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まぜもの妖談2 ~人の剣~  作者: 仲山凜太郎
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【十二・鞍馬対京】


 翌朝、狭間と鞍馬は六時前に侘乃住処を出た。職員たちには

「ちょっと鞍馬と稽古をしてくる」

 と言ってある。

 京が指定した勝負の場所は、ここから歩いて二〇分ほどの所にある土奈部川(どなべがわ)の河原だった。そこまで二人はのんびりと歩いた。初夏に入ろうとするこの時期の風を受け、狭間は顔をほころばせた。

「わしのような年寄りにはちょうどいい」

 二人の姿は、どう見ても朝の散歩を楽しむ祖父と孫である。しかし、二人が手にしている杖はどちらも刃が仕込んである。

「先生、何だか楽しそうですね」

「そう見えるか」

 鞍馬は頷いた。

「わしも剣士だな。剣で命のやりとりをするとなると血が騒いできた。この前お前が訪ねてきたときは、このまま倒れるのも良いと思ったが、今はもうちょいあがいてみたくなった」

「良いことです」

「そうか」

 狭間は声を上げて笑った。

「でも先生、お約束を忘れないでください。京がまぜものならば、彼の相手は私がします」

「わかっている。だが困ったな。そうなるとわしが戦う場合、お前より強い相手と戦うことになる。わしに勝ち目はないぞ」

 しかし、狭間はちっとも困った顔をしなかった。


 河原には一台のライトバンが止まり、京はその屋根で胡座をかいていた。

「先生、逃げずに来ましたね」

 そのまま隣の鞍馬に視線を移し

「助っ人ですか?」

 京は顔をしかめた。美味菜温泉で度々受けたあの感じを、鞍馬からも受けたのだ。それがどことなく不愉快だった。

「鞍馬義経と言います。京槙太さんですね。お話しは先生からいろいろお伺いしました」

 前に出て鞍馬は軽く頭を下げた。

「今日華さんは車の中ですか」

 京は屋根から降りると、ライトバンの後ろを開けた。

 そこに今日華はいた。後ろ手に縛られ、両足首を結ばれ、猿ぐつわを噛まされて転がされていた。眠っていないのか顔がやつれている。

 狭間と鞍馬の姿を見て、涙でしょぼしょぼした目に力が宿った。何か言おうとしても言葉にならず、ただ嗚咽するだけだ。

「わしは来た。すぐに今日華を自由にしろ」

「決着がついてからです。ご心配なく、どっちが勝っても解放されますよ。さあ、始めましょう」

 狭間と対峙するが、その手に得物はない。

 杖を構える狭間。彼に背を向ける形で鞍馬が割り込んだ。

「先生、約束です」

「やはりそうか」

「はい。こいつは」京を見据え「人間ではありません」

 見据える鞍馬を京は見返し

「あなたもね。そこのお孫さんが言ってましたよ。鞍馬義経、先生の弟子で実は烏天狗」

 呆れたように鞍馬は今日華を見た。

「そういえば、あなたに口止めするのを忘れていました。まあ、言ったところで誰も信用しないとは思いましたけどね」

 言いながら鞍馬は烏天狗に戻った。

「あなたはどんな姿なんですか?」

 京が含み笑いながら人の姿を止めた。両腕の肘から先が刃となった餓鬼の姿。

「餓鬼と……かまいたち……ではないですね。刀の付喪神のまぜものですか」

 鞍馬が身構えた。

「先生の前に、私がお相手します」

「いいよ。そんなに先生を守りたいならね」

 京はあざ笑った。

「それもありますが……一つ確認させてください。先週、美味菜温泉で従業員を傷つけたのはあなたですか?」

「美味菜温泉? ああ、鴨葱駅前の温泉。そうだよ、それがどうかした」

「あの時あなたが斬った女性に謝罪する気持ちはありませんか?」

「ないよ」

「微塵もですか」

「しつこいな。ああ、もしかして、あの従業員は君の彼女なの。ごめんね、殺しちゃって」

 ケラケラ笑う京に鞍馬は静かに

「死んでいません。生きてます。あなたを助けたいと言ってました」

「げっ」

 嫌悪を隠すことなく京は声を吐き

「私は優しい女ですってわけ。気持ち悪いよ」

「気持ち悪いですか」

 言いながら鞍馬は人の姿となった。仕込み杖をベルトに差し刃を抜く。

「烏天狗で戦わないの?」

 鞍馬は応えない。無言のまま刀を腰に構える。

「おい」

 京が苛立ちの声を上げた。まぜものは本来の姿になってこそ、その力を完全に発揮する。鞍馬が人の姿で戦うということは、本来の半分ほどの力で戦うということである。それは京にとって「舐められた」ことになる。

