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 濃い霧があたりを覆い尽くし、視界は真っ白に染まっていた。

 奈々美は、必死にハンドルを握りしめ、前を見据えながら、ゆっくりとアクセルを踏んだ。

 まるで生き物のように霧は車にまとわりつき、進むほどに重く、鈍い不安が胸を押しつぶす。

 頭の中で何度も繰り返すのは、彩花が突然、霧の中に消えていった瞬間のこと。


「お姉ちゃん。どこまで行ったのよ?」

 奈々美は小さくつぶやき、アクセルを強く踏み込んだ。


 遠くから、かすかな音が聞こえてくる。

 それは低いうなり声や、何かが這いずり回る音だった。

 奈々美の手が汗ばみ、ハンドルが滑りそうになる。

 恐怖と焦りが交錯し、呼吸が浅くなっていく。


 急に、車がガタガタと揺れ始めた。

 エンジンが不規則な音を立て、ライトが一瞬、暗くなった。


「うそ! やめて、まだ動いて――お願い……! ダメ! ダメ!」


 奈々美は祈るように呟きながら、エンジンを再び吹かす。

 しかし、次の瞬間、車が大きく揺れ、エンジンは悲鳴のような音を立てて止まった。

 車内が急に静寂に包まれていく。


「エンスト……」

 奈々美は信じられない思いでキーを回すが、エンジンは応答しない。

 霧がじわりと車内に迫り、外の不気味な静けさが全身を覆い始めた。

「しっかり。しっかりして! お姉ちゃんを取り戻すんだから!」


 気合いを入れたは良いが、奈々美は車を降りる勇気が出せず、このまま助けを待つという考えが頭をよぎる。

 誰が助けに来るというのだ。

 娘たちが帰宅しないのを両親が心配し始めるのは、おそらく真夜中を過ぎてからであろう。

 小学生でもあるまいし、夕方に社会人と大学生の二人が帰ってこないと、心配する親などいまい。


 遠くで微かな物音がした。何かが霧の中で動いている。

 足が前に動かない。

 行くしかない。


 決意を固め、奈々美はドアをゆっくりと開けた。

 冷たい霧が顔に触れ、全身に恐怖が走る。

 奈々美は震える足で、街に一歩を踏み出した。


 ☆☆☆


 町は無限に広がっているかのようで、どれだけ歩いても陰鬱な風景が延々と続いていた。

 建物は歪み、夕陽がいつまでも町を真っ赤に染めている。

 夕陽が沈む気配がない。


 もう何日過ぎただろう。

 いや、車からさっき降りたばかりだったか。

 時間の感覚がおかしい。

 どこを、どう歩いているのか、わからない。


 ☆☆☆


 彩花を見付けたのは、まったくの偶然だった。

 奈々美は、それは偶然だと思おうとした。

 何者かの作為を疑っても切りがない。

 なにより、せっかく見付けた姉を追いかけないわけにはいかぬ。


 彩花はまるで何事もなかったかのように普通に歩いていた。

「待って! お姉ちゃん! 待ってってば!」


 しかし、彩花は奈々美の呼びかけに応じず、無言のまま街の中心部に向かって歩き続ける。

 奈々美がようやく彼女に追いついた時、彩花は古びた鳥居の前で立ち止まり、振り返って奈々美に冷たい目を向けた。


「来るなって言ったよね? わたし、あなたに言ったよね?」

 彩花はものすごい力で奈々美の腕を掴んだ。


「痛い! お姉ちゃん! 痛い!」

「わた――わたし。来るなって。来るなって。言ったのに――」

 彩花の顔から表情がなくなり、それから急に叫びだす。


「言ったのにいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 彩花は髪の毛を振り乱して絶叫した。


「神さまのところへ行こう」

「なに言ってるの? 神さま?」


 彩花が腕を掴んで境内へと上がっていく。

 鳥居をくぐると、町中でさえ不気味だったのに、もう一段、寒気まで加わった。


 彩花は一言も言葉を発さず、ただ無言で奈々美を導いていく。

 姉の手は冷たく、どこか現実離れした感触がした。


 逃げ出そうと考えたが、体はまるで麻痺したかのように動かない。

 道は次第に細くなり、周囲の景色も不気味さを増していった。


 道の先に、ぼんやりとした光が見えてきた。

 目を凝らすと、それは古びた鳥居だった。

 苔むした石段の先にあるその神社は、まるで長い年月を経て人々に忘れ去られた場所のようだった。

 鳥居をくぐった瞬間、冷たい風が吹き抜け、奈々美の体を震わせた。


 神社の境内にたどり着くと、そこには古びた社がぽつんと立っていた。

 社の前には、不気味な供物がいくつか置かれている。

 生気のない果物、黒ずんだ土器、そして何かを象った形のわからない彫刻。


 奈々美は恐怖で声を震わせた。

 彩花は奈々美を供物の前に立たせた。

 そして、冷たい目で妹を見つめる。

 その目には、感情の色が一切見えなかった。


 彩花が何かを呟き始めていた。

 意味不明な言葉が奈々美の耳に流れ込み、彩花の言葉は次第に強く、早く、そして狂気じみた響きを帯びていく。


 突然、風が強く吹き、周囲の木々がざわめき始めた。

 奈々美の体が急に重くなり、動けなくなった。

 その瞬間、社の扉が音もなく開き、中から何かが這い出してきた。

 薄暗い光の中で、その姿がゆっくりと現れる。


 それは、形のない何かだった。

 まるで黒い霧のように広がり、奈々美に近づいてくる。

 恐怖が全身を貫き、声を上げようとしたが、彩花に喉を塞がれて言葉が出ない。

 妹の首を締めたまま、彩花は冷ややかな笑みを浮かべ、その黒い霧に向かって奈々美を押し出した。


 ()()()と目が合うと、奈々美は今度こそ悲鳴をあげた。

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