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まぜもの妖談2 ~人の剣~  作者: 仲山凜太郎
3/12

【三・時の流れ】


 狭間の道場があった夏河岸(なつかし)は、鴨葱駅から急行で一時間半の距離である。もっとも、烏天狗になって飛べば30分とかからない。

 なのになぜわざわざ鞍馬が鉄道を使ったかというと、やはり嫌なことは先延ばしにしたいという気持ちが働いていたのかも知れない。

 というのも、20年ぶりに狭間に会いに行く理由が

(先生に喝を入れてもらいたい)

 からである。

 そう思った原因は、先日の尾似島雷との戦いである。戦いそのものは鞍馬たちというより、高尾山太郎の勝利と言って良い。サキュバスの羽宇・クレーバーを倒し、尾似島にも多大なダメージを与えた上で退かせ、桜島瑞雪を取り返した。しかもその際に瑞雪が燃え女であることも思い出すというおまけ付きで。

 しかし、その中において行われた鞍馬と尾似島の戦い。これは鞍馬の負けだった。しかも尾似島は事前に高尾と戦い、傷ついていたのである。それでも負けた。

(何のための修行だったんだ)

 天狗流と花鳥風月流の剣術、さらには跆拳道(てこんどう)を学び免許皆伝となった。でも負けた。

 負けたことが苦しいのではない。鞍馬は過去何度も負けている。剣と跆拳道の足技をうまく使えば隙のない戦いが出来るはずだった。しかし実際は二つの技術をうまく使えず、どっちつかずの戦いになってしまい連戦連敗、三十七連敗を喫し、天狗仲間から人に弟子入りして弱くなったと笑われた。実際、当時の自分を思い返す度に鞍馬は「あの頃の自分の戦い方はひどかった」と自己嫌悪する。やっとうまく技術を融合してうまく戦えるようになったのはここ数年ほどだ。

 だから負けたこと自体はそれほど苦しくはなかった。しかし、誰もそのことを責めなかったのは堪えた。特に先の戦いは瑞雪の人生を変える戦いだったのだ。練習試合で負けるのとは訳が違う。

(失敗しても叱ってくれる人がいないというのは、寂しいものだ)

 鞍馬を乗せた列車は、まもなく夏河岸に着こうとしていた。


「えらく変わりましたね」

 夏河岸駅には大きなビルがいくつも建ち、通りにはお洒落な店が並んで開店準備をしていた。駅前の掲示板には、今日、駅前広場でフリーマーケットを開催するとしてある。

 鞍馬の知る夏河岸の町はある程度栄えてはいたが、古さと懐かしさが一緒くたになったような町だった。乱雑に並んだ商店。ちょっと道を外れればまだまだ土がむき出しになっている道。元号は平成なのに、まだまだ昭和の文字が似合いそうな、開発が周回遅れの街。

 もっとも、街がそのまま取り残されたままのはずはなく、再開発でがらりと雰囲気が変わっても当然かも知れなかった。

 記憶に従い商店街を進んでいくと「四季堂」という菓子屋が見えた。改装したらしく店構えは新しくなっていたが、店の前には覚えがある。修業時代はここでよく茶菓子を買ったものだ。そこで鞍馬は手土産を買い、

(先生の道場がまだあれば良いですけど)

 記憶に従い歩いて行った。狭間は生きていれば六十才を過ぎているはず。剣術家としては引退していてもおかしくない。誰かが跡を継いでいれば良いが、彼の道場の閑古鳥ぶりは鞍馬もよく知っている。

 鞍馬が狭間に弟子入りしていたのは十年ほどだったが、一番多いときでも門人は彼を入れて四人だった。空いている庭を使って作物を育てたり、狭間と一緒に内職をしたりして何とか食い扶持を稼いでいたのだ。しかも彼が免許皆伝となって狭間の下を去ったとき、門人は彼しかいなかった。自分が出て行けば狭間一人だけになってしまうと彼は何度も出て行くのをためらったが、

