3話 全ては愛しい彼女のために【sideエキセルソ】
先日、ラテーナから自分は【悪役令嬢】だという悩みを打ち明けられたその後。僕は更に詳しく彼女からは話を聞いて、今後の起きそうな大体の問題の把握をした上で、これからの指針もあらかた決めたわけだけども……。
結局【乙女ゲーム】がなんなのかという部分だけはハッキリ分からなかったな。
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「すまないラテーナ、もう一度改めて聞かせて欲しいのだけど【乙女ゲーム】とはいったいなんなんだい?」
「は、はい、乙女ゲームというのは、前世の世界にあった遊戯の一つでして……作られた物語に沿って、殿方との恋愛を体験できるものなのです」
「……ラテーナは、僕というものがありながら他の男と?」
「ち、違います……!! あくまで前世の……しかもゲームの中の話で……何より私にはセル様だけですから!!」
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「ふふっ」
最終的には、それについて理解することは諦めて、わざとラテーナをからかってしまったが……。
そこで顔を真っ赤にして、真剣に僕への好意を語るラテーナはとても可愛らしかった。
もう、それだけで全て良しとしよう。どうせ、その部分については把握できなくても、あまり計画への影響もなさそうだからね。
愛らしいラテーナなことを思い出し、元気を取り戻したところで、僕はあらためて手元の資料に目を落とそうとしたのだが……。
人の近付いてくる気配を感じ、僕は資料を見るのはやめて顔を上げた。
「おおっ、やっぱりセルじゃないか?」
「ああ、イールド兄上……」
そこにいたのは、僕の異母兄で王太子のイールド兄上だった。兄上は王家の特徴である金色の髪と、亡き王妃譲りである印象的な赤色の目を持つ偉丈夫で、そのうざ……人当たりのいい性格と相まって、僕とは全然雰囲気が違っている。
兄上のことは嫌いではないのだが。何というか、王太子のわりに性格が構いたがりというか、お節介焼きという感じで鬱陶しいんだよなぁ……。
実は今、現在僕がいる場所は、王族と出入りを許された一部の者ののみが入れる、王宮内の中庭だ。その性質上、基本的に人の出入りは少ないのだが、王太子である兄上も当然出入りが自由である。だから休憩のために訪れたとしても、何ら不思議ではない場所なのだが……やはり、自室で行うべきだったか? いや、でも他に必要なものが出た場合を考慮するとコチラ一択だから……なんとも運が悪いな。
僕があれこれ考えていると、兄上は僕の周りを見た後、やや意外そうな表情を見せた。
「セルお前が休みなのに、ラテーナ嬢と一緒にいないのは珍しいな」
「はい、僕にも色々ありましてね……」
わざわざ兄上に言われずとも、本当は僕もラテーナと一緒に過ごしたかった。
しかし今回、ラテーナが不安がっている事柄について詳しく検証するためには、どうしても彼女と離れて、個人的な時間を確保する必要があったのだ。
「しかしあのお前に、ラテーナ嬢より優先するものがあるとは驚いた」
「はっ? そんなものあるはずないでしょう、僕の全ては彼女に捧げておりますので」
我が兄は、何を今更分かり切ったことを言っているのだろうか。
まさか……普段からあれだけラテーナへの愛と想いを語っていたというのに、まだ客観的な理解を得るためには、足りていなかったと言うのだろうか?