「烏天狗に戻れよ。馬鹿にするな」

 が、鞍馬は黙って脇構えの姿勢を崩さない。狭間がゆっくりと二人から離れる。

「何とか言えよ!」

 一気に京が弾かれるように跳躍した。

 鞍馬の斜め上を飛び越しざまに腕の刀を振るう。今まで何度も人の命を奪い、明子を切り裂いたあの剣だ。

 だが、鞍馬は体をひねると京の切っ先をやすやすと躱した。

「ん?!」

 もう一度跳躍からの袈裟懸けに入る京。鞍馬はそれを躱しざま、刃をすくい上げるように振るう。

 それを空いた方の腕で弾いて着地した京は、驚いて鞍馬と向き合った。

 鞍馬の構えは青眼に変わっている。

「さすが助っ人を買うだけはあるね。けれど……僕を馬鹿にするなーっ!」

 京が両手の刃を構えた。左右の腕それ自体が刀になっている京は、いわば生まれついての二刀流だ。

「うりゃーーぁ!」

 叫びと共に京が挑む。左右の腕の刃を次々繰り出すが、鞍馬は風に揺らぐ柳のようにゆらりゆらりとそれらを躱していく。

 京が更に速度を増して激しく攻める。

 鞍馬もさすがに躱しきれなくなり剣で受ける。受けた衝撃で一瞬動きが止まったところへ、

(勝った!)

 京のもう一方の刃が襲いかかる。が、それに合わせて動いた鞍馬の足が京の刃の肘を蹴り、間髪入れず顎も蹴り上げ、更に側頭部に回し蹴り!

「げぶっ」

 無様に倒れた京に鞍馬の刀が追い打ちをかける。が、京は大きく後ろに跳躍して間合いを外した。

「足技……」

 京は鞍馬が跆拳道(てこんどう)の使い手であることを知らないだけに今の蹴りは予想外だった。

 しかし、もう同じ手は食わないという笑みで京は立ち上がる。

 二人が戦っている間に、狭間はライトバンに駆け寄り、

「今日華、大丈夫か。怖かっただろう」

 彼女を縛る紐を切ると、彼女の自由になった手をさすってやった。手首にはっきり縛られた跡が痛々しい。

 たまらず今日華は泣きわめき、狭間にしがみついた。絶対に放さないとでもいうように狭間の服を固く握りしめる。

 その様子をうかがいつつも、京は目の前の鞍馬から目を離さなかった。予想外の強敵にわずかでも隙を見せたら斬られるという緊張感が、十数年ぶりに彼を包んでいた。

 狭間に支えられてライトバンから降りた今日華が京の姿に怯えるのを

「安心しろ」

 彼女を守るように立つ狭間が言い聞かせるように言った。

「鞍馬が勝つ」

 その言葉に京の心が激しく揺さぶられた。

「僕が負けるって言うんですか」

 京の表情が強張り、言葉が震えた。

「僕はですね。思い出してから一度も負けなかった。ずっと勝ち続けてきたんだ!」

「だから……」

 鞍馬が戦いが始まって初めて言葉を発した。

「……君は弱い」

 両腕の刀を振り回かざして京は鞍馬に突撃した。今までとは違う、突撃の勢いを込めた渾身の一撃、刀で受けてもその刀ごと両断するつもりだ。

 その勢いに合わせて鞍馬が八双に構えた体を少し左にずらしつつ右足を上げて一本足になるつつ、京の一撃を右に伸ばした刀で受ける。受け流しではない、あえて彼の一撃を全て刀で受け止めるように。

 受けた衝撃に弾かれるように鞍馬の身体が左足を軸に独楽のように回る。一回転した目の前には突撃の勢いですれ違った京の背中。それをめがけて回転の勢いをそっくり乗せた一撃を振るう!

