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まぜもの妖談2 ~人の剣~  作者: 仲山凜太郎
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【四・師の行方】


 彼女が鞍馬を案内したのは、駅前の「山菓」というログハウス風の喫茶店だった。無骨なコンクリートの建物の並ぶ中では、丸太作りの家は嫌でも目についた。外だけではなく、中に入ると床や天井はもちろん、椅子やテーブル、カウンターに至るまで全て木造で、店内はほのかに木の香が漂っていた。

 店内は半分ほど客で埋まっていたが、鞍馬と今日華はうまく窓側のテーブルに座ることが出来た。お勧めと言って案内してきた割に、今日華は目を輝かせて店内の飾りなどを珍しげに見回している。まるで初めて来た店のように。

 その訳はメニューの値段を見てわかった。中学生が小遣いで食べるには酷な数字が書かれている。そして今日華は、一番高いベーグルのモーニングセットを頼んだ。鞍馬も同じものを注文する。

「それじゃまぁ、おごってもらうんだし」

 と今日華は手提げ袋からパンフレットを取り出した。隠居所「侘乃住処」という、いわゆる有料老人ホームというやつだ。

「別に体を悪くしたわけじゃないんだけど。そこでのんびり隠居しているわ」

 パンフレットをめくると、高級感溢れた設備の様子が写真で紹介されている。各部屋は基本個室で職員は皆介護資格持ち。食事も専用の料理人が一人一人に合ったものを調理してくれる。

 記載されている住所を見て鞍馬は驚いた。そこは美味菜温泉のある鴨葱駅と夏河岸駅のほぼ中央に位置していた。つまり彼は狭間のいる場所を通り過ぎてきたことになる。それだけではない。パンフレットの表紙を飾る建物を、彼は列車の窓から見た記憶があった

(この距離なら飛んでいけば十分程度でつきますね)

 苦笑いしつつ最後のページに記載されている料金を見て鞍馬は驚いた。

「これは、親族の方が費用を負担されているのですか?」

「まさか。お爺ちゃんの自腹」

「しかし、先生がそれほど裕福だったとは思えません。道場を壊してあのマンションを建てて、その家賃収入で?」

「違う違う」

 笑いながら今日華は首を横に振り

「説明するから、ちょっと聞いてて」

 そこへ注文したモーニングが運ばれてきた。値段は高いが味もそれに見合うものだった。そのせいで今日華の話は度々中断されたが、要約すると以下のようなことだった。


 鞍馬が出て行った後も狭間は細々と道場を続けていたが、入門する人はほとんどなく、たまにいても長続きしなかった。それでも庭の野菜と知り合いの剣道場から依頼される指導の代役、剣道大会の審判なども行い、何とか生活は出来ていたらしい。

 変わるきっかけになったのは二年前。町内会の夜回りで当番の時、つきあいで宝くじを買ったことだった。ただのつきあいで欲もなしに軽い気持ちで買ったのが良かったのだろうか、狭間の買ったくじは見事一等に当たった。数字を選ぶ方式のロト7というやつで、キャリーオーバー発生中とかで当選金は約八億円。

 さすがの狭間も唖然としたが、これで生活費の心配はなくなったと安心もした。

 しかし、安堵は三日と続かなかった。つきあいで買ったせいもあり、狭間が八億当てたということはすぐに町内中に知れ渡った。

「お大尽。飯でもおごれよ。悔しいから高いもの食ってやる」

 最初寄ってきた人は笑いながらそう言った。狭間もそれぐらいは気にしないし、厄落としにちょうど良いと思ったぐらいだ。これだけの金、どう使ったら良いかわからなかったこともある。

 それが次第に洒落にならなくなってきた。借金を申し込むもの、投資を持ちかけるもの、寄付を求めるもの。その人たちは、最初こそ低姿勢だったが、次第に狭間は金を出すのが当然という態度を取り始め、ついには脅迫めいたことも口にし始めた。そしてとうとう、最初に宝くじ購入を言い出した男が

「俺が言い出さなかったら、お前はくじを買わなかった。当然当たることもなかった。だからお前が一等当たったのは俺のおかげだ。八億の半分は俺に権利がある」

 と言い出した。

(金は魔物と言うが……)