「人は他人と触れあってこそ成長するものだ。ここでわしの道場に留まっていては、お前の先は無いぞ。それにだ鞍馬、お前はわしを超えてわしの先を行こうとしている。わしを見ると言うことは、足を止め、振り返ることだ。たまにはそれも良いが、今はその時ではない」

 と追い出すように狭間が叱咤した顔を、今でも鞍馬は覚えている。それ故に今まではその後の狭間を気にはしても、あえて会いに行かなかったのだ。それを鞍馬は今、少し後悔している。

「これは……」

 道場のあったところは四階建てのマンションに変わっていた。入り口を四十過ぎと思われる女性が掃除をしている。髪が少しパーマがかっており、何だか神経質そうな目をしている。着ているジャージの胸に「狭間コーポ」と縫われていた。

 建って間もないのか、建物自体は小綺麗なのだが、それが却って昔との決別に見えて鞍馬は肩を落とした。

「やはり、道場は閉じてしまいましたか」

 しかし、玄関に「狭間コーポ」とあるのを見て鞍馬はほっとした。

(道場を閉じて、マンションを建てて隠居生活を始めたのかも知れない)

 だが、鞍馬の記憶にある狭間道場の経済状況では、とてもマンションを建てられるとは思えなかった。土地だけはあったから、それを売ったのかもと考えたが、見た限りこのマンションの敷地の広さはかつての道場と変わりない。

 若干の不安を持って

「失礼します。マンションの管理をしている方ですか?」

 仕事の邪魔をして申し訳ないというような雰囲気で鞍馬がパーマの女性に声をかけた。

「そうですけど、どちら様ですか?」

 女性は明らかに警戒の目を鞍馬に向けてきた。

「鞍馬義経と申します。こちらは狭間桐人という方が剣道の道場を開いていた場所だと思ったのですが、道場はなくなってしまったのでしょうか?」

 女性は訝しげに鞍馬を見据え

「父はおりませんが、どのようなご関係ですか?」

「先生のご子息の連れ合いですか」

 狭間に息子がいるという話を鞍馬は聞いたことがあった。しかし、剣術の修行にかまけて仕事もろくにせず、疲れた妻が息子を連れて出て行ってしまったと言う。その時、狭間は悲しむどころか、これで心置きなく剣に打ち込めると安堵したという。ここにいるということは、自分が出て行った後によりが戻ったのだろうかと鞍馬は勝手に推測した。

 その鞍馬の子息とか連れ合いという言い方に、女はおかしいのか軽く笑う。しかし、それでもどこか警戒するような目は変わらない。

「私、以前狭間先生から剣を習っておりました。だいぶご無沙汰しておりましたが、先生はお元気でしょうか」

 途端、女性が軽蔑の目で鞍馬を見、鼻で笑った。

「父はいません。お帰りください」

「お留守ですか? それとも別の場所に住まわれて」

「帰ってください。あんたに分ける金はありません」

 嫌悪を隠そうともしないその言い方に、鞍馬の方で面食らった。

「金を分けるって、私は別に金の無心に来たわけでは」

「そんなこと言ったって騙されませんよ。ちょっと知り合っただけの人間が次々とやってきて出資してくれだの良い儲け話があるだの。さっさと帰ってください!」

 その剣幕に何を言っても無駄だと感じた鞍馬は、一礼してマンションから逃げるように離れていく。

「なんなんですか一体?」

 マンションのすぐ前にある小さな公園のベンチに腰を下ろし、鞍馬は改めてマンションを見上げた。最初見たときは変わりように驚いたものの、

(それでもここがあの場所だ)

 と思うことが出来た。しかし、今はこの場所は全く自分とは関係の無い場所であるかのように見える。

 玄関口では、まださっきの女性が見張るように鞍馬を睨み付けている。

(甘えるなと言うことか)

