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1話 我が愛し婚約者は、婚約破棄をしたいらしい【sideエキセルソ】

 それは定例になっている、僕と婚約者とのお茶会(コーヒータイム)での出来事だった。

 別にそれは形式的な堅苦しいものではなく、気楽に雑談でもしつつ親交を深める意味合いのものであったが……。


「じ、実は私、悪役令嬢なんです……!! だから私との婚約を破棄して下さいませ!!」


 その場にそぐわない思い詰めたような表情で、そのようなことを言い出したのは他でもない僕の愛しい婚約者だった。

 彼女の名はラテーナ・カルア。カルア侯爵家の令嬢で、第二王子である僕エキセルソ・レオ・アムハルの幼い頃からの婚約者である。

 ふんわり柔らかくサラサラしたスミレ色の髪は、どんな花の色よりも美しく。またそのアメジストの瞳はどんな宝石よりも、魅力的な輝きを放つ。滑らかで柔らかく白い肌も、常に触れるのを我慢せざるを得ないのが苦しいほどに、魅惑的だ。そしてその手の指と爪先までも、芸術品のように美しく。礼儀作法が染み込み、洗練された動きと相まって、その生きている瞬間瞬間までもが、奇跡のように感じる。彼女はそのような存在だった。

 それなのにそれらが今日に限って、その美しさ全てに原因の分からない翳りがあり、心配だと思っていた矢先に……そんな。


「どうして急に婚約破棄なんて……」

「だから、それは私が悪役令嬢だからです……!!」

「……僕に何か不満でもあったのかい?」

「違います、殿下は悪くありません……私が悪役令嬢だからです……!!」


 そう言いながら首を振る彼女は俯き気味で、今にも泣きだしそうな顔だった。

 そんなラテーナの顔をそっと包み込んで、僕は目を見ながら彼女に優しく語り掛ける。


「ラテーナ……もっとちゃんと訳を話してくれないか? 一体何がそんなに君を不安にさせているんだ……それとも僕は頼りにならないだろうか」

「い、いえ……そんなことはありませんが……」

「では全て話してくれ、そして君の悩みを僕が一緒に解決しよう」


 彼女を安心させるためにそう言ってみたものの。いまだに不安そうな表情のラテーナは、どうにか僕から目をそらそうとする。


「殿下は、私が急におかしなことを言い出したと……頭がおかしくなったとは思わないのですか?」

「確かに今の君の様子は少しおかしいが、僕はラテーナのことを信頼しているからね……君が話してくれるのであれば、どんな話でもキチンと聞くよ」

「……どんなに信じられない、馬鹿馬鹿しいような話でもですか?」

「ああ、だって君は自分と真剣に向き合おうとしてる相手に、嘘なんてつかないと知っているからね」


 そうやって僕が笑いかけると、彼女はついに何かを堪えきれなくなったのか、ボロボロと涙を流し始めた。

 僕はそんな彼女の涙を、ハンカチを取り出して優しく拭う。


「で、殿下……」

「あとその呼び方も違うだろ? いつも通りセルと呼んでくれ」

「っっっセル様ぁ……」

「うん、よくできました僕の可愛いラテ」


 そこで僕が彼女の頭をそっと撫でると、ラテーナは今日初めて安心したような表情を見せたのだった。

 ああよかった、ラテーナが安心してくれて……お陰で、ようやくずっと気になっていたことについて聞ける。


「それでは、改めて聞かせておくれ。君をこんなにも不安にさせた【悪役令嬢】とは一体何なのかを?」


 例えそれが、何でどんなものであろうとも、僕の愛しのラテーナを苦しませるものであるのならば、絶対に取り除かなければならない。

 そんな決意を秘めて、僕は最愛の婚約者へ優しく微笑みかけたのだった。

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