばっかで会話になんねーっすもん。あ、もしご家族とかいたらついでに聴取させてくれません? 形だけでいいんで」
「かさまししようとするなよ。四人くらいなら見つかるだろ」
「そっすね。失礼しやした」
婦警が軽く会釈したので、俺も会釈して扉を閉めた。
まだ心臓がバクバクしていたが、ひとまず乗りきれたようだ。
「もう出てきてもいいぞ」
俺が声をかけると、二人が顔をだした。
風呂場に隠れてろと言ったのに、二人ともなぜかソファの背もたれの後ろにいて、シーナに至ってはライフル銃を構えている。
「アナタ、大丈夫だった?」
「あぁ。ロサンジェルス警察の連中で、ショッピング・モールの爆破事件を調べてるらしいが、俺が犯人だとは気づいてないようだ」
「地上の警察が地下の出来事に干渉するなんて、滅多にないんだけど……。やっぱりお金がかかると向こうも必死なんだね」
「あぁ……それはそれとして、シーナに銃なんか持たすなよ。まだ照準が俺のほうに向いてるぞ」
「ワタシもそう言ったんだけど、この子が聞かなくって」
「ハルトに何かあったら、わたしの機関銃が火を吹くぜ」
「よけい事態が悪化するだけだろ。ほら、そんな物騒なのは置いてメシを食べるぞ」
俺はシーナからライフルを取りあげると、手の届かない戸棚の上にしまいこんだ。
そして俺たちは他愛もない話をしながら昼食をたべた。
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カタカタカタ、と小刻みに食器が揺れている。
一瞬地震かなとも思ったが、窓から入ってくる風が原因のようだった。
(風……? ここは地下なのに?)
疑問に思いながら窓のほうに目をやると、小型のオスプレイみたいな飛行機が空を飛んでいた。
そしてその機首の下についた銃口は、完全にこちらを向いている。
「貴様らは完全に包囲されている! 大人しく両手を挙げてでてこい、さもなければ蜂の巣になるぞ!」
オスプレイみたいな飛行機から、ノイズ混じりの声が聞こえた。
しゃべっているのは女のようだったが、あまりにも声がデカすぎるせいで音割れが起きている。
「え、なになに?」
シーナがキョトンとした顔をして、窓の外をのぞこうとしている。
俺があわててシーナを抱きかかえて床に倒れると、すぐそばを掠めた弾丸が花瓶を砕いて水しぶきが飛び散った。
「イオン、今度こそシーナを連れて風呂場に立てこもってくれ!」
「でも、アナタは!?」
「ここは俺が何とかするから、言うとおりにしろ!」
イオンは窓の射線を避けながら、シーナの手を取って風呂場に走っていく。
俺は戸棚の上に置いたライフルを取りながら考える。
(なぜ俺が犯人だとバレたんだ? いや、もしくはイオンがアンドロイドであることがバレた可能性もあるのか。どっちにしても重罪だろう。こうなったらもう、逃げるしか……)
何かの気配を感じたのでライフルを構えてふりむくと、部屋の中に桃色の髪をした女がいた。
いつのまにか部屋に侵入していた女は、黒色のラバー・スーツを着ていて、腰には刀の鞘のようなものをひっさげている。
「アンドロイドはどこにいる?」
女がそうつぶやいた瞬間に、俺はライフルのトリガーに指をかけた。
だが、銃が発砲されるよりも早く、女が刀を鞘から抜いた。
次の瞬間、俺の右手はライフルを掴んだまま、べちゃっと床に落ちていた。
「うわぁぁぁっ!?」
右肩から勢いよく血が噴出して、俺は思わず叫び声をあげた。
女が手に構えているのはビーム・サーベルのような刀で、俺の肩の切断面は綺麗に輪切りにされていた。
「ふん。久々の凶悪犯罪者の登場だというからご尊顔を見に来たものの……まったくだらしのない顔つきじゃないか。もっと私を昂らせてくれるような相手はいないものか」
女はつまらなさそうな顔をして辺りを見渡している。
すると俺の叫び声を聞いて、イオンが風呂場から飛びだしてきた。
「アナタっ!」
イオンは俺の姿を見るなり、激昂して女に包丁を突き刺そうとした。
しかしその前に女のレーザー・ブレードがブォンと宙を切り裂き、イオンの胴体は真っ二つに切断されてしまった。
「イオン!」
イオンはまだ意識はあるようだが、上半身だけでは逃げることもできない。
イオンはせめて俺のそばに近づこうとして両手で床を這っていたが、桃色の髪の女に体をひょいと担がれてしまう。
「アンドロイドは確保した。室内にはアンドロイドを匿っていたと思しき男いるが、大した戦力ではないから後はお前たちでどうにかできるだろう。事情聴取のために、連行しろ」
そう言うと、桃色の髪の女は窓枠の上からさっきの飛行機の上に飛び乗った。
およそ人間技とは思えないが、あの女も体を機械化しているのだろうか。
「クソッ、血が止まらないな……」
俺は両膝をついて、バタッと床に倒れた。
玄関から突入してきた警官の中には、さっき聴取を取りに来たやる気のなさそうな婦警とちびっ子警官も混じっていた。
「うわぁ、あいかわらずえげつないっすね……」
「この人、もう死んじゃったんじゃない? 右腕もバッサリ斬られてるわよ」
ちびっ子警官はしゃがみながら、俺の後頭部をツンツンとつついてきた。
俺は彼女の腕をつかむと、最後の力をふりしぼって声をだした。
「きゃぁ!? なにすんのよ!?」
「風呂場に女の子がいるはずだ、あの少女だけは傷つけないでやってくれ」
辛うじてそれだけ伝えると、俺は警官から手を離して目をつむった。
薄れゆく意識のなかで、シーナの泣き叫ぶ声が耳に届いた。
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カチッと音がして、頭上の照明が点灯する。
俺は暗い部屋の中で、手足を縛られて拘束されていた。
「さあ、事情聴取を始めるぞ」
壁際に立っていた女警官がつぶやいた。
それは俺の右腕を切り落とした、桃色の髪の女だった。
Season1:完




