012:ここから逆転する方法
「あったぞ。これでいいんだな?」
「これより接続を開始します」
初めにアイリスが要求したのは、俺が拡張現実を見るために着用したヘルメットとスマートフォンをケーブルで繋げることだった。
「これが何の役に立つんだ?」
「四の五の言わずにヘルメットを被ってください」
アイリスに言われるがままヘルメットを頭にかぶると、俺の視界にゲームのHUDのようなものが表示された。
画面にはミニマップと俺の体力が表示されている。
(これで私と貴方の脳のコネクションが確立しました。いちいち言葉を発せずとも、意思疎通を図ることができます)
(俺とお前は以心伝心ってわけか)
(この状態はあくまでも形式的なものです。貴方に心を許した覚えはありません)
AIにしてはずいぶん愛想のない奴だなと思ったが、俺は言葉を飲みこんだ。
(不愛想で悪かったですね。さあ、仕事に取りかかりますよ)
(俺は何をすればいい?)
(我々には軍資金が必要です。この家に貯金箱やへそくりがないか、徹底的に探してみてください)
本当にそんなものがあるのかと初めは懐疑的だったが、キッチンの上にある棚の奥に豚の形をした貯金箱を発見した。
それを砕いてみると、中から犬の顔が描かれた金貨が出てきた。
(これは地下で使われてる貨幣らしいな。この枚数で、どれ程の価値になるんだろうか?)
(日本円に換算すると、およそ三万円程度ですね)
(やはりこの世界にも日本はあるのか?)
(貴方の記憶を参照し、換算してさしあげたまでです。残念ながら、貴方の知る日本はこの世界にはないでしょう)
俺はハッとした。
俺が異世界から来たことを知っているのはシーナとイオンだけだったが、脳みそにリンクしたことにより、アイリスもその秘密を知ってしまったのだ。
(思わぬ形で秘密が漏れたな……。どことなく胡散臭い気がするが、このAIは信用できるんだろうか?)
(それは私への質問ですか、それともただの独り言ですか?)
(いちいち俺の心を読んで反応するなよ)
これではおちおち思案に耽ることもできそうにない。
一人になりたいときは、ヘルメットを脱ぐしかなさそうだ。
(そうすることをオススメします。私も二十四時間貴方といるのは御免こうむりたいですからね)
$ $ $
(本当に行くのか?)
(ヘルメットをしていれば気づかれることはないでしょう。それともこの期に及んで命が惜しくなりましたか?)
(……わかったよ、行けばいいんだろ)
俺がアイリスに促されてやってきたのは、あのショッピング・モールだった。
まさかあの男の娘たちも、見逃してやった相手がその日のうちに自分たちの拠点へやってくるとは思ってもいないだろう。
(そのままエスカレーターを使って三階に上がり、突き当りの角を右に曲がって奥の店に入りなさい)
(お前は言うだけだから楽だな。こっちは奴らに見つからないかビクビクしてるってのに)
(何か言いましたか?)
(……なんでもない)
俺はせわしなく周囲をうかがいながら、エスカレーターを上がった。
この前来たときは気づかなかったが、白いドレスを着た男の娘たちがちらほらと、ショッピング・モールの要所に点在しているのが見えた。
警備の数としてはそう多くないようだが、上のソープで働いている連中も含めれば二、三十人近くはいるだろう。
(その角を曲がって、いちばん奥の店です)
ヘルメットのバイザーで顔が隠れているとはいえ、背丈で気づかれる可能性もあるので、俺はとにかく彼らと鉢合わせないようにしながら、アイリスに指定された店に入った。
「よう、兄ちゃん。何の用だい? ムカつく上司をシバきたいなら、この四十四口径がオススメだぜ」
開口一番、店主は軽口交じりに商品をすすめてきた。
だが、ここが武器屋だと聞かされていなかった俺は、ビビってしまってすぐに反応することができなかった。
(おいおい。ショッピング・モールにこんな物騒な店があっていいのかよ)
(風俗店があるような場所ですから、何があってもおかしくはないでしょう)
(……俺の手持ちはさっきの三万しかないんだぞ)
(それだけあれば弾薬を買うには十分です)
(弾だけあってもしょうがないだろ)
(武器は現地調達すればいいでしょう。彼らが銃を持っていたのを忘れたのですか?)
(簡単に言ってくれるな……)
(とにかく7.62x39ミリ弾が欲しいと伝えなさい。貴方がずっと黙っているので店主が不審がっています)
俺は脳内で会話をするのに夢中で、店主に返事をするのを忘れていた。
向こうからすれば俺は黒いヘルメットをかぶった不審者なので、店主は強盗を警戒してか銃を構える寸前だった。
「あっ、すみません。つい銃に見惚れてしまって……。7.62x39ミリを買いにきたんですが、在庫はありますか?」
俺が精一杯の明るい声音でたずねると、警戒を解いた店主はレジの下から弾薬箱を取りだした。
俺は二万円相当のコインで買えるだけの弾薬とマガジンを購入し、店を去った。
$ $ $
(まさかこの場所に戻ることになるとはな)
その後、俺はアイリスに案内されて、あのゴミ捨て場にたどりついた。
この場所で俺は目を覚まし、シーナに拾われたのである。
(ここはあらゆる種類のゴミが集まる場所です。ひょっとしたら未使用のメタンガスもあるかもしれません。貴方はそれを探してください)
(メタンガス? そんなもん何に使うんだよ?)
(説明は後ほどします。おそらくメタンガスはスプレー缶のようなものに入っているでしょう。このゴミ捨て場は広いですが、気合を入れて探せば見つけることができるはずです)
(やけに確信があるようだが、そんなもんが本当にあるのか?)
俺は疑問を抱きながらも、スプレー缶を探すことにした。
とはいえヒントもないので、手当たり次第にゴミ袋を物色していくしかなさそうだ。
(これはだいぶ骨の折れる作業になりそうだな……)
俺が汗を流しながら作業していると、不意にアイリスが話しかけてきた。
(長くなりそうですし、このあいだに私とお話でもしませんか?)
(なんだ、急に? お前はお喋りを楽しむような性格じゃないだろ)
(無駄口を叩くのは嫌いですが、有益な情報交換は嫌いではありません。この時代のことについて調べているうちに、貴方も知らない重要な情報を見つけたので、ここで共有しておこうかと)
(この時代の男のチンポが勃たないって話なら、もう知ってるぞ)
(おちんちんの話をしたいのではありません。ですが、貴方にとっては同じくらいにショッキングな話かもしれません。心して聞いてください)
(もったいぶらずに早く言ってくれ。もっとも、よほどのことじゃない限り驚かないと思うが)
(この時代の人間は、脳にチップを埋めこんでいるという話を覚えていますか?)
(あぁ、だからシーナは電子的なウイルスに感染したんだろ)
(現代ではそのチップを利用して、人間の記憶をデータ化してネットワーク上に保存しているようです)
(……つまり人間の記憶がセーブデータみたいになってるってことか? それなら、死んでもその記憶をロードすれば復活できるんじゃないか?)
(いかにもゲーム的な発想ですが、そのとおりです。ただし、蘇生には莫大な費用が必要なため、何度も蘇生できるのは一部の大富豪に限られているようですね)
(地獄の沙汰も金次第ってわけか。貧乏人はどうなるんだ?)
(救済措置として、数百年ごとに無償で蘇生できるタイミングが設けられているようです。次回の救済時期は二二四〇年のクリスマスとなっています)
(いまは二二四〇年だったよな? あれ、ということは……)
今年のクリスマスになれば、死んだ人間も蘇るというわけだ。
一瞬、どうせ生き返るなら、イオンを助けに行かなくてもいいのではという考えが頭をよぎったが、イオンはアンドロイドなので、その救済対象には含まれていないのだろう。
(運動神経に反して頭の回転は悪くないようですね)
(よけいなお世話だ。というか、スプレー缶なんてどこにも見当たらないぞ。本当にあるのかよ?)
(ないと思って探すからないのです。私の言葉を信じなさい)
頭を冷やすために周囲を見渡すと、破棄された金庫の上にスプレー缶が置いてあるのが見えた。
まるで俺が取ることを予期して、誰かがそこに置いたみたいだ。
(灯台下暗しというやつですね)
(にしても、あんなわかりやすいところにあるなんて……)
俺は不審に思いながらも、スプレー缶を手に取った。
底に穴が開いているわけでもなく、中身も充填されているようである。
(……さっきの死んだ人間が復活するという話だが、なぜ唐突に教えてくれたんだ? ひょっとして、俺が罪悪感なく連中を殺せるようにしたかったのか)
(想像力が豊かなんですね。人の良心を疑うと、バチが当たりますよ?)
お前は人じゃないだろ。
とツッコんでやりたかったが、一言い返せしたら十にして返してきそうだったので俺は口を閉ざした。
そして俺は長いトンネルを歩いて、再び地下の街を目指した。
$ $ $
「ごめんくださーい」
俺は以前、イオンと酒を飲み交わしたバーの店の前に立っていた。
店内はまっくらで音楽もかかっておらず、ドアに掲げられた『closed』の看板が寒々しく揺れている。
(それで、この場所で何をしろって?)
(まだ空いていない酒瓶を利用すれば、火炎瓶が作れるかもしません。いくつか調達していきましょう)
俺は薄暗い店内の奥に進み、カウンターの棚に並んでいる酒瓶を手に取った。
するとその奥にあるバックヤードから、ひっくひっくと子どもがむせび泣くような声が聞こえてきた。
(この声は……ロジィか?)
俺は股間の古傷がズキっと痛むのを感じた。
かつて俺のムスコに食らいつき、全治二週間の怪我を負わせたのは他ならぬロジィなのである。
あまりいい思い出はなかったが、勇気をだしてバックヤードに顔をだしてみると、ロジィが下着姿のまま床に這いつくばりながら、おいおいと泣いていた。
「ウゥッ……うわぁーん……あたしはどうすりゃいいんだよ、兄貴ぃ」
「おい、こんなところで何してる?」
俺が背後から声をかけると、ロジィはビクッとしてふりかえった。
そして目をゴシゴシとこすってから、俺を見あげた。
「テメェーはたしか、アンドロイドを連れてた野郎だな……?」
「あのとき俺たちは借金取りを追い返して、お前らのことを見逃してやったんだぞ。恩を仇で返すような真似しやがって」
「兄貴が奴らに捕まっちまったんだから、しょうがねぇだろ! たぶん兄貴はいまも連中に拷問を受けてるんだ……」
ロジィは声を震わせながら言った。
以前と比べずいぶんと弱気になっているようだが、兄貴がさらわれたことがよほどショックなのだろう。
「落ち着けよ。敵の敵は味方って言うだろ? お前にその気があるなら、俺と一緒に奴らを倒しに行こうぜ」
俺はロジィに手をさしだした。
ロジィは唐突な申し出に困惑しているようだったが、やがて口の端についたヨダレをぬぐうと、俺の手をとって立ちあがった。