「!?」

 その動きを瞬時に察した京が振り返り様刃で受けようとするが遅い。鞍馬の刀は彼の右足を切断、返す刀で振り返ろうとする彼の左腕を斬り飛ばす!

 右足と左腕を失った京は地面に血をまき散らしながら転がった。

「そこまでだな」

 切り口から噴き出す血だまりにもがき、ほとんど動けない京に狭間が歩み寄った。それでも仕込み杖を手に油断はしない。

「何ですか……今のは……」

「花鳥風月流・つむじの型」

 相手の剣をわざと受け、その勢いで一回転、すれ違った相手の背後を攻める技である。相手が全力で突進してきたとき、受けた勢いだけで一回転しなければならず、しかも一瞬とは言え相手に背中を見せるのだ。「考えたは良いが、実際に使うには条件が多すぎる」と狭間自身も苦笑いする、はずれの型のひとつである。だが、鞍馬はそれを見事に使って見せた。

「そんなものは教わっていない」

「当たり前だ。お前は基本の型を、それも半分程度教わっただけで来なくなったからな」

 京自身の血だまりの中、彼の全身から力が抜けて人の姿へと戻っていく。それでも立ち上がろうというのか、何とか動く右腕で体を起こそうとしたとき

「そいつ銃を持ってる!」

 今日華の声が響いた。同時に京が懐から拳銃を取り出す。

 鞍馬と狭間が同時に動いた。

 銃を構えようとした京の右腕を鞍馬が斬り飛ばし、狭間の剣が京の首を切り裂いた。

 首を半分切られた京は血を吹き出しながら地面に倒れ、そのまま死んだ。

「……剣士として死ぬことすら出来ないのか」

 狭間は拳銃を握ったまま鞍馬に切り落とされた腕を睨み付けた。

 鞍馬が刀を納め、頭を軽く下げた。

「先生、お見事です。私が出なくてもこの男に勝てたのではありませんか」

「馬鹿を言うな」

 狭間が苦笑いして

「一太刀だからだ。斬り合いになれば一分と持たず息が上がって斬られただろう。それにしてもお前、最後まで急所を狙わなかったな」

 京の死体を見た。鞍馬の狙いは手足に限られていた。

「こいつがなかなかやるので、急所を狙う余裕がありませんでした。私もまだまだです」

 鞍馬は微かに申し訳ない顔をした。それを見て狭間は、戦いの前に鞍馬が口にした、京を助けたいと言う女のことを思い出した。

「どうしました?」

「いや、何でもない」

 言いかけた口を狭間は止めた。野暮だと思ったからだ。

「それよりお孫さんを連れて一足先にお帰りください。私はこの死体と車を始末します」

「そうしよう」

 今日華の下に行きかけた狭間の足が止まる。

「そうそう、もう一つだけ聞かせてもらおう。どうして烏天狗として戦わなかった? 妖力を使えばもっと楽に勝てただろう」

 その質問に、鞍馬は照れくさそうに頭を掻いた。

「この勝負。私は花鳥風月流の剣士として戦いたかっただけです。なのに跆拳道(てこんどう)を使ってしまいました。まだまだ未熟です」

「未熟なのは良いことだ」

 狭間が笑いながらポケットから紙切れを二枚取り出し、

「これはお前にやる。立会料として取っておけ」

 なんだろうと鞍馬が受け取ってみると、ロト6の宝くじである。もう一枚は日付と宝くじ売り場が書かれたメモだ。

「まさか……」

 鞍馬はポケットから携帯電話を取り出すと、宝くじ当選番号のページにアクセスした。

「お前が買ったことにして受け取れ。何に使おうがお前の自由だ」

「……多すぎます」

 携帯の画面に表示されている六つの数字と手にした券に書かれたものがすべて同じであること。当選金として表示されている金額を確認した鞍馬は呆れたように息をついた。

「わしはもう二度と宝くじは買わんぞ」

 唇を尖らせ、狭間は今日華に向かって歩き出した。


(終)


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