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まぜもの妖談2 ~人の剣~  作者: 仲山凜太郎
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【五・侘乃住処】


 特養介護施設・侘乃住処は美味菜温泉のある鴨葱駅から急行で三十分ほどの距離にある煮込駅から、さらにバスで三十分ほどの場所にあった。開発の波は受けていないせいで鉄道はなく、バスが一時間二本の割合で通っているだけの小さな町である。

 その町の小さな川の畔に侘乃住処はあった。

「良く来たな。十何年ぶりか」

 笑う狭間の顔は以前と全く変わりなかった。背筋も伸びているし、せかせかしかような印象を感じさせる動きも以前と同じだ。しかし、その顔に刻まれた皺の数や、だいぶ白い物が混ざった頭髪が年月の流れを確かなものとしていた。

 狭間の部屋は一階にある八畳二間の和室だった。入り口脇は小さなキッチンになっており、簡単な料理ならそこで出来るようになっている。窓を開けると小さな庭があり、垣根の向こうの畑では青菜が風に揺らいでいる。ここの住人のものだ。

「長らくご無沙汰いたしまして、無礼をお許しください」

「かまわん。そうするように言ったのはわしだからな。それより久しぶりに四季堂の月餅にお目にかかったんじゃ。茶でも入れよう」

 狭間は笑ってポットを引き寄せ、湯飲みに紅茶を入れた。狭間は熱い紅茶で四季堂の月餅をつまむのが好きだった。器にはあまりこだわらないのか、寿司屋でもらったようなさかなへんの漢字が書き並べられた湯飲みで紅茶を味わうのも相変わらずである。

 湯飲みのお湯に紅茶のティーパックを上下に揺り動かしながら

「お前は今、何をしている。お前らしきものが韓国で跆拳道を習っているのをみたという人がいたが」

「それが私かどうかはともかく、跆拳道を習いましたのは事実です」

「そうか。せっかく人の何倍も寿命があるんだからな。いろいろ学ぶのは良いことだ。すると、今も世界を回って腕を磨いているのか?」

「今は高校生をしています」

 真顔で言う鞍馬に、狭間が大声で笑った。

「高校生か、それはいい。お前が出ればどんな大会も優勝できる」

「いえ、運動部には入っていません。新聞部です」

 鞍馬は今の自分がしていることを簡単に説明した。何もわからないまま思い出したまぜものたちを見つけ、保護する集団の一員として活動していること。思い出すのは精神的に不安定な時期が多いので、学校に潜り込んでいることなど。

「学園生活自体もなかなか楽しいものです」

「わしも夜間学校にでも行けば良かった。剣の修行ばかりで高校にもろくに行かなかったからな。お前はその姿で行っているのか?」

「まさか。十代の姿です」

 鞍馬の体が若返った。今、白無垢学園が活動している時の高校生の姿だ。狭間が感心したように手を打ち鳴らした。

「うらやましい話だ。ここは良いところではあるが、退屈でもある」

「しかし、先生は望んでここに来たのではありませんか。宝くじの一件はお孫さんから聞きました」

 参ったというように狭間は額を叩き

「みっともない話だ。まさか自分が金のことでここまで振り回されるとは思わなかった。それも大金を手にしてのことでな」

 月餅を二つに割ると口に入れた。月餅の餡は柿や杏を練り込んでいるものが多いが、四季堂では様々な果実を試しており、季節限定のような形で売っている。鞍馬が買ったのはマンゴーやマスカット、パイナップルなど様々な果実の餡を詰め合わせたものだ。

「いっそのこと丸ごと寄付しようか、生前贈与しようかと考えたこともあったが、やめた。確かに金を手にしたことでいろいろ困った連中が来るようになったが、それはそれで楽しかった」

「と言うと?」

「お前が去ってから、何人か入門者はいたが、免許皆伝まで行ったのは一人だけ。ここ五年ほどは誰も入門しなくなった。当然か、連盟にも入らず、いくら修行をしても大会には出られない。そんな道場に入ろうというやつはいやしない。わしが町内会に顔を出すようになったのも、暇つぶしというのが一番の理由だ。

