57話 シナリオを壊したその先へ【sideエキセルソ】
ミルフィとの対話から二日後。カルア侯爵家の応接室にて、僕とラテーナは隣り合って椅子に腰を掛けていた。
いつも通り麗しいラテーナだったが、ある手紙を読み終えると悲し気に目を伏せる。
「やっぱりミルフィは、帝国へ行くことになったそうですよ」
「そうかい……でも、本人が決めたことであれば仕方ないね」
「はい……」
頷いているものの、ラテーナの纏う雰囲気はどこか寂し気だ。
それというのも、出来たばかりの友人が別の国へ行ってしまうのだから当然と言えば当然だろう。アイツも帝国に行く気はないみたいなことを言っていたのに……嘘つきめ。
「あ、あとセル様」
「なんだいラテーナ」
「彼女が、あの日はチャーリー・クレイ様のせいで申し訳なかったと」
「ああ、そんなことまで……」
わざわざミルフィの方が謝ってくるなんて、つくづく損な気質をしてる子だな。そういう所に好感を持ったわけだから、あまり悪くは言えないけども。
しかし、まだアレのことを偽名の方で呼んでるんだ……いや、帝国に行くことが決まったのなら、分かった上で敢えてかな。
僕がやや考え込んでいると、ラテーナがじっと僕の顔を見つめてきた。
「どうかしたかい」
「……ずっと気になっていたのですが、セル様はあの日ミルフィと何を話したのですか?」
「まぁ色々だよ」
「その色々を聞きたいのですが」
そんな風にやや不機嫌そうな表情を浮かべるラテーナだが、やはりその表情すらも可愛らしい。まさに存在の全てが奇跡と言えよう。
「もちろんラテーナのことを誉めていたのさ」
「ふぇえ!?」
「それはそれはラテーナは素晴らしいってね、この世界が美しいのもラテーナのお陰だって」
「う……嘘を付かないで下さいませ、そんなことはセル様以外仰いませんよ!?」
「でも君を誉めたのは本当さ」
ミルフィ曰く『元々あったどのシナリオよりも、平和的で幸せな形に収まった』と、いうことらしい、この世界が出来上がったのは、間違いなくラテーナのお陰だ。
ゆえにラテーナの存在が素晴らしいのは間違いないだろう。
「……もういいです、それよりも今日は何処かへ連れて行って下さるんですよね」
「そうだよ、ラテーナの準備さえ出来たらすぐにでも行こう」
「一体何処へ連れて行って下さるのですか?」
「それは着いてからのお楽しみだよ」
僕がそう言って手を差し出すと、ラテーナは少しだけ不服気に「セル様って本当に秘密が多いですよね」と口を尖らせる。
「嫌かい?」
「知っているでしょう……そういう部分を不満に思いながらも、そこも含めて愛してると」
その回答に僕は微笑みながら「ありがとう」と答えたのだった。
✾
馬車に乗って数十分。その後に歩いてほんの数分ほどの場所。
「わぁー、凄く良い眺めですねー」
「そうだろう?」
吹き抜ける心地よい風と、嬉しそうなラテーナの姿に僕は目を細める。
そこは最近、わずらわしいクーデター騒ぎの事後処理で飛び回っていた所、たまたま新しく見つけた場所。王都にある、一番高い時計塔の中にある展望台だ。
本来なら立ち入りの禁止されているそこにも、なんと爆発物が設置されていたらしい。まぁこの場所については、結局爆発させられることはなかったのだが。一応現場の確認のためにわざわざ僕が呼ばれ、この場所を知ることになったという経緯がある。
事後処理の仕事なんて、面倒なだけで良いことが一つもないと思っていたが、これについてだけは唯一よかったと思える。
「見てください、あそこがさっき通ってきた道ですよ」
美しい眺めと、何よりも楽しそうにはしゃぐラテーナの姿に、僕の胸は一気に満たされるのを感じた。以前の僕にとっての一番好きな場所は、先日ミルフィとも話をしたあの丘だったが、今日からは間違いなくこちらが一番だと言えるだろう。
「ねぇ、ラテーナ。そういえば学園の入学式の日に、馬車の中でした会話は覚えているかい?」
「えーっと、少しだけ待ってください」
そうやって、一生懸命思い出そうとするラテーナの姿もまた可愛らしかったが、彼女が思い出すよりも先に、僕はそっと彼女に耳打ちをした。
「全てが終わったその時には君からキスをしてくれるって約束だよ」
「っっ!!」
その瞬間、ラテーナは顔を真っ赤にしながら僕から距離を取った。
「あ、え、それは……あの」
「もう全部終わったと言っても差し支えない気がするんだけど、ラテーナはどう思う?」
僕がそう問いかけると、ラテーナはますます顔を赤くしながら困ったように俯いてしまった。
「わ……私も、そうは思いますが……」
「それじゃあ、約束を果たしてくれる?」
「ま、ま、ま、待ってください!! こ、心の準備が!?」
うーん、ここまで取り乱した様子のラテーナは初めてだ。少し申し訳ない気もするけど、同時にそれが楽しくて仕方ない。
「ならしてくれないの?」
「します、します、しますが……!!」
大きく呼吸の乱れたラテーナは、そこで何度も何度も深呼吸を繰り返した。どうやら、それで気持ちを鎮めているらしい。
「ふぅー…………覚悟が出来ました、セル様は目を閉じて下さいますか」
「こうかな?」
僕はラテーナの言葉に従い、即座に目を閉じる。すると閉ざされた視界の中でラテーナの声だけが聞こえてきた。
「い、いきますよ?」
「うん」
目を閉じていてもなお、緊張したラテーナがすぐそこにいて、段々と近づいてくる気配が感じられた。
そして——
「っ」
ついに僕の唇に何か柔らかいものが軽く当たるのを感じたのだった。
「ど、ど、どうです!! 頑張りましたよ!?」
そうして目を開くと、拳を握り締めたラテーナが真っ赤な顔のままこちらに、謎のアピールをしている。
「そうだね、頑張ったラテーナには改めてご褒美をあげないとね」
「え?」
そう言って僕は、改めてラテーナに僕から口づけをした。
「ふぁふぁ!?」
想定外の自体だったのか、ラテーナは口をぱくぱくしたまま視界がふらふらとさまよっている。しかしある程度経って「はっ」としたラテーナは、やや涙ぐみながら僕のことを可愛らしく睨みつけてきた。
「ひ、酷いですよ、セル様!! 私が頑張った直後にそんなことをするなんて」
「ごめんごめん、ラテーナが可愛らしくてつい」
「つい、じゃないですよ~」
そう言いながらラテーナはポコポコと軽く僕のことを叩く。今までにない極度の緊張のせいか、これは初めてのパターンだな……うん、このポコポコすらも愛おしい。
「ならラテーナももう一回するかい?」
「もうしませんよ!?」
「それは残念……」
「もーもー、セル様のもー!!」
「ラテーナ」
「なんですか~」
「この世界はさ、きっと君の言っていた元のシナリオから、随分離れてしまったよね」
なおもポコポコしつづけるラテーナを微笑ましく思いつつも、気づけば僕の口からはこんな言葉が口から零れていた。
「……そうですね」
さすがに手を止めたラテーナが、真面目な顔でそう頷く。
「ミルフィは、この今の世界が一番幸せなんじゃないかと言ってた」
「それは……私も分かります」
「そうなんだね。でも僕にはそんなことの判断はつかないんだ、本当のところは知らないから」
「ええ……」
恐らくこの先にはもう、彼女らの言うシナリオなんてものはないのだろう。
初めて耳にしたときにはとても新鮮で、驚きに満ちていたゲームのシナリオの話。この世界と似ていて、なのに全然違うそれは興味深いことにズレながらも、確かに所々が符合してあっていて、道しるべのように思える時もあった。
それが不都合に感じられる時もあれば、とても便利に思える時もあった奇妙な存在。
正直、自分にはそれがなんなのか、最後まで判断は付かなかったが、今思えばそんなに悪いものでもなかったような気さえする。
「ラテーナはシナリオが分からない、この先のことをどう思う?」
「そうですね……元々そんなに分かることが多かったわけではありませんが、少し不安かもしれません」
「そうなんだ。でも大丈夫だよ、きっと何も変わらないさ」
自分でそう言ってみたものの直後に「いや、違うな」と呟いて、自分の言葉に首を振った。
「今は以前よりも、信頼できる仲間や友人が出来たのだから、前よりももっといい未来を作れるんじゃないかな?」
この言葉は僕の本心から出たものだが、自分でも自分の心境の変化に正直少し驚いた。
学園の入学前の最初の僕は、元々自分一人で、ラテーナだけを守れればいいと思っていたし、守れると思っていた。それがどれだけ独善的で、思い上がった考えかも分からないままで、強い自信を持っていた。我ながら笑える話だな。
自分一人だとあんなにも色んなものを取りこぼすし、無力なものだとカネフォーラとの対峙でよく分かった。いや、なんならミルフィが僕の部屋に来てくれたあの時には、もう分かっていたのかもしれない。僕一人では、こんなにも出来ることが限られていると……。
「これから先に何か待ち受けていようとも、ラテーナや兄上やミルフィみたいな信頼できる誰かが側にいて、支えあえるのなら、きっと何があっても乗り越えていけると思うんだ」
この考えもまた、多少楽観的な部分があるかもしれない。それでも、一人でなんでも出来てしまうと思い込んでいるよりは、ずっとマシな気がしていて、失敗も困難も補って助け合うことで、よりよい結果に変えられると信じたいんだ。
「分かり切ってることを改めて言うけど、今の僕は凄く幸せだ。そしてこの幸せは紛れもなく、他の皆と一緒に手に入れたもので、そこに関わった誰か一人でも欠けたら得られないものだった」
「……そうですね、全ては良い方々に恵まれたお陰ですね」
ラテーナもまた、今にも泣きそうな嬉しそうな顔で深々と頷く。
「そんな素晴らしい人々の中でも、ラテーナ、君にはずっと僕の一番側にいて一緒に歩いて欲しいと思っている……受け入れてくれるかい」
「そのようなこと聞かなくても、答えは決まっているではありませんか」
「それでもちゃんと聞きたいんだ」
「仕方ありませんね…………もちろんです、セル様」
そう言って抱きついてきたラテーナを、僕はしっかりと受け止めて抱きしめる。すると丁度、正午を知らせる鐘の音が、街中に響き渡った。それはまるで新しい門出を祝福するかのような、美しく力強い音色であった。
ここからまた更に進もう、シナリオを壊したその先へ。
きっとこの後も沢山の、一人では辿り着けなかったはずの素晴らしい景色が待っているはずだから、ね?
次の話でミルフィ側のお話を補足して終わりになります。最後までお楽しみいただけると幸いです。




