23話 海辺の別荘と晴れない不安【sideラテーナ】
最近、夢見が悪くて、よく眠れていない……。
でもそれを、セル様に悟られる訳にはいきません。
「ほら見てラテーナ、もう海鳥が飛んでいるよ」
「そうですねセル様、別荘に着くのが今から楽しみです」
せっかく、私を気遣って海辺の別荘に招待して下さったのですから。
ここはセル様と別荘へ向かう途中の馬車の中なのです。
学園での一学期の課程が終了し、今現在は一ヶ月程の夏季休暇に入りました。
私はその夏季休暇が始まる前から、セル様の招待を受けていたため。休暇が始まるとすぐに彼と共に、王国南西部にある王家所有の別荘まで行くこととなったのです。
だからこの夏季休暇中は彼と、この別荘で大半の時間を過ごすことになるのでしょう。
走る馬車が林の中の道を抜けると、一気に海が近くなった。どうやら高台の海がよく見える道に出たようです。
「わぁ……」
不安な私の心境に反して、海はキラキラと眩しい程に美しい。
ただ素直に綺麗だと思いたいのに、今の憂鬱な気持ちの私では、この海と日差しの元へ出ていったら、焼かれて消えてしまいそう。
苦しく辛い時に綺麗なものを見ると、余計に苦しくなることがあると、私はここで初めて知りました。
そっとセル様の様子を伺うと、ニコニコと笑顔で楽しそうにされていて。ただそれだけは私の救いになりました。
「近くにはプライベートビーチもあるから、あとで一緒に行こうね」
「ええ」
どうかセル様に私の不調や、不安がバレませんように。
私も彼に笑顔を返しながら、そっと心の中で願いました。
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王家所有の別荘は見晴らしの良い高台に建っており。白塗りの壁が特徴的な、見事な佇まいのお屋敷でした。
広々とした庭には、南国特有の美しい草葉が植えられており、それだけで見るものの心を癒してくれそうです。今の私にはやや目に毒ですが。
「ごめんなさい。馬車に長く揺られて少し疲れてしまったみたいで、着いて早々ですが部屋で休ませて貰ってもよろしいでしょうか」
馬車を降りて屋敷の中に入ると私は、取り繕いながらセル様にそう言いました。
「それは勿論だよラテーナ。でも大丈夫かい、そんなに体調が悪いなら医者を呼ぼうか?」
「いえ、そこまでではないので大丈夫です。本当に部屋で少し一人になって静かに休めばよくなると思うので」
そうして部屋に案内して頂くと、私はすぐに部屋着に着替えて、ベッドに横たわりました。
少しでも体調を回復して、セル様に心配を掛けないようにしなくちゃ……。
思った以上に気を張っていたからでしょうか。目を閉じると私はすぐに眠気に襲われ、意識は闇の中へと落ちていきました。
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「はぁ……そんなのを庇うなんて最後まで下らない男。お陰でソレのことを、殺し損ねちゃったじゃない」
女が冷たい視線を向ける先には、男が大量の血を流して倒れている。その傍らにはピンク髪の女の子がいて、震えながら男に呼びかけていた。
「エキセルソ様、どうして私のことを庇ったりしたのですか!?」
「……そうしなければ、君が死んでいただろう」
「それでも普通は庇いませんよ。だって私たちの仲は、せいぜい少し話したことのある知り合い程度ではないですか……!!」
「だって、君は……きっと、誰かに愛されるような人間だ」
「え……」
「一方、僕は誰にも愛されることのない人間……だから」
「エキセルソ様、なにを仰って……」
「ぷっ、確かにそれは間違いないわね」
二人の会話を遮って女は笑う。楽しそうに、そして嘲るように。
「……ラテーナ様もなぜエキセルソ様がこんな状況で笑っていられるのですか!? 仮にも貴方の婚約者なのでしょ!!」
「ギャーギャーうるさいわね、でも特別に答えてあげる。私にとってそいつはね、死んだら死んだで構わない、その程度の存在だからよ」
「ひ、酷い……」
「それにその男は、どちらにしろ今回のクーデターに加担してた疑惑があるし、殺したところでお咎めなんてないでしょうね。むしろ殺したことで褒賞が出る可能性すらあるわね、ふふ」
「え……それは、一体……」
問いかけようとしたものの、直後に銃口を向けられて彼女は口を噤む。
「まぁ別にそんなことどうでもいいじゃない、アンタもここで死ぬのだし」
先程ラテーナと呼ばれた女は、ニッコリと微笑んで更に言葉を続けた。
「しかし、このクーデター騒ぎは私にとっては僥倖よね。汚らわしい婚約者が居なくなったうえ、目障りな下級貴族の女をクーデターのせいにして消せるのだもの」
「……人でなし」
ピンク髪の彼女は恐怖に苛まれる中、絞り出すような声でそう言った。
「ふふ、逆よ逆、アンタたちの方が人じゃないから、こういう扱いなのよ。いつから自分が人間だって勘違いしていたの?」
「っ……こ、この!!」