 つくづく狭間は嫌になった。寄ってきたのは近所の人達だけではなかった。別れてから音信不通になっていたかつての妻と子供がひょっこり戻ってきて、これまでにかかった子供の養育費から精神的苦痛に伴う慰謝料を要求した。

 それを受け入れる形で、狭間は道場の土地をそっくり妻や息子たちに譲り渡し、マンションの建て替え費用も全て持った。それとは別に一千万ほど渡した。

「ここまでだ。これ以上はびた一文やらん。欲しければわしが死ぬのを待て」

 そして自分で探してきた施設に入った。それが隠居所「侘乃住処」である。

 それが半年前のことだった。


「なるほど、君のお母さんは、私を先生の幸運を知ったかつての弟子が金の無心に来たと思ったわけですね」

 モーニングセットを食べ終え、コーヒーを味わいながら鞍馬は頷いた。あまり好きでないコーヒーをおかわりするほど、ここのは美味だった。

「そうそう、お爺ちゃんが隠居してからも寄付してくれとか良い儲け話があるとかいう連中が来るのよ。ま、さすがに最近は減ったけどさ」

 今日華はデザートに頼んだプリンを口に運んではにやけている。ここのプリンは地元では結構評判が高い。ただし値段も高い。

「お爺ちゃんも、そういう連中をお母さんたちに引き受けさせているのよ。もしわしの所にそういう連中が押しかけてきたら、残りの財産は全部どこかの団体に寄付するぞ! って脅かして。あたしも詳しい金額は知らないけどさ。なんでもまだ二億だか三億だか残っているみたいよ。いずれお爺ちゃんが死んで、財産を相続するためにも、寄付なんかされたら困るのよ」

 あそこまで今日華の母が自分に敵意をむき出しにしてきたかがようやくわかり、鞍馬は苦笑いした。

「でも、そうするとどうして君は私に声をかけたんですか?」

「鞍馬義経って名前に興味があったんだ。お爺ちゃんから何度も聞いていたから。自分の弟子の中で一、二を争うって」

「悪い気はしませんね」

「だからさ。そんなお気に入りの鞍馬さんが訪ねてきたんだから、ちょっと声をかけても良いかなって。あたしもお爺ちゃんにはいろいろ買ってもらったしね」

「おいしいものにもありつけそうだし。ですか」

「気にしない気にしない。ギブアンドテイクってやつよ」

 軽く笑うその顔は、それ自体を楽しんでいることが良く感じられる。

「ま、当人たちにはいろいろと複雑な大人の事情ってもんがあるのよ」

 妙にわかったように頷く彼女の姿に、鞍馬は笑いそうになった。

 店が混み合ってきたので、鞍馬たちは店を出た。とは言っても話が終わることはなく、駅前広場に向かう。そこではフリーマーケットが開催されており、広場はビニールシートを広げたお店で賑わい、古着から自作のアクセサリーなど様々なものが売買する声が辺りを駆け回っている。

 広場の隅にベンチに二人は腰を落ち着けると、話の続きに入る。二人の手には売店で買ったクレープがあった。もちろん鞍馬のおごりである。鞍馬に好き嫌いはない。むしろ人の作った料理にも興味があり、話題になった食べ物があると積極的に試してみる方だ。