 そんなだから、宝くじが当たっていろいろな連中が金目当てでやってくることに、腹は立ったが結構うれしかった。誰かが訪ねてくると言うことがこんなにうれしいものだとは思わなかった」

「そのようなものです。一人でいるのが好きという人はいても、ひとりぼっちでいるのが好きという人はいないでしょう」

「そうだな。そして怖くなった。金がなくなったら、金を出さないと思われたらまた誰も来なくなるとな」

「金を与え与えず、止めようとしたのですか」

「情けない話さ。だが、それも疲れた。だからここに入った。息子たちがわしを見捨てない程度の金を持ったままな」

 鞍馬はじっと狭間を見ていたが、姿勢を正すと深々と頭を下げた。

「申し訳ありません。先生がそのようなときに、弟子である私は何もせずにいました」

「なぜ頭を下げる。おまえは悪くない」

「いえ。私は先生が苦しんでいるときになにもせず、自分が苦しいときに先生を頼ろうとしていました」

「どういうことだ?」

 鞍馬は自分がなぜここに来たのかを語った。

「私はここ数年、勝ち続けていたが故に大事なことを忘れていました」

 神妙に語る鞍馬を狭間は見、そしておもむろに笑い出した。

「なんだ、そんなことで落ち込んでいたか」

「そんなこととは」

「そんなことだ。だいたい、お前は今回、その尾似島とやらに負けたことでさらに先に進む道が見えただろう。

 考えてみろ、負けたと言うことはお前の道にはまだ先があり、その先を進んでいるものがすでにいると言うことだ。

 お前は負けたがまだ生きて、しかも五体満足だ。これはその先に進める体があると言うことだ。

 そしてお前はわしに活を入れてもらいに来た。何のために? その先に進むためだろう。そしてお前は負けることが誰かに悪い影響を及ぼしかねないことを改めて知った。同じ過ちを繰り返さないために心がけが生まれた。

 どうだ、お前が落ち込むような悪いことがどこにある?」

「それは……」

「負けることのどこが悪い。負けを恥ずかしいと思って目をそらしたり理屈をこねて認めようとしない奴らの方がよっぽど格好悪い。それに誰でも勝ったり負けたりで先に進むものだ。勝ちっ放しではうぬぼれる、負けっ放しでは卑屈になる。勝ったり負けたりがちょうど良い。ただし、負けても死なないことが前提だがな」

「はぁ」

 鞍馬は困ったように頭をかいた。活を入れてもらうつもりが持ち上げられるとは予想外だ。

「お前は烏天狗としてはまだ若造なのだろう。若い内は傷つきながらぶつかり続けた方がいい。わしはもう駄目だ。ぶつかったらそのまま砕けてそれっきりになる」

「そんなことは……」

 鞍馬は否定しようとしたが出来なかった。目の前の狭間から感じられる気は、かつて彼が教えを請うていた頃に比べると確かに弱く感じられた。

 美味い言葉が出てこず、唇を蠢かす鞍馬を前に、狭間は紅茶のおかわりを作りつつ

「おまえに頼みがある」

「何でしょう?」

 姿勢を正して鞍馬は見据えた。先ほどとは狭間の口調が違う。

「わしは次の日曜、真剣勝負をする。おまえにその立会人を頼みたい」

「真剣勝負というと?」

「文字通りだ。負けた方が死ぬ。おそらくわしが負けるだろう」

「先生!」

 怒ったように身を乗り出す鞍馬を狭間は制し、

「相手は、かつてのわしの弟子だ」

 鞍馬は言葉を失い。そのままもう一度座り直した。その態度に狭間は満足げに頷き

「名を(みやこ)慎太(しんた)という。年はそう、今は二十七か八になっているだろう」

 目を閉じ、狭間は当時のことを思い出していた。


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