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まぜもの妖談2 ~人の剣~  作者: 仲山凜太郎
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【一・花鳥風月流 粉移し】


 高尾山太郎と桜島瑞雪の歓迎会を終えて最初の日曜日だった。


 早朝。東からそろそろ太陽が昇り始めようかという頃。鴨葱駅前の美味菜ビル屋上に鞍馬義経がジャージ姿で上がってきた。右手には旗を立てるときに足場とした使われる石の台座。左手にはちょうど台座の穴にはまる棒と木刀を持っている。

 彼は静かに屋上中央に台座を置くと、穴に棒を差し込み立てる。木刀を置くと一旦建物内に戻り、今度は袋と水の入った霧吹きを手に戻ってくる。

「風はなし」

 静かに頷き袋を開けた。中に入っているのは小麦粉だ。とっくに保存期限は切れている。

 彼は小麦粉を取ると、差し込み立てた棒に粉をなすりつけていく。程なく棒は粉で真っ白になった。

 手をはたいて粉を落とすと、今度は木刀を取り、霧吹きで濡らし始めた。水を吸って木刀の色が少しずつ変わっていく。全体が