「実際お爺ちゃんも父さんたちを今までほったらかしにいてきたのが後ろめたかったんじゃないな。いろいろおねだりしていく内に、愚痴をこぼすようになったから」

「先生が愚痴をこぼすなんて相当ですよ」

 クレープからこぼれそうになったクリームをすくうようになめる。今の鞍馬は三十過ぎの外見をしているだけに周りの女の子には引くのもいたが、今日華は気にしていない。

「でもさ、ただの愚痴ならまだ良いよ。同情を引こうとするのか、お爺ちゃん見え透いた嘘まで混ぜるんだもん」

「ちょっと待ってください。先生は同情欲しさに嘘をつく人ではありません」

「本当よ。酔っ払ったときだけど、馬鹿なこと言うのよ。わしは天狗に剣を教えたことがあるって」

 思わず鞍馬が吹き出しそうになってむせた。

「て、天狗にですか」

「そう。天狗と言っても烏天狗だけどね。天狗に剣を習った人は何人かいるが、天狗に剣を教えた人間はわしぐらいだって。いくら酔っててもそれはないって」

 笑う今日華に、鞍馬は引きつった笑みを返すしかなかった。

「全く、先生もしようがない」

 食べ終えたクレープの包み紙を丸めた鞍馬は。それを離れたゴミ箱に放り投げた。加減を間違えたのか、投げた紙玉はゴミ箱から外れていく。

「ハズレ」

 と笑いかけた今日華の表情が固まった。ゴミ箱から外れたはずの紙玉は、重力に逆らうように上ると軌道を変え、そのままゴミ箱に飛び込んだ。

「あれほど他言は困るとお願いしたのに」

 今日華が鞍馬を見た。頬が引きつっている。

「このパンフレットはいただいていきます。それでは私はこれで失礼します」

 軽く一礼した鞍馬の体が烏天狗へと変化した。そのまま翼を広げ大空へと飛び立っていく。

「あ、ああ……」

 震える今日華の手が食べかけのクレープを握りつぶし、そのまま腰を抜かしたようにベンチからずり落ちた。パンツが丸見えになったが、それを隠す余裕など無かった。

 一方。侘乃住処にむけて飛びながら鞍馬は反省していた。

(私としたことが……)

 妖力で身を包んでいたから今日華以外の人間に自分は見えなかったはずだし、カメラにも写っていないはずだ。

 それでもやはり彼女にこの姿は見せるべきではなかったと反省した。いくら自分の存在を見え透いた嘘だと笑われたとしても。


 鞍馬が自分の正体は烏天狗であることを狭間に告げたのは、花鳥風月流の免許皆伝の日だった。それは彼と狭間の別れの日でもある。鞍馬は自分が烏天狗であることを語らないまま狭間に剣を習ったが、それは次第に彼にとって重荷になっていった。

(私は先生を騙している)

 という考えが常に心のどこかにあった。そして騙したまま免許皆伝となって狭間の下を去ろうとしていることに抵抗があった。

(しかし、だからといってどうしようもない)

 このまま押し通すしかないと覚悟を決めて迎えた免許皆伝のその時、今までのお礼を述べ、深々と頭を下げた鞍馬に、狭間は珍しく口を渋らせていた。

「鞍馬、お前を免許皆伝とするに当たって、ひとつ聞いておきたいことがある。いやなに、わしの馬鹿げた妄想と笑ってもよい。わし自身、馬鹿げた考えだと思っている」

「何でしょうか?」

「お前……人間ではないな」

 あっさり言われ、鞍馬の体が固まった。

「お前がわしの所に入門して十年。住み込みの弟子として、寝食を共にしてきたわけだが……うまく言葉には出来んが、おまえさんから感じる空気がな、どうも人間とは違うような気がしてならんのだ。そして、とうとう今日になるまでそれを振り払うことが出来なかった。

 で、どうだ鞍馬。お前は人間か?」

 紅茶をすすりながら柔らかな目を自分に向ける狭間を見たとき、鞍馬はわかった。

 狭間は、自分で馬鹿げた考えだと言いながら、それを確信している。

 鞍馬は迷うどころか、ほっとしたような気になった。

「先生」

 鞍馬は改めて頭を下げた。

「長い間、騙して申し訳ありませんでした」

 頭を上げると同時に、鞍馬は烏天狗の姿へと戻った。自分の意思で人にこの姿を見せるのは初めてだった。

 狭間は目の前の烏天狗の姿に目を丸くしたが、それは驚きと言うより楽しげなものだった。

「烏天狗か。いや、これはまいった」

「いかにも。私、鞍馬山にて生を受けました生粋の烏天狗でございます」

「では、鞍馬義経というのは」

「それは本名です。名付け親となりました烏天狗が人間びいきでして、かつて人でありながら天狗の剣を学び、人の世に名を馳せた源義経よりとりました」

 鞍馬は一日かけて狭間に自分たちのことを語った。妖に起こった異変やまぜものについても。

「いや、妖の世界でそんなことが起こっていたとは。だが、わしにとっては関係ないな。一人の烏天狗がわしの生み出した花鳥風月流剣術に惚れ込み、学び、そして会得した。それだけだ。それだけで充分だ」

 そして狭間は笑って花鳥風月流免許皆伝の証を鞍馬に託したのだ。

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