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37話 壊れて繕った復讐者【sideラテーナ】

 転移で辿り着いたのは、先程の空間とは似てるようでまた違う、古びた石造りの壁と天井に囲まれた部屋でした。


「あの……」

「おっと手荒なエスコートになって済まない、すぐに降ろそう」


 そう言ってカネフォーラは、それまで片手で荷物のように抱き抱えていた私を、わざわざ両手で抱え直してから丁寧に地面に下ろしました。

 つい先程までのミルフィさんと激しい競り合いや、その前には私を平然と傷付けようとしていたと考えると、その行動には奇妙なちぐはぐさを感じますが……あの話を聞いた今では、その理由が少しだけ分かる気がしました。


「さてと、逃げ切ったところで仕切り直しだな」

「カネフォーラ……様」

「ん?」


 彼は私の呼びかけに一瞬だけ意外そうな顔をしましたが、すぐに軽薄そうな笑みを浮かべて答えました。


「自分を攫った相手を様付けとは、どういう心境の変化だ。もしかすると恐怖で気でも触れたのか」

「その逆です……」

「なに?」


 今度の彼は、不可解だとでも言いたげな顔で、私のことを見つめます。私の真意を推し量ろうと、冷たい瞳で射抜くように。


「貴方様の一連の行動は、亡くなった部下のためなのですか?」

「それも大きな理由の一つだ。もしかしてその理由を知って今更協力する気になったのか。だがそれには少し遅かったな」

「……カネフォーラ様は亡くなった部下の皆様を大切に思われていたのですね」


 私の言葉に彼は一瞬目を丸くしましたが、何かを考えるように目を伏せると、やがて深々と頷きました。


「当然だ」


 あまりに重々しい肯定。たった一言なのに、そこには様々な感情が滲んでおりました。


「一日だって彼らのことを忘れたことなどない……だからこそ、この現状を変えたいのだ」


 先程までとは違う何かを憂うような表情で、彼は左目の黒い眼帯を撫でながら言います。


「今のままでは、彼らは偽りの罪を背負わされたまま、未来永劫に罪人でいることになるだろう。何も分からぬままに死ぬことになった、ただ己の職務を果たしただけの奴らがだ」


 そこまでを静かに言い切ったところで、今度はその目に激しい怒りを宿しました。


「だがそんなこと認めはしない、嘘を闇に葬らせるなどさせない。だから王であるあの男の罪を全て引きずり出して、世に晒してやると決めたのだ!」

「その手段が、暴力を用いた権力の書き換えであってもですか……」

「そうだ、そもそも最初にそうしたのはあちらの方だからな」


 嘲り笑うように私の言葉に答えると、更に続けて彼はこう言いました。


「都合のよい歴史を残すのが強者の特権であるのであれば、俺は強者となってその力を手に入れる。それでどれほどの犠牲を払うことになるとしてもな」


 その言葉は私が今まで聞いた中で、一番強い決意が込められている気がしました。

 それが分かるからこそ私は、こう口にせずにはいられなかったのです。


「他に方法はないのでしょうか……確かに冤罪は晴らされるべきだと思いますが、その代わりに誰かが傷つくのはやはり良くないと思うのです」


 するとカネフォーラは一瞬面食らったような表情をしたのちに、噴き出すように笑った。


「先程の正義の味方に輪をかけて甘いな。ご令嬢はよほどの箱入りと見える」


 そこまで言うとカネフォーラは挑発的にニヤリと笑って、残忍な瞳を私に向けた。


「そもそも貴様は己の状況を分かっていないのか? 今は他人の心配より、自分の身を案ずるべきだと思うが」


 そうしてカネフォーラは、自らが腰に凪いだ剣の持ち手を撫でたのだった。まるですぐにでも、どうこう出来るとでも言外で示すように。


「ええ、それも含めて、今頑張って話し合えば解決するかもしれませんから」

「…………もしかして頭の中に砂糖でも詰まっているのか」

「わ、私は本気で言っております!!」


 私が必死にそう言い返すと、今度は大きくため息をついて呆れたような顔で私を見つめる。


「誰かが幸せになれば、その幸福を得られない者が存在する。世の中は得てしてそのように出来ているのだ」

「でも貴方様は……誰かを傷つけるのを嫌っているのではありませんか?」


 そしてそれはきっと、カネフォーラ本人が思うよりもずっと深い所に根ざしている感情であるように感じた。


「……まさか、俺は必要であれば誰であろうと容赦なく加害する」

「その裏を返せば、必要が無ければ誰のことも傷付けようとしないということでしょう」

「ただ不必要なことをするのが嫌いなだけだ……」


 不要なことが嫌い?


「それは嘘ですよ、カネフォーラ様。だってそれならば、先程のミルフィさんとの立ち合いも、ハンデをつけずに戦った方がよかったではありませんか」

「それは……」

「あと出来ることと何も感じないことは違います。貴方様は本来、犠牲を嫌う人間だったのではないでしょうか。だからこそ遠回しにでも犠牲を避けられそうな時には、避けようとする行動を取るのです」


 よく考えたら分かるが、攫ってきた私とわざわざ会話をしたこともそうなのだろう。暴力が一番早くても、すぐにはそれを実行せず段階を踏む。その理由は、少しでも犠牲を避ける可能性を作ることと、もしかしたらもう一つ、その条件を超えることで覚悟を決めるためという意味合いなどもあるのかもしれない。


「私はこう思うのです、元々のカネフォーラ様はお優しい方だったのだと……違いますか?」

「…………過去の自分が何を考えていたかなど、とうに忘れたわ。唯一覚えているのは、煮え滾るような憎しみだけだ」

「カネフォーラ様……」

「ああ、そうだ。ここにいるのは復讐者にして、力ずくでの王位簒奪を目論む王国史上最悪の悪人にして狂人だ」


 復讐者に、悪人で狂人……その言葉はまるで自分自身に言い聞かせているようで、私はそれがとても心苦しかった。

 だから、だろうか——


「なんだ貴様……泣いているのか」

「え……」


 自分でも気づかないうちに涙を流してしまっていたのは。

 そしてその様子を見ているカネフォーラは、今までで一番困惑していることがありありと伝わった。


「はぁ、前の続きをするつもりだったが、興がそがれた。ご令嬢は一人で頭を冷やしておけ」


 カネフォーラはそう言いつつ、くるりと踵を返しました。スタスタと部屋の出入口まで歩いていき、そのまま通路へと出ると思いきや、直前で立ち止まりこちらを振り返りました。


「だが、次に会うときにはもう容赦はせぬ」


 そこで向けられた目は、やはり冷たく恐ろしいものでした。しかし今の私には恐ろしさと同時に、彼自身がそうあろうと繕っているようにも見えてしまいました。


「カネフォーラ様……」


 彼は立ち去りもう届かないと分かりながらも、自分の中に渦巻く様々な感情から私はぽつりとその名を呟きました。


 仮に復讐や王位簒奪が成功したとして、その先に貴方様の幸せはあるのでしょうか。

 その先にいるカネフォーラ様はきっと、一生残忍で冷徹な王でいなくてはならないはずです。そんな未来は、ボロボロに打ちひしがれてなお、どこか優しさが残るカネフォーラ様にとっては、とても苦しいことではありませんか。

 私はそれを想像すると堪らなく悲しいのです……。

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