開演
演劇と言うものは1人欠けたら成立しない。主人公も、脇役も、音響も、照明も。この物語において、表向きな主人公はいるが全員が主役という気持ちで見て言って欲しい。
どれ程昔の事だっただろうか。1度だけ親に連れられて演劇を鑑賞したことがある。
煌びやかな舞台、とてもリアリティのある小道具、流れる音楽
そして、語彙力すらも無くさせるような迫力。
まるで目を離せない。私も、他の観客も。舞台に立っている演者は気持ちいい程声が響いていた。
幼い私には十分と言えるほど記憶に染み付いた。憧れを感じていた。
しかしそれは昔の事であり、今は憧れを持てないほど私は落ちぶれてしまっただろう。夢もなければ才能もない。かといって努力ができるわけでもない。そんな人間が何を成し遂げられるのか。
「部活なんか興味無いのに」
吐き捨てるように呟いた。
周りが騒々しい。何の部活に入るのかなんてたわいの無い話をしている。どうやら私の中学校では新入生を部活に招き入れる為に部活動紹介とやらをやるらしい。まあ、私には関係ない事だが。
他の部活がスライド等で淡々と発表していく。
ああ、退屈だ。何かをかけて熱く競うことも、仲間と共に何かを成し遂げることも、私にとっては全て無駄でしかない。
元々私は人前に出たり目立ったりするのが苦手だった。と、いうより委員会を決めるためにスピーチしたり、学習発表などでプレゼーションをしたりなど、「誰かに期待されている」という状況がとても苦しく感じた。だから私は人前で演技なんかできないと決めつけていたのだ。演劇を諦めたのだ。それなのに
―――次は演劇部の発表です―――
校内アナウンスが響く。
入学式を終え、桜が散り始めた頃の事だった。部活動紹介で演劇部が発表の番になった瞬間の事。内容は決して真面目とは言えない、部活動紹介用のお笑いのような劇だった。多分、普通の人なら前で演じる事を躊躇っているだろう。
なのになぜか舞台に出ている人達はなんの躊躇もなく、とても真剣に演じていた。どうしてあそこまで熱くやれるのか、どうしてなんの躊躇もなく演じられるのか。内容が真面目じゃないからこそ、演者の真面目さを引き立てる。舞台の先輩方はとても笑顔だった。故にとても輝いて見えた。
多分、魅せられたという表現が正しいだろう。
「これだから劇は嫌いだ」
また美しいと思ってしまうから、また憧れを思い出してしまうから。奇しくもそれを目で追ってしまう自分がいた。
それくらい先輩方の演じる劇に、悔しいほどに惹かれていた。
多分、私だけではない。
思わず笑い出してしまう人、うっとりと見とれている人、キラキラと目を輝かさせている人。まるでその場の空気だけ変わったようだ。
多分...いや、絶対といってもいいほど体育館は笑顔に包まれていた。
あっという間に劇は終わってしまった。盛大な拍手が響く。皆、呆気を取られたような、憧れを感じているような、そんな表情であった。
もちろん、私もその中の一人だ。終わるのが惜しいと思ってしまう。美しいとさえ思えた。正直、眩しすぎる。あまりの輝きに感嘆を漏らしてしまいそうだった。
だからこそなのだろうか。私は劇に惹かれきっていた。憧れ?そうかもしれない。でも、それ以上に執着心がそこにはあった。初めて希望を見出したと確信できるくらい私は強い決心をしていた。
絶対に私はこの場所に立って人々を魅力する演技をするのだと
ここから私の物語は幕を開けた。