 娘と思われる彼女の言い方からして、狭間はまだ健在らしいとはわかったが、どのような状態なのかが気になった。いないというが、本当に留守なのか、誰にも会いたくないから留守と言うことにしているのか。

 一目でも会っておきたいと思う反面、会わずに帰った方が良いとも思われる。

(いや、未練がましい真似はよしましょう)

 大きく首を横に振ると、鞍馬は帰ろうと立ち上がった。

 最後にもう一度だけマンションを見ると、2階の非常階段の踊り場に女の子が立っていた。サイドテールに髪をまとめ、眼鏡をかけた中学生ぐらいの女の子だ。携帯電話で誰かと話している。

 玄関口では相変わらずジャージ姿の女性が彼を睨み付けている。通報されそうな目つきに、鞍馬は諦めて駅に向かって歩き始めた。

 狭間コーポが見えなくなった頃、

「ちょっとそこのおじさん!」

 先ほどのサイドテールの女の子が手提げ袋を持って走ってきた。

「ちょっと確認したいんだけど、おじさんの名前、教えてくれない?」

「鞍馬義経です。時代がかってますが本名です」

「本当?」

 音の子はいぶかしげに鞍馬を見上げ

「お爺ちゃんから聞いた鞍馬義経って、今は四十才過ぎてるはずだけど。どう見てもそうは見えないんだけど」

「よく言われます。私は若く見られるんです。実際の年齢はしっかりおじさんしていますよ」

 鞍馬の実年齢は六十才だから、おじさんどころではない。しかし烏天狗の六十才は人間年齢に換算すれば二十才前後である。

「ふーん。そういうか」

 いじわるそうに笑う女の子に

「それと、できればあなたも名乗ってほしいのですが?」

 言われて彼女はまだ名乗っていないことを思い出したらしい

「狭間今日華。十五才の中学三年。狭間桐人はあたしのお爺ちゃん。さっきおじさんがお母さんに話しかけていたのをたまたま聞いちゃってさ」

「だったらその時顔を出してくれれば良かったのに」

「まあまあ、あたしもお爺ちゃんに確認したくてさ」

 先ほど携帯電話で話していた相手は狭間だったらしい。

「はい。ここで本人確認クーイズ! お爺ちゃんは、鞍馬義経について。あいつの作る●●は絶品だと褒めていました。さて、●●とは何でしょう!? 制限時間あと十秒! 九、八」

 指さされ、鞍馬は困ったように息をつく。

「五、四、三……」

「ホットケーキ。最近はパンケーキというのですか。薄く焼いてクリームやフルーツなどをトッピングするのではなく、厚めでシンプル。バターとシロップだけのものです」

「正解!」

 拍手が送られる。

 狭間は洋食派で、朝はごはんと味噌汁よりもトーストとサラダ、ハムエッグという日が多かった。食事を作るのは住み込みの弟子である鞍馬の仕事で、彼は修行中に洋食の作り方を一通り覚えてしまった。ホットケーキは三時のお茶用に覚えさせられたものだ。

「絶品と言われるほどではありません。粉だって市販のホットケーキミックスですし」

「でもお爺ちゃんすごく褒めてたわよ。とにかく、あんたを本物の鞍馬義経と認めてあげる」

 やれやれと鞍馬は肩を落とし

「私が偽物だったら先生は一目で見破ります。それで、先生のお孫さんが私に何のご用でしょうか?」

「ご用ってほどじゃないけどさ。おじさん、お爺ちゃんのこと知りたいんでしょ」

「それはまぁ、ずいぶんとご無沙汰していますから」

 言いつつ、鞍馬は今日華が何か期待してる目で自分を見つめているのがわかった。

「立ち話も何ですから、どこか手頃な店にでも入りませんか。ただ、すっかり変わってしまい、この辺はよくわかりません。ですからあなたがおすすめのお店があればそこで」

 途端、今日華は笑みを浮かべ

「そう。じゃあお言葉に甘えて。駅前に良い店あるんだ」


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