011:突撃!男の娘デリヘル?
ピンポーン。
と、二二四〇年にしては古めかしいインタホーンの音が聞こえた。
台所にはアンドロイドであるイオンが仰向けに倒れていて、俺の足もとにいる少女は、火照った顔をしながら無我夢中で俺の指にしゃぶりついている。
(それもこれもウイルスが原因なのだとしたら、いま玄関の向こうにいる奴が無関係ってことはないんだろうが……)
とはいえ、まずは目の前の少女をどうにかしなければならない。
俺はシーナの髪をひっぱって俺の指から引き離すと、そのままお姫様抱っこをしてシーナの部屋まで運んだ。
(たしかこの前ショッピング・モールに行ったとき、イオンが買ったSM用のグッズがあったはずだ。あれを使えば……)
俺は買い物袋から玩具の手錠を取りだすと、ベッドの上のシーナに馬乗りになってカシャッと手錠をはめた。
「悪いが、ウイルスの件が片付くまでは放置プレイだ。それまで我慢出来たらご褒美をやるからな」
「はぁい♡ シーナ、いい子にしてるからご褒美ちょうだぁい♡」
俺は念のため、ボール状の猿ぐつわをシーナの口に噛ませておいた。
まるで小中学生を監禁しているような気分になるが、この拘束はシーナ自身を守るためにあるのだ。
(これでもし俺に何かあっても、シーナの体には危害は及ばないだろう。もっとも、ウイルスに侵された状態で取り残されることになるが……)
ピンポーン。と二度目のチャイム音が聞こえた。
俺は急いで玄関まで走ったのだが、肝心の鍵が閉まっていなかったようで、勝手にドアを開けて入ってきた侵入者たちと鉢合わせする恰好になった。
「「「あっ」」」
そこにいるのは、チャイナドレスを着た男の娘たちだった。
なぜ男の娘だと断定できたかというと、白いドレスの股間の辺りに黒く小さな影が見えたからである。
「オジさん、だぁれ?」
「アンドロイドじゃないよね?」
そのとき俺は、初めてこの世界で目覚めたときのことを思いだした。
あのゴミ捨て場でアンドロイドを探していたのは、この男の娘たちなのだろう。
俺があわててドアを閉めようとすると、彼らの内の一人が素早くドアの隙間に足をさしこんだ。
「お久しぶりですね、オジさん」
横からスッと現れたのは、俺がソープランドに行ったとき対応してくれた、受付のボーイだった。
「お前はあのときの……」
「その節はお世話になりました」
少年は俺にぺこりと会釈すると、後方にいた男の娘からアサルト・ライフルのようなものを受けとって構えた。
俺は冷や汗をうかべながら、時間稼ぎの意味も込めて質問する。
「お前らは何者だ?」
「ボクらはあのショッピング・モールの運営会社と契約している、<白虎隊>という傭兵部隊です」
「てっきりソープ嬢だと思っていたが?」
「そっちは副業みたいなものです。本業はショッピング・モールの警備と、競合他社への武力介入ですね。ウチより少しでも安い商品を出してる店があったら、襲撃して潰すのが仕事です」
「……そんな奴らが俺に何の用だ?」
「オジさんはアンドロイドを匿ってますよね? ボクらにアンドロイドを引き渡してください」
「断ると言ったら?」
ボーイが指で合図をすると、後方にいた男の娘たちがいっせいに銃を構えた。
俺は両手を挙げながら、脳みそをフル回転させて考える。
(クソッ、最低でも十人はいるか? シーナとイオンを抱えて逃げる余裕はないな。というかそもそも、どうしてイオンの存在がバレた?)
俺はさりげなく後ずさりながら、男の娘たちの顔をながめた。
そしてその中に、もう一人見知った顔がいることに気づいた。
「……やけに美少年だなとは思ったが、お前もこいつらの仲間だったのか」
「あのときは体よく追い返されちゃいましたけど、今回はそうはいきませんよ」
そう返事したのは、バーで二人組の金を取り立てに来た男の娘だった。
彼がここにいるということは、あの二人が捕まって、イオンがアンドロイドであることをチクったのかもしれない。
(やはりあのときトドメを刺しておくべきだったか……? いや、いまはそれよりもどうするかを考えないと……考えろ、考えろ)
俺はふりかえって、キッチンで倒れているイオンの姿を見た。
ここでイオンを引き渡せばシーナは助かるかもしれないが、彼らの要求を断れば、俺たちは全滅するだろう。
「よし、取引をしよう。アンドロイドをお前たちにさしだすかわり、ウイルスに感染した少女の治療をしろ。それと、俺たちに手を出さないという保証も」
リーダーらしき少年は俺の提案を聞いて、意外そうな顔をした。
「……いいんですか? てっきり、ここを通りたければオレを倒してからにしろ! なんて言われるのかと思ったんですが」
「お前らを倒したところでウイルスが治療できなきゃ意味がない。一人を犠牲に二人が助かるなら、そっちを選ぶべきだろう」
「なるほど。意外と現実主義者なんですね……そういう割り切りができる人は嫌いではありません。では、交渉成立ということでいいですね」
リーダー格の少年が合図すると、後方の男の娘たちが列をなしてぞろぞろと玄関にあがってきた。
「おじゃましまーす」
男の娘たちはまるで友だちの家に遊びに来たようなテンションで、部屋を好き勝手にながめている。
「中は意外とふつうなんだね、このアパート」
「オシッコしたくなってきちゃったよぅ」
「オジさん、オレンジジュースちょうだい」
「あ、ぼくウーロン茶で」
「なんかイカ臭いにおいがする……」
わいのわいのと男の娘たちが騒ぐ中、リーダー格の少年が台所に倒れているイオンを発見した。
すると死体を巣に運ぶアリのように男の娘たちがイオンに群がって、神輿のように担ぎあげた。
「わっしょい、わっしょい」
運搬役の男の娘たちは、そのまま廊下に出てイオンを連れ去ろうとする。
俺は彼らの前に立ちはだかって、リーダー格の少年に尋ねる。
「待て。少女の治療はどうした?」
「ワクチンをお渡ししておきます。ウイルスの進行具合にもよりますが、しばらくは副作用に苦しむことになるかもしれません。あとは本人次第ですね」
少年は懐から使い捨てのシリンジを取り出すと、俺のほうに投げてよこした。
それでシーナが治療できるという確証はないが、この交渉で有利な立場にいるのは彼らのほうである。
いまはその言葉を信じるしかないだろう。
「ついでにいくつか訊いておきたいことがある。なぜ俺たちをショッピング・モールで捕らえず、ウイルスを仕込んで後日回収に行くなんて面倒な方法をとったんだ?」
「それはアンドロイドを警戒していたからです。仮に彼女――イオンさんでしたっけ――が戦闘用のアンドロイドだった場合、下手に手を出したらボクらは全滅していたでしょう。要はアンドロイドさえ無力化できればよかったんです」
「ウイルスはどうやって仕込んだ?」
「ショッピング・モールに入ってからのオジさんたちの動向は、監視カメラで筒抜けになっていました。なので商品を購入する際にレジ係に指示をしただけです」
「お前らにウイルスが感染する心配はないのか?」
「事前にワクチンを打っているのでご心配なく。というか、それを言うならオジさんのほうこそ、なんで感染してないんですか?」
少年は怪訝な顔で俺を見た。
そのあいだも、イオンを肩に担いでいる男の娘たちが「重ッ」とつぶやきながら、額に汗をうかべている。
「俺の脳みそにはチップが埋めこまれてないんだ」
「あー……ひょっとして、脳にチップなんか入れたら俺の思考が盗聴される! とかって主張する陰謀論者の方ですか?」
「いいや、俺はただアナログが好きなだけさ」
「それを聞いて安心しました、オジさんのことを嫌いにはなりたくないですからね。さて、そろそろ時間なので……もしお尻の穴に興味が湧いたら、いつでも遊びに来てくださいね」
美少年は俺にウインクすると、部下を引き連れて外に出ていった。
ワクチンを手に入れたいま、力づくでイオンを救出するという選択肢もあるのだが彼らに勝てるビジョンが見えなかった。
(チクショウ。俺に力さえあれば……)
俺は誰もいなくなったアパートの廊下に立ちつくしていた。
しかしどれだけ言い訳したところで、俺がシーナと自分の身を守るために、イオンを彼らにさしだしたという事実は変わらないのだ。
(こうなったらせめて、シーナだけでも助けないと……)
我に返った俺は、急いでシーナの部屋に入った。
シーナは口にくわえたギャグボールのすきまからヨダレを垂らしながら、苦しそうに呼吸している。
「いまクスリを打ってやるからな、もう少しの辛抱だ」
俺は自分がワクチンを打たれたときの見よう見まねで、シーナの肩に注射針を挿入した。
どのくらいで効果があらわれるのかは不明だが、次目覚めたときに本来のシーナに戻ってくれることを祈るしかない。
(だが、俺はどんな顔してシーナを出迎えればいいんだ? 知らなかったとはいえ、誘惑されるがまま行為に及んだ挙句、イオンがさらわれるのを指をくわえてながめていることしかできなかったなんて……)
俺は自分自身に失望し、無性にオナニーがしたくなった。
こんなときに何を考えているんだと言われるかもしれないが、無性にムシャクシャしたときオナニーをしたくなる気持ちは、男性諸君にはわかってもらえるだろう。
(そういや、スマホはポケットに入れたままだったな。どうせ誰も見てないんだし、リビングでシコっちまおう)
俺はすべてがどうでもいい気分だったし、また新しいオカズを探すのも面倒だったので、スマホを取りだして例の画像を開いた。
そこには艶めかしい笑みをうかべたシーナが映っている。
(上からも下からも涙が……って俺はつくづくキモい人間だな。二度と生まれ変わることがないように、次回はちゃんと殺してもらおう)
俺はスマホを片手にズボンのチャックを下ろそうとしたのだが、そのとき俺の親指がスマホのホームボタンに触れたのか、ピロンという音がした。
「お困りでしたら、ご用件をどうぞ」
それはスマホに搭載されている、AIだった。
俺は舌打ちをしてそのAIを消そうとしたが、その前にふと、ダメもとで話しかけてみたくなった。
「イオンとシーナを助ける方法はないだろうか?」
AIに縋るなんて俺もヤキが回ったなと考えていると、
「まずはその薄汚いモノをしまったらどうですか」
という、ひどく無機質な女の声が返ってきた。
そのまま俺がフリーズしていると、女は痺れを切らしたように言った。
「聞こえませんでしたか? 私の前でその汚らわしいイチモツをぶらぶらさせるなと言っているのです」
俺は無言でズボンのチャックをあげた。
「やれやれ……。親しい女性がさらわれたというのに、現実逃避で自慰に耽るとは。呆れてものも言えません」
「お前は誰なんだ?」
「私はこのスマートフォンに搭載されている、汎用人工知能I.R.I.S.と申します。私に用件があるときはオーケー、アイリス! と呼んだあとで指示を与えてください」
俺は暗い部屋で、ヒビの入ったスマホの画面を見下ろした。
コイツが信用できるかはわからないが、俺にとっては最後の希望だ。
「オーケー、アイリス。ここから逆転する方法を教えてくれ。あいつらからイオンを取りもどす方法を」
「回答が一件見つかりました。ナビゲーションを開始します」