「んーせっかくだから、エキセルソみたいに沢山血を流して死んでくれると、見世物としては楽しいのだけれど……さて、どうなるかしら?」
女は楽しそうに首を傾げつつ、ゆっくりと引き金を引いた。
「ではさよなら、永遠にね」
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「いやぁああ!!」
「どうしたんだい、ラテーナ!!」
私がベッドから叫びながら飛び起きると同時に、セル様が部屋へと飛び込んできた。
「せ、セル様……」
「偶然、近くに居合わせたらラテーナの叫び声が聞こえてきたんだ……一体何があったんだい?」
「すごく……すごく怖い夢を見たんです……」
「そうだったんだね……でも、もう大丈夫だよ」
セル様はそう言いながら、私のことを優しく抱きしめる。
「今の君には、僕が付いているんだから」
そうして、そっと私の背中を優しく撫てくれた。その温もりと優しさに混乱していた気持ちが、徐々に落ち着いていく。
「あの……もう大丈夫ですので……離れてください」
しかし混乱が完全に収まると今度は、子供をあやすみたいに背中を撫でられている事実が、段々と恥ずかしくなってきて、私は小さな声でそう言いました。
「そうかい? 僕はずっとこうしてても良いくらいなんだけどな」
するとセル様はやや残念そうな様子で、私のことを離したのでした。
「ずっとはダメです……」
「なら少しならいいんだね?」
「セル様……!!」
「はいはい、ラテーナは恥ずかしがり屋さんだから、この程度にしておこうか」
セル様はペロッと舌を出してウィンクする。大体いつも通りの言動なのですが、その一つ一つが今は妙に安心感を与えてくれます。
なんだか不思議ですね……。
「そうだラテーナ、よかったら気晴らしに散歩にでも行かないかい」
「散歩ですか……?」
「うん、今から海まで歩いていけば、ちょうど海に沈む夕陽が綺麗に見えると思うんだ
けど……どうかな?」
私は少しだけ悩んだものの、特に断る理由もないので、その提案にコクリと頷きました。
するとセル様は嬉しそうに、私の目の前に手を差し出します。
どうやらエスコートして下さるつもりのようです。なので私はその手を迷わず取りました。
そうして別荘の外まで出てきて風に吹かれたところで、私はようやく自分が部屋着のまま外まで来てしまったことに気づきます。
あ、ここまで来てしまったのにどうしましょう……!?
「……そうか僕の気が急いたせいで、気が付かなくてゴメンね」
そう言いながらセル様は、そっとご自分の上着を私に羽織らせて下さいました。
「これで嫌じゃなかったら、このまま夕陽を少し見てからすぐに戻ろうか」
「はい、大丈夫です」
ここはプライベートビーチで、他に見られるような人も居ないでしょう。そして何より今から着替えてきたら、日が沈み切ってしまいそうですから。
それは誘ってくれたセル様にも申し訳ない気がするので、このままでも夕陽を見に行くことにしたのです。
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夕暮れ時の海は、海の藍色に、夕陽のオレンジ色を乗せたようなコントラストが鮮やかです。沈む太陽から離れるほどに暗くなる空や海には、まるでこれから来る夜の闇が端から少しずつ迫ってくるかのような、錯覚を覚えました。
「ほら、どうかなラテーナ」
そんな夕陽や海を背に立つセル様。オレンジ色に光り輝く水面に、綺麗な夕焼け空。
それらに照らされた彼は、恵まれた容姿と相まって間違いなく美しいのに、何故だか何処か不安を感じてしまう。
そう、夕焼けの色はややすれば、まるで血の色のようにも……あ。
うっかりそんなことを考えてしまった瞬間、私の脳裏に血まみれで倒れるセル様も姿が浮かび、不安から咄嗟に彼の手を掴んでしまった。
「ラテーナ……?」
不思議そうな声で私の名を呼ぶセル様に、私は顔をあげられず俯いたままで答えた。
「ごめんなさい、今凄くセル様の手を握りたくなったんです……」
「そっか、別に構わないよ」
セル様はそれ以上何も言わず、何も聞かなかった。
私が顔を上げないことも、僅かに身体が震えていることも、私が自分から手を放すまでただそのままで居てくれた。
「それじゃあ、そろそろ戻ろうか」
「はい……」
行きと同様にセル様が再び手を差し出してくれたので、私はその手を取って歩き出した。
なんとなく空を見上げると、夕焼け色の空に段々と紫色が混じって来ていることに気づいた。それは間もなく、暗い藍色の夜空へと変わっていく。そんな様子はやっぱり怖くて不穏な気がして、でも同時にこのままで変わらないものなんてないと、突きつけられたような気もして……。
もし変えるしかないのなら、せめて良い方向に変えられたらいいのに、でもそのためには一体どうすればいいのでしょうか…………今の私に出来ることは……セル様もそれ以外の誰かも、血を流すことのない結末を迎えるためには……。
まばらに星が輝き始めた空を眺めながら、まるで雲でも掴むような気持ちで、自分が選ぶべき答えについて思案したのでした。




