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静寂、そして…

(フタ)(ヒト)(イマ)!!」

 一瞬静寂した。

「な、なんだ!?」

 信者の狼狽した声が聞こえた。思わず目を開けた。灯りが全て消えている。

 山の中なので外からも光が差し込まない。

 全くの闇。

 しかしおれはずっと目をつぶっていたせいで、闇に慣れている。周りを取り囲んでいる信者たちが右往左往している様子がはっきり見えた。

「わたしは目を開けていたから慣れてない! 吾郎が外まで手を引いて!」

 宮口の声がする。

「捕まえろ!」

 ヒカリの手を引いて走った。ここの信者たちも、「おれとヒカリが犯人だ」ということを「受け入れ」ている。だから、おれとヒカリを捕まえて「修行」させることが保身だと思っている。むろんそんな理屈は外の世界では通用しない。おれたちを捕まえたりしたら監禁罪に問われるかもしれない。だけど、閉鎖された空間で外からの情報と遮断されていれば、そうなっていてもおかしくない。だれかがおれに抱き着こうとした。おれはその誰かに、肩から思いきり体当たりをしてやった。

「ぎゃっ!」

 黒田の声らしい。近くにある人影らしいものを全て突き飛ばし、広間から出た。

 靴はあきらめるしかない。

 分断されたらおしまいだ。少なくともおれは、ヒカリを残して逃げることなどできない。結局は二人とも連れ戻されて、別々の部屋で「修行」させられ、「洗脳」されてしまう。ヒカリの手を握ったまま、濡れ縁から外に飛び下りた。

 靴下はだしの足の裏に小石が食い込むが、かまわず走る。

 ヤシマ作戦。

 思い出した。東日本大震災の影響によって計画停電が行われている。その、街や家から次々に灯りが消えていく様子から、この計画停電は「ヤシマ作戦」と名付けられた。

 宮口も信者も、テレビも新聞も無いところで生活している。このことを知っていたのはこの寺では森岡だけだったのだろう。あの家の主人は外で生活しているので当然知っていた。

 ヒカリは知っていただけではなく、利用した。ヒカリの宮口との対話ははっきり前半と後半に内容が分けられる。後半の宮口の森岡殺害の動機が本題であり、前半のこの宗派の本質とかさっきの修行の目的とかは本題に関係無い。本題に関係無い話をし続けたのは、「ヤシマ作戦」が始まる時刻まで、対話を引き延ばすためだったんだ。そしておれに好意を持っているかのようなことを言ったのも、その作戦の一環だったのだろう。気がついて良かった。本気にしていたら恥をかくところだった。舗装道路に出た。いくらか足の裏が楽になった。月明かりで少しは見える。それでもヒカリの手を握り続けた。汗だろうか、じっとりと手のひらが湿っている。

「このまま坂を降りて!」

 ヒカリの手を引いて走り続ける。

 ヒカリのあの仮説は、ただの仮説ではなくて事実なのだろう。

 宮口は自分が森岡を死なせたからこそ、ここまでおれとヒカリに「自分が犯人である」と洗脳したいのだろう。

 宮口はたぶん「魔境」にさえ入ったことがないのだろう。ああいうのはできる人もいればできない人もいる。たとえ宮口が魔境に入れるとしても、「全てを受け流す」などはできていないのだろう。それは宮口が「修行してきた自分」を受け流していないこともあきらかだ。「自分」を捨てていない宮口が、「刑務所に入った自分」を受け入れられるはずもない。

 だからちょうど寺の外に出ていたヒカリとおれに濡れぎぬを着せようとした。外では通用しない理屈でも、寺の中でおれとヒカリを「洗脳」して、警察に自首させてしまえば、宮口は警察に疑われない。信者たちも、宮口が犯人であるよりも、ついこの間ここに来たおれとヒカリが犯人である方が寺に傷がつかないと「保身」しているのではないか。要するにオウムと同じなのだが、宮口がさっき「オウムと一緒にするな」と言い続けたのは、「洗脳」というオウムと同じ部分を隠したかったからなのだろう。

 坂の下につくと、車が二台、縦に駐車されている。まさか、ヒカリの車を出られないようにされているのでは…。

「乗って!」

 ヒカリが近づくと、前にとまっていた車のロックが外れた。電子キーらしい。修行からここに帰ってきた時に車まで行っていたのは、前に車を止めて寺の者に車を出させないようにして、自分たちが逃げるのを妨害させないようにするためだったのか。

 助手席に座ってドアを閉め、シートベルトを締める。

 隣でヒカリがエンジンをかけ、レバーをドライブに入れ、サイドブレーキを下ろした。

 外からは暗くてよくわからなかったが中に入ってみると、和泉が運転していたカローラよりも明らかに小さい。ルームミラーの下のかわいい熊のマスコットがゆらゆら揺れる。

 一気に急発進する。山道を猛スピードで下りる。事故になりかねないが、今はヒカリを信じるしかない。

 ヘッドライトの光の棒の先に、両手を広げた和泉が見えた。

 チキンレースだ。

 ヒカリはアクセルを上げない。むしろ、踏み込んでるんじゃないか?

 和泉の姿がみるみる大きくなる。

「どけ、どけ、どけ、どけぇっ!」

 ヒカリが隣で呻いている。

 和泉が目をつぶっているのがわかった。あの呼吸を使っているようだ。和泉には、迫ってくる自動車も重たいエンジン音も車内にいてさえ聞こえる風切り音も、すべて現実感のない、映画の中のできごとのように感じているだろう。自分の体が跳ね飛ばされて、猛烈な痛みを感じるまでは。おれは叫んだ。

「止まれぇぇぇぇっ!」

 ヒカリが叫びかえす。

「今からブレーキ踏んでも間に合わない!」

 おれには、車を操作するすべは無い。すべてヒカリに任せるほかない。

 だけどこのままじゃ、ヒカリが人殺しになる!

 どうしたらいいんだ。

 どうする。どうする。どうする。

 何か方法があるはずだ。

 考えろ。考えろ。考えろ!

 …そうだ!

 おれは右手でサイドブレーキを握り、おもいっきり上に引っ張った!

 四つのタイヤがかん高い悲鳴を上げながらドリフトした。

 視界が右から左に流れる。体が左から右に流れる。運転席に倒れこみそうになるのを必死に踏ん張る。

 とまれ。とまれ。とまれ。とまれぇっ!

 ギャァァァァッ、という音とともに、おれたちの乗った車は和泉の体数センチ前で、側面を前にして停止した。

 和泉が、道路に尻もちをついているのが見える。

 目をいっぱいに見開いて、ぶるぶる震えている。

 さっきのおれのように、一気に現実感に襲われているはずだ。

 今なら追いかけてくることはないだろう。

 ヒカリが握ったままのおれの手に自分の手を重ねて、サイドブレーキを下ろした。ブレーキを離してゆっくりとハンドルを切り、和泉を避けて周り、坂を降り始めた。おれもサイドブレーキから手を離す。

「キミのそういう、やさしいところが好きだよ」

 ヒカリが左手をハンドルから離して肘を畳んだ。

「他の女の子を守ったのは気に入らないけどねっ!」

 勢いよく肘が伸ばされるとともに、握られた拳輪がおれのみぞおちに食い込んだ。



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