54話 新しい友人との幸せな時間【sideラテーナ】
今日は私にとって待ちに待った日だ。だって——
「この度はお招きありがとうございます、ラテーナ・カルア侯爵令嬢」
あのミルフィさんとの親密を深めるためのお茶会の約束の日なんですもの! ミルフィさんは見事な淑女の礼を取りながら、そのストロベリーブロンドの髪を微かに揺らし優雅に微笑んだ。
この国ではコーヒー文化が根強く、親しい相手とコーヒーを飲んで親交を深める文化がある。だから今日は、そのためにミルフィさんを我が屋敷にお呼びしたのだ。
「そんなにかしこまらないで下さいミルフィさん。貴女は私の大恩人ですから、もっと砕けた態度でも構いません。幸いここには私たちだけですし」
「そ、そうですか? ……ではお言葉に甘えて」
すると今度のミルフィさんは、打って変わって親しみやすい人懐っこい笑顔を浮かべながらこう言った。
「今日は招待してくれて凄く嬉しいわ。ありがとうラテーナさん」
「こちらこそ、来てくださったこと感謝いたしますわミルフィさん」
ええ、先程のミルフィさんも悪くありませんでしたが、こちらの方のミルフィさんの方がやっぱり私は好きです。だって元気いっぱいで可愛らしいんですもの。
「私、ミルフィさんととってもお話がしたかったんですよ?」
「ええ、実は私もよ」
笑顔でそう言ってくれるミルフィさんに、私はつい嬉しくなる。でも今日は聞くと決めていることがあるので気を引き締めなければなりませんね……。
そう決意した私は、少しドキドキしながら彼女にこう問いかけた。
「あの、ミルフィさんは『まほこひ』って分かりますか?」
「『ドキドキ☆魔法の珈琲王国!!』の略でしょ」
「ああ、やはり……ミルフィさんにも前世のの記憶があるのですね」
「ええ、だからこそ今日初めてゲームに登場したお茶会を、実際に体験できるのが楽しみだったのだけれど」
「っっそれはよかった、私も実は楽しみで楽しみで……」
私が感極まって早口にそう語ると、なぜかミルフィさんは少し気まずそうな様子だ。あ、あれ?
「あの、ラテーナさん」
「は、はい……なんでしょうか」
「もしかしてエキセルソから何も聞いてないの?」
「え?」
ミルフィさんからそう問われたものの、心当たりの無い私はただ首を傾げる。
すると彼女は「アイツねぇ」とぽつりと呟いてから、こう口にした。
「実は私はね、カネフォーラと戦った日の時点で、エキセルソからラテーナさんには前世の記憶があるって話を聞いてるのよね……」
「え、ええ!? そうなんですか」
「やっぱり聞いてなかったのね?」
「はい、全然聞いておりません。セル様とはあの後も何度かお会いしてると言うのに」
「それは酷いわね」
「はい、そんな大事なこと、セル様だけ知っていたなんてずるいです」
私が全力でそう頷くと、ミルフィさんは苦笑いしながら「まぁまぁ」と私を宥めた。
ミルフィさんにそう言われると流石に、引き下がらない訳にはいかないが。どうにも気持ちが収まらない私は、せめてもの抵抗としてポツリとこう呟いた。
「私だってミルフィさんと仲良くなりたいのに……」
そんな私の言葉にパチパチと目を瞬かせたミルフィさんは、すぐににっこりと眩しい笑顔をこちらへと向ける。
「じゃあ、これから仲良くなりましょうよ」
「本当ですか!?」
「ええ、本当よ」
「嬉しい。これまではセル様が過保護すぎて、同性のお友達が居なかったので」
「は……アイツは一体何をやってるの?」
ミルフィさんが真顔でそう問いかけてきたので、私はそれについて答えようと思ったのですが「いや、聞くと面倒になりそうだからやっぱりやめましょう」と言われたので、口を閉じました。
ええ、確かにミルフィさんの予感通り、その辺りの話は説明し出すと長いですからね……。さすがの危機管理能力です。
「あと話題に出たついでだから聞くけど、エキセルソの性格がだいぶ違うのは貴方の影響なのかしら?」
「はい、そうです。とは言っても前世の記憶が戻らないうちに取った行動でそうなったので、意図的なものではありませんが」
「あら、そうなのね。私はだいぶ早い段階で前世の記憶があったから同じかと思ったわ。ラテーナさんの記憶が戻ったのはいつ頃なの?」
ミルフィさんからそう問いかけられて私はおずおずと答える。
「実は学園に入学する少し前だったんですよ……だから結構慌てちゃって」
「あー、その時期に急に思い出したんじゃ確かに慌てるわね。そもそものラテーナさんの立ち位置って……」
「はい、完全なる悪役……いわば悪役令嬢ですからね」
「話の感じから察するにラテーナさんは、本来のキャラの行動を全然取ってなかったみたいだけれど、それでも不安になるものなの?」
「それは当然不安になりますよ!! よろしければ聞いてくれますか?」
「ええ、もちろん聞くわ」
そんな感じで、ミルフィさんとの会話はとても楽しかった。初めての友人と過ごすお茶会だということもそうだけど、彼女はより特別な存在でした。
確かにセル様も、私の前世の話を信じてはくれたけども、ミルフィさんのように完全に理解して共感して貰うのは難しいものでした……。だから彼女が、私の話を完璧に理解して共感してくれることは、他では得難いほどとても特別で幸せだったのです。
一通り話したいことを喋った後、私はミルフィさんにこう言いました。
「ああ、ミルフィさんに出会えて本当によかったです。出来ることならもっと早くに出会えればよかったのに」
「ありがとう、そこまで言ってくれて嬉しいわ。でも別に今からでも沢山時間を作って、仲良くしていけばいいじゃない」
ミルフィさんは相変わらず可愛らしい笑顔でニコニコしておりますが……。
私自身はあることが引っかかってしまい、どうしても不安が残りました。
「でも……これから遠くに行かれる予定ならば、沢山時間を作るのは難しいのではありませんか?」
「え、別に私は遠くに行く予定なんてないけども」
「え?」
「え?」
お互いにお互いの反応が意外だったらしい私たちは、二人で不思議そうに見つめあいました。
「しかし私はつい先日セル様から、ミルフィさんが帝国に行くことになったと聞いたのですが」
「帝国って……エルブイア帝国のこと?」
「ええ、そうです」
「…………初耳なんだけども」
「え、ええ!?」
私は驚いてつい声を上げてしまいましたが、そんなことも気に留めることもできないほど動揺しているらしいミルフィさんの顔色は真っ青です。
「第二王子が言ってるってだけで、なまじ信憑性があるのが嫌なんだけど……どうして」
「しかも近々学園を退学なさる予定ともお聞きしましたが……」
「噓でしょ!?」
「ご、ごめんなさい、私にはわかりません」
私が反射的に謝ると根が優しいミルフィさんは「いや、ラテーナさんは別に悪くないから謝らなくていいわ」と言ってくださいました。
「しかし、ご本人も知らない間にどうしてそのようなことに……」
「私も知りたいわ…………いや、心当たりが一人いるわね」
「え、一体どなたですか?」
「カネフォーラと対峙していた時に、妙に存在感がある銀髪のイケメンが居たのは覚えている?」
「……初めて見るお方でしたが、ミルフィさんに寄り添っていた気がしますね」
「そいつよ!! やるんだったらそいつ以外いないわ、丁度エルブイア帝国出身だし」
そう言いつつミルフィさんはグッと手を握りこむ。
「で、では如何なされるのでしょうか? もしご協力が必要であれば、私もお力になりますが……」
「いいえ、私が直接本人と話をするから大丈夫よ。ラテーナさんは心配しないで」
「……そうですか」
ミルフィさん自身がそういうのであれば、多少心配でも私は引き下がるべきでしょうね。
「しかし妙に絡んでくるカネフォーラといい、ジミーといい私って変な奴らにばっかり好かれるわね……」
「そこはほら、ミルフィさんは乙女ゲームの主人公ですから」
「それでもカネフォーラに気に入られるのは変じゃない。アイツなんて攻略対象でもないのに」
「いえ、それがそうでもなくて、カネフォーラ様は元々攻略対象になる予定だったキャラで、開発を進めていくうちに攻略対象から外れたキャラなんですよね」
「……は?」
「だから、ミルフィさんに好感を持ちやすいのはその名残かもしれません」
私がそういうとミルフィさんは、少し考える素振りを見せてから私をジッと見つめてこう問いかけてきました。
「じゃあジミー……じゃなくて、あの銀髪イケメンもやっぱり隠し攻略対象だったりするの? 私は全然心当たりないんだけど」
「そこは私も心当たりがないですね。確かに攻略対象でも不思議ではない容姿をされてましたが、このゲームの隠し攻略キャラはイールド様ですし」
「……だよね」
「またお役に立てなくてごめんなさい」
「いやいや、全然気にしないで!! 分からないものはしょうがないもん。というかラテーナさんは謝りすぎよ」
「意識してませんでした、ごめんな……あ」
「もうっ、ラテーナさんは今からしばらく、ごめんなさい禁止ね!!」
「は、はい。がんばります」
私がそういうとミルフィさんは「別に頑張ることじゃないと思うんだけどな」と苦笑いされました。
「あ、あと分からないと言えば」
私がそういうとラテーナさんは「何かしら?」と首を傾げます。
「あの……もしもミルフィさんが覚えていればなのですが、他の攻略対象の方々の情報も共有して頂けないでしょうか?」
「え、カネフォーラのことも片付いたのに今更なんで?」
ミルフィさんは如何にも不思議そうな顔でそう問いかけます。
私は覚悟を決めるように一呼吸おいてから、それに答えました。
「実のところ私はセル様……エキセルソ様のことを変えられたことで少し驕れていた部分があったと思うんです」
私の言葉にミルフィさんは少し困ったような表情で「別にそんなことないと思うけども」と仰ってくださいました。
ああ、ミルフィさんはやっぱりとても優しいですね。だけどそれに甘えるわけにはいきません。
「いいえ、驕れていたのです。その証拠に、私はエキセルソ様に思い出した前世の話をする以外、何もしなかった。あれは間違いなく驕りです」
「ラテーナさん……」
きっと当時の私は、目の前にある現実がこんなに違うのだから、悪いことが起きないように祈っているだけでどうにかなると思いたかったのでしょうね。
「それ故に他のことは、思い出せなかったし気づかなかったんです。カネフォーラ様のように苦しんでいる方々が残っている可能性に」
「……でもそれは仕方ないんじゃないの?」
心優しいミルフィさんは、まだそんな風に言ってくださいます。
その優しさに涙が出そうになりながら、私は首を横に振りました。
「いいえ、私の立場ならばもっと出来ることもあったはずなのに、今まで漫然と過ごしてしまったのです。だからこそあのテロもゲーム通りに起きてしまった」
「な、なら私も多少悪いんじゃないの? もっと早くからゲームのこと知っていたし!!」
ああ、この人は私のためにそこまで言ってくれる人なのですね。
だからきっと皆好きになるのでしょうね。私を含めて……。
「でもミルフィさんは入学するまでは、攻略対象の方々との距離が物理的にも立場的にも遠く、私よりもずっと動きづらかったはずです。そう考えると私が一番悪いんですよ」
「ラテーナさん……そんなに自分を責めなくてもいいんじゃないの?」
「そう仰って下さるお気持ちは嬉しいのですが、これが事実なのです」
そう、これは私にとって受け入れなくてはならない事実。だからこそ今こうして口に出した。
「だからそれを反省して、私は今からでも自分にできることをしようと思います」
「それは一体……」
「いまだ取り残されたままの攻略対象の方々へ、手を差し伸べてその状況を変える。それが何もできなかった私が、せめて彼らのためにしようと考えていることです」
そこまで言うとミルフィさんも私がこれから何をしたいか察したようで「あ……」と声を漏らしました。そしてそのまま続けてこう言葉を続けました。
「このゲームの攻略対象は、それぞれ悩みや苦悩を抱えている。でもその苦しみは攻略対象としてヒロインと交流した時にしか癒されることはない……」
そこまで口にすると、ミルフィさんは言葉を区切って私のことを見ました。
「はい、だから傲慢かも知れませんが、私は残りの方々の苦しみを少しでも和らげるお手伝いをして差し上げたいのです」
「っ!! 違う、傲慢なんかじゃないよ、私なんてカネフォーラのことが片付いてすっかり安心しきってたんだもん。そこまで考える、ラテーナさんは間違いなく凄く優しい人よ……!!」
今にも泣き出しそうな顔で、力いっぱい私のことを誉めて下さるミルフィさんに、私も思わず涙ぐんでしまいました。
「……ありがとうございます。でもそれを言うなら捕まっている私の助けるため、単身でカネフォーラ様に戦いを挑まれたミルフィさんの方が勇気もあってお優しいですよ」
「いや、私のアレはただ無我夢中だっただけで……」
逆に私が誉め返すとミルフィさんはしどろもどろになって、顔の前で手をぶんぶん振りました。ああ、本当に優しくて面白くて可愛らしい人……。
「無我夢中になれる、ミルフィさんの心根が素晴らしいのですよ」
「そ、そんなに褒められると困るんだけど……」
最後の方はごにょごにょとそう答えるミルフィさんでしたが、途中でごまかすように「あ!!」と大きな声を出してからこんなことを口にしました。
「そういえば、他の攻略対象のこと知りたいんだったわよね!?」
「はい、私は今に至るまで全体的にゲームの記憶が曖昧なので、ぜひミルフィさんからお聞きしたくて」
私がそう頷くと、話題を変えられたためかホッとした表情を浮かべつつ、笑顔でこう口にしました。
「なら丁度、攻略対象のことをまとめた手作りの冊子が私のところにあるの。それをラテーナさんに上げるわ!!」
「え、手作りの冊子なんて、そんな手間のかかったものを私が頂いてもよろしいのですか?」
「ええ、構わないわ。私たちの友情の証よ」
「……友情の証」
その言葉はこれまで感じたことの無いほど、嬉しさと温かさを感じさせてくれる素敵なものでした。
ああ、ミルフィさんは本当にお優しいですね。
……自分は今こんなにも幸せですが、もしまだ許されるのであれば、もう少しだけ欲張ってもよいでしょうか?
「あの、ミルフィさん」
「なに、ラテーナさん?」
「もし貴女さえよければなのですが……友達としてお互いに呼び捨てで呼び合いませんか?」
私が勇気を振り絞ってそう問いかけると、ミルフィさんは相変わらず素敵な笑顔を浮かべて頷いて下さいました。
「ええ、もちろん構わないわラテーナ!!」
「っっ!! ありがとうございます、ミルフィ」
こうして私たちは親睦を深め、その後もしばし楽しい時間を過ごしたのでした。