そうなると、今後の振る舞いには、もっと気を付けなくてはならないが……。
「あ……うん、そうか、どうやらいつも通りのお前だったみたいだな」
ふむ、これはどうやら、兄上が|僕の様子がおかしい《ラテーナへの愛が足りない》と勘違いしていたということだろうか?それなら、それでキッチリアピールしておく必要があるな……。
「そうですよ兄上、僕はいたっていつも通りです。ちなみに明日には、時間を作ってまたラテーナに会いに行きますし、僕達の仲は良好なのでどうぞご心配なく」
「ああ、そいつはよかった」
とりあえず、これで僕とラテーナの仲のアピールは問題ないだろう。少しでも不仲だと思われるのは、それこそ不本意だからな。
しかし、ここで兄上に会ったのもいい機会かもしれない。本当はどちらでも良いと思っていた質問だが、この際だから聞いておこう。
「ところで兄上は、もうじき僕とラテーナが通う学園がありますが……」
「ああ、そういえばもうすぐ入学だったな」
「王太子としてまた卒業生として、あの学園の敷地や建物が、望まぬ事故で大きく破壊されてしまうような事故が起こった場合について。どう思い、どう対処するつもりかのご意見を賜りたいのですが……」
「…………なに?」
「ほら、世の中なにがあるか分かりませんからね……爆発するとか、急に燃えるとかあるかもしれないでしょう」
「いやいや……!? 我が国最高峰の技術が使われ、それなりに厳重な警備も敷かれたあの学園で、そのような事態が起こるのは……そう、テロ以外でも起こらない限りありえんだろう」
「まぁそうですよね」
試しに聞いてみたが、やはりこちらの線はやめておく方が無難だろうな。
ラテーナの話によると、例の学園に入学したところから色々と始まるらしいので、いっそ学園自体がなくなれば話が早いと思ったが……なかなか、ままならないものだ。
「おい、セル……お前は一体なにを考えているんだ?」
「兄上、いつも言っているではありませんか。僕が考えているのは、常にラテーナのことだけだと」
「一応聞いておくが、ラテーナ嬢がお前が危険を犯すのを、望まないことは分かっているか?」
「はい、もちろん分かっていますよ。彼女はとても心優しい女性だ……」
そしてその優しさは僕に対してだけでなく、広くあらゆる人間に向けられる。僕はそれを好ましく思う一方で、妬ましくも思ってしまう……けっしてラテーナ本人には言わないけどね。
そう、彼女は優しすぎる……。
だからこそ彼女を守るためであれば、代わりに僕がいくらでも泥をかぶろうと覚悟している。
ラテーナを傷つけるようなことや、受け止めきれないような残酷なことは、一つの残らず僕が引き受けるんだ。彼女がただ、純粋に笑っていられるようにするためにね。
だけど、きっと彼女自身はそれを望まないし、知ってしまったら悲しむことになるだろう。
だからこのことは、絶対に彼女に知られないように秘密裏に手を回すつもりだ。
今までも、これからも……ね。
「セル……」
「ああ、そうそう兄上、あとこれだけは言っておきますがね、ラテーナは僕の婚約者です」
僕がそう口にした瞬間、兄上が深刻そうな表情を潜めて、一瞬でウンザリとした顔になった。しかし、兄上のそんな反応は別にどうでもいいので、僕はそのまま言葉を続けた。
「いくら彼女が魅力的であり、王太子である兄上にいまだに婚約者が存在しなくても、彼女だけは絶対に渡しませんので、それだけはどうかお忘れ無きように」
「分かっている……というかそもそも、お前とラテーナ嬢の話をする度に毎回そうやって釘を刺してくるのは一体どうなんだ」
は? なにを言っているのだろうかこの兄上は、それでよく王太子が務まっているものだと不安になるな……。
「いいですか、ラテーナは本当に魅力的な女性です……だからこうして話題にしてるだけで我慢できず、兄上が本気で結婚したいと望むようになる可能性も高いわけです。なので毎回話し終わりに、しつこくとも必ずラテーナは僕の婚約者だと主張するようにしているわけですよ」
「念入りだな……」
「ですから絶対に、変な気を起こさないで下さい」
「いや、分かったと言ってるだろう。俺はセルから、そんなに信用されてないのか……」
「いえ、兄上の信用の問題ではありません。ただただラテーナが魅力的すぎるからこその行動です」
僕だってわざわざそうしたいわけではないが、ラテーナの魅力が凄すぎるので致し方ない。そう、不可抗力というやつだ。
「そうか…………婚約者思いなのは良いことだが、ここまでくると流石になぁ」
兄上はそう頷いた後、小声で何やらブツブツ言っていたが声が小さすぎて全然聞こえなかった。
「兄上、なんと仰いましたか?」
一応、聞き返してみたが「いや……」と首を振って答える気がなさそうだった。
はぁ、面倒な人だ……まったく。
「あと念の為、もう一度言っておきますがラテーナは僕の婚約者ですからね」
「さすがに、それはもう分かってるからな……!?」
そうして兄上は「そろそろ仕事に戻る」などといって、軽く頭を抑えながらこの場から立ち去っていった。ああ、兄上はまた頭痛か……頻繁だな。
しかしあの兄上は、本当にラテーナの話について、ちゃんと分かっているのだろうか……。
少し抜けてる部分もあるし念には念を入れて、また次に顔を合わせたときにもしっかり言っておかなければならないな。
そんなことを考えながら、僕は今度こそ、改めて資料に目を落としたのだった。
そう、この全ては愛しい彼女のために……。