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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

濁った眼

作者: 多次公介

この者は過去に人をその手で殺めた。理由(わけ)はあるのか不明だが、その男はこの世に興味を失ったかのようにふるまって見せた。遺体が発見されたのはとある田舎の河川敷、高架橋下でのことであった。下校の鐘声と共にやってきた餓鬼どもは普段の遊び場で力なく横たわる女と呆然とした様子で立ち竦む男をその眼で捉えた。その現場を目の当たりにした者どもは持っていたボールなど放棄して無言逃走をその焦燥によって実行した。奇妙なことに子供たちは目撃したその男が凶器を持っているかなど、事件に関連する内容について黙秘を決め込んだのだ。彼らはこの事件に関する報告をしたがらなかった。明らかに不自然である。駆け付けた警官が残した記録では、身柄を拘束する際に男からの忠告があったとのことだ。ただ一言、「天命に従え」、と。この調査に当たった者は、これを脅しととらえた。調査の観点からも客観的に至極全うな評価であった。貧しい家庭出身のこの男が手にかけた女は隣町で暮らしていた。しかし、ある時当時5歳であった実の弟が家に見当たらず、徒歩で25分掛かる祖父の家に向かってしまったのではないかと考えた。その早計な判断によって酔っていたにも関わらず、18歳年下の弟を探しに自動車を出してしまった。この女自身、冷静でいたつもりだったのだろうが弟を外出させてしまったことへの焦燥感がこの過ちを生んでしまった。夕方5時付近、交差点を曲がろうとした女は左手に歩道を渡ろうとしていた夫婦を見落としたまま交差点を左折してしまった。速度は時速40kmを超えていた。夫婦は車に撥ねられ、アスファルトに頭蓋を強打したことによる出血多量で死亡した。被害にあった女性の腹部には胎児を身籠っていた。衝突の瞬間は無限かのように体感する時間が長かった。その間に撥ねてしまう夫婦と目が合う。恐怖に満ちたその表情。そしてその直後に自動車を通じて伝わり、身体全体へと流れてくる鈍い衝撃と音。そのすべてが女にとって悪夢であった。悪夢であってほしいと願った。しかし恐る恐る下車し衝突した物を見る。目が開いたまま頭から血を流し、時間が止まったかのように動かない男と細かい痙攣によって苦しそうな呻き声を上げている女を目撃した瞬間に恐怖と非現実感、責任感によって女はボンネットに凹みを残す車でその場からできるだけ遠くへと逃げるように走り去った。その三者は通りかかった男によって通報されることによって病院へと運ばれ死亡が確認された。田舎の交差点故に交通量が少なかったことが効いてしまった形である。最も轢き逃げが原因であるのは自明であろう。田舎には防犯カメラが少ないのか、この事件の犯人は捕まっていなかったのだ。それが男による高架橋下殺人で進展を迎えることになった。まず男は女とは知り合いではなかった。小学校の正門と裏門に設置されている防犯カメラから、男が女のあとを着けていたことが判明した。当初の検察側はこの事件をストーカー行為の助長による殺人事件の可能性があると考えていた。しかし、この男には妻がいたのである。5歳年下の妻は28歳と若い。動機にも筋が通らないこの状況に検察側の誰もが違和感を覚えた。それに男のたった一言の発言である。意味があるように思えて仕方がなかった。ただし、公明正大に真実を追い求めると決めた者たちの操作に揺るぎはなかった。そして、殺害された被害者である女の死因が()()()()()()()()()()。外傷が一切なく、内臓にも毒物を検出できなかったのである。これでは心臓発作などのような持病の可能性が候補に挙がってしまいかねない。そんなもの事件ではないのだ。他人に故意に危害を加えなければ人を殺めることなど不可能なのである。この調査結果によって検察側は渋々男を不起訴とした。妥当な判断である。しかし、翌月の事件によって再び男が目撃されることで事件の謎は深まる。そして何度も調査を行ったが、男の犯行とみられる証拠は見当たらなかったことで再び男は無罪放免となったのである。男はその際「罪人は成るべくして死んだ」と言い放った。この発言を信用できるはずがなく、調査を重ねるもののやはり証拠が出てこない。ただ、検察側は男の言い放った「罪人」が被害者に当たるものであると考えるとともに嫌な感覚に襲われた。急いで被害者側の過去の情報を再び捜査した。その結果、第一被害者である女が夫婦を轢き逃げした可能性があることが判明するのである。また、第二の被害者の男は遊びだったのか河川敷の雑草に放火し、近隣の住宅まで延焼させた疑いが浮かび上がって来た。偶然なのかどうかはわからない。ただあの男がかかわる事件に良いことはないということであろうか。調査を重ね精査した情報を遺族に開示し、打ちひしがれる遺族の様子に気の毒に思うこともあったが真実はいつもその者にとって良いものとも限らないのは古今東西より知られたこの世の獄といえよう。男の消息が絶えたことによって仮初の平穏は成立するのである。

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