013:虎穴に入らずんば虎子を得ず
「勢いで乗っちまったけどよぉ……どうやってあいつらを倒すんだよ。そこまで言うからには、勝算があるんだよなァ?」
隣のカウンター席に座っているロジィは、半信半疑な様子だった。
ひとまず敵ではないことはわかってくれたようだが、ここからなんとかして仲間に引きこみたいところだ。
(こういうとき、女性は論理的な根拠よりも精神的な安心感を求めていることが多いです。まずは男らしく、肩を抱きよせてみてはいかがでしょうか)
(無茶を言ってくれるな。そもそもコイツは男の娘だぞ?)
(似たようなものでしょう。とにかくこういう場面では、自信のないことを悟られてはなりません。迅速に行動してください)
俺は心の中でため息をついてから、ロジィの肩に腕を回した。
ロジィは一瞬ビクッと体を震わせたが、抵抗する様子はない。
(第一関門はクリアですね。このままお持ち帰りまでいきたいところですが、焦りは禁物です。まずは向こうが落ち着くまで待って、余裕のある男を演じましょう。頭を撫でてやるのもいいかもしれません)
俺はアイリスの指示通りに、ロジィを抱きよせて頭を撫でた。
するとロジィは俺の胸に顔を埋めながら、しくしくと泣きはじめた。
「わ、わりぃ。自分でもこんなことになるとは思ってなかったんだ。兄貴とはずっと一緒に行動してきたから……」
ロジィは泣き腫らした顔で俺を見上げている。
(ここでひとつ、いかにも頼もしげに『お前のことは俺が守る』と声をかけてやればゴールは目前です)
「もう心配しなくていいんだぞ。兄貴に代わって俺がお前を守ってやる」
「バッ……いきなり何言ってんだよ♡」
ロジィはドキッとした様子で顔を赤らめた。
アイリスの助言を借りるまでもなく、好感度が上昇したことがわかる。
「俺たちが手を組めば、あいつらなんて一網打尽さ」
「でもよぉ……連中は尻穴イジリの経験だけじゃなく、戦闘経験も豊富なはずだぜ。そんじょそこらの人間が勝てる相手じゃねーよ……」
ロジィはまだ決心がつかないようだった。
兄貴を救いたいのはやまやまだが、それ以上にあの男の娘たちの恐さを知っているのだろう。
(まだ結論を渋っているようだぞ)
(しかたありませんね。こうなったら最後の手段です。次にロジィが喋ろうとしたらキスで口をふさいでやりましょう)
(キ、キス?!)
(童貞みたいな反応をしないでください。弱っている女には黙ってキスをしてやるのが一番の特効薬になるんです。私を信用してください)
(そう言われても、キスをした経験なんてないしな……)
(そういえば、貴方は本物の童貞でしたね。しかたありません。かくなるうえは私が手ほどきしてさしあげましょう)
(はぁ? そんなのどうやって――)
俺とアイリスが脳内で口論していると、怪訝そうな顔をしたロジィが口を開こうとした。
それを見た瞬間、まるで何者かに操られたかのように、俺はヘルメットのバイザーを上げてロジィの唇に接吻していた。
「――んっ!? ちょっ、ぐむっ♡」
意表を衝かれたロジィは、呼吸もできずに涙目になっている。
だが内心は、兄の不在によって空いていた心の穴を埋める何かを求めていたようで、わりと素直に受け入れるようになった。
「なあ、俺と一緒に来てくれるだろ?」
「んっ♡ しょうがねぇなァ……そのかわり、ぜってぇ生きて帰るって約束しろよ♡」
ロジィはすっかり俺に心を許した様子で、もじもじしていた。
そうしてようやく体が動かせるようになり、俺はヘルメットのバイザーをカシャンと閉めてから、アイリスに文句を言う。
(おい、いまのはどういうつもりだ?)
(ごく短時間、貴方の脳をハックして体の主導権を握らせてもらいました。おかげでうまくいったようですね)
(さすがはアイリス……とでも言うと思ったか。このあと俺はロジィとどう接すればいいんだよ?)
(それは貴方の問題でしょう。私の知ったことではありません)
俺がため息をつくと、グゥーと腹が鳴った。
そういえばしばらく何も食べてなかったなと思っていると、ロジィが俺をちらりと見て立ちあがった。
「せっかくだから、あたしがメシを作ってやろーか?」
「料理なんてできるのか?」
「バックヤードにまだ残ってる食材があったんだ。あたしは簡単なものしか作れねぇけど、それでもよければ……」
ロジィは顔を赤らめながら言った。
どうやらさっきの出来事のせいで、変に俺を意識してしまっているようだ。
せっかく勇気をだしてくれたのを無下にするわけにもいかず、俺はロジィにメシを作ってもらうことになった。
(このままだと、イオンを救出したときに修羅場になりそうだな)
(おめでたい人ですね。そういう心配は、貴方が生きて帰ってからにしてください)
(それもそうか……)
俺はしばらく待ってから、ロジィの手料理を平らげた。
そうして腹ごしらえを終えた俺たちは、ついにショッピング・モールへと向かうのだった。
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「それじゃあ、さっき伝えたとおりだ。こっちはこっちで何とかするから、イオンのことは頼んだぞ」
俺がポンと肩を叩くと、ロジィは力強くうなずいた。
「生まれ変わるには金がかかるんだ。くれぐれも死ぬんじゃねぇぞ」
俺がうなずきかえすと、ロジィはマスクとフードをかぶってショッピング・モールに入っていく。
俺は少し遅れてそのあとをついていきながら、ロジィの言葉を反芻する。
(そうだ、この世界の住人は死んでも蘇るんだよな……)
ショッピング・モールの入り口に立って上を見あげると、地下の天井ギリギリまで高くそびえ立つ天守閣の屋根が見えた。
俺は一階の奥にある置時計をチラリと見ると、おもむろにヘルメットをかぶって、衝撃に備えた。
(時間だな)
俺がヘルメットのバイザーをスライドさせた瞬間、ショッピング・モールの屋上がすさまじい轟音を立てて爆発した。
屋根の瓦や木材の破片がはじけ飛び、雨あられとなって落ちてくる。
逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえるなか、俺は何食わぬ顔でショッピング・モールの中に入った。
(仕掛けはうまく作動したようですね)
(排気管に細工をして、屋上の温泉施設を爆破させるとは……。お前のおかげで俺は大量殺人者になっちまった)
(とはいえ、彼らもどうせ生き返ります。気に病む必要はないでしょう)
アイリスは俺をねぎらうように言ったが、その言葉をどこまで信用していいのかは疑問だった。
だが、ここまで来たら引き返すことはできない。
(そういうことです。先に進みましょう)
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俺はまず、ショッピング・モールの一階に入った。
起爆したのは温泉のある最上階なので、下に行くほど直接的な被害は少ないようだった。
しかしパニックになった人々がごった返しているせいで、なかなか奥に進めそうにない。
(ロジィはもう中に侵入しているはずだ。俺はここで時間を稼げばいい。そうだろ、アイリス?)
(えぇ、そのとおりです。ショッピング・モールの設計図を参照したところ、彼らの寝床兼拠点は地下にあるようです。ここでなるべく騒ぎを起こして地下の警備を手薄にし、ロジィの侵入を手助けしましょう)
俺が人ごみに紛れて進んでいると、近くに白装束の少年が見えた。
何が起こったのかは理解していない様子だが、大声を張りあげながら手をふって、なんとか人の流れをせき止めようとしている。
「押さないでくださーい! 走らないで!」
俺はさりげなく彼に近づくと、善良な市民をよそおって声をかけた。
「キミと同じ格好をした男の子が、そっちで倒れていたよ。大丈夫かな?」
「えっ、本当ですか!?」
狼狽した少年は、俺に案内を求めた。
俺は人の流れから外れて、少年を洋服屋の中まで誘導する。
「たしかこの辺りに倒れていた気がするんだが」
「えっ、誰もいませんよ……?」
俺は背後から少年の口をふさぐと、果物ナイフで背中を滅多刺しにした。
いかんせんゴミ捨て場で拾ってきたものなので、切れ味が悪く、もはや鈍器のようなものだった。
「うぇ”っ……? なんで?」
少年はゴボゴボと血の泡を吹きながら、最後まで何が起こったのかわからない様子で事切れた。
俺は少年が肩からぶら下げていたアサルトライフルを手に取り、マガジンの残弾を確認した後、ハンドルを引いてボルトを下げ、薬室に弾を装填した。
(これでようやく一人か)
(屋上の爆発に巻きこまれた少年もいるでしょうが、詳細な数は不明です。敵は大目に見積もったとして、あと二十人程度でしょう)
俺は少年の死体を試着室に放りこんでから、外の様子をうかがった。
まだ俺が犯人だとバレてはいないようだが、爆発の原因が特定されたのか、混乱が少し収まっていた。
(このまま沈静化させるわけにはいかないな)
俺はショッピング・モールのエントランス周辺の人ごみに向けて、ライフルを発砲した。
じっさいに当てるつもりはなく、混乱を招ければよかった。銃声を聞いた群衆は、再びパニックになりはじめた。
(狙いとしては悪くないですが、これで彼らも侵入者がいることに気づくでしょうね)
(遅かれ早かれだ。情報が出回らないうちにもう一人か二人殺っておきたい)
俺は群衆の中から白装束の少年を探した。
目立つ格好をしているので、人ごみの中にいてもわかりやすい。
(今度はちゃんと狙わないとな……)
俺は息を吸ってライフルを構えた。
初期状態のアイアンサイトなのでだいぶ狙いにくいが、向こうはこちらに気づいていないので狙う時間はたっぷりある。
(たぶんこの辺りだろう)
(もう少し上を狙ってください)
アイリスの言うとおりに微調整すると、少年の頭をヒュンと弾丸が貫いた。
発砲音に気づいたもう一人の少年が、こちらに狙いを定めてくる。
(これで二人目か。次もその調子で頼むぞ)
俺はいったん壁を背後に呼吸を整えたあと、体を傾けて照準を覗いた。
(これくらいか?)
(後ろです!)
一瞬何のことかわからなかったが、ハッとしてふりかえると、反対側の入り口から洋服屋に入っていた少年が、こちらに銃口を向けている。
(クソッ、もっと早く言ってくれ!)
俺はあわてて洋服屋を飛びだすと、通路を走って隣の店に飛びこんだ。
背後にいた少年が大声で仲間を呼んでいるが、周囲がパニック状態で騒がしいので声が届いていないようだ。
(アイツを殺るしかないな)
(しばらくここに隠れると思いこんでいるでしょうから、すぐに戻ってみてはいかがでしょう)
俺はアイリスの言うとおり、来た道を逆走して洋服屋の中を覗いた。
少年は試着室のカーテンを開けて、仲間の死体を発見し、救援を呼んでいるところだった。
(悪く思うなよ)
俺は何発か撃ってその少年を射殺したが、そのあいだに対角線上にいた少年が俺に狙いをつけていたようだった。
飛んできた弾丸の内の一発が俺の肩に命中し、血が吹きだす。
(クソッたれ!)
俺は適当に銃を乱射しながら、肩を押さえて洋服屋に身を隠した。
痛みをかみ殺しつつ、切り裂いた洋服の生地を肩にまきつけて止血する。
(痛み止めを服用したらどうですか)
俺はアイリスに指摘され、痛み止めをポケットに入れていたことに気づいた。
この痛み止めは、俺がチンコを噛まれて怪我してたときに飲んだやつだ。
(……あと何人だ?)
(おそらくは十五人前後でしょうか。しかしここからは、本格的な戦闘になりますよ。向こうも我々の存在に気づいたようです)
(そろそろ辞世の句でも考えておいたほうがよさそうだな)
(それは私が考えておきます、貴方は目の前の戦いに集中してください)
俺はやれやれと肩をすくめて、歯を食いしばった。
ここから生きて帰るには、もうひと踏ん張りしなければならないようだ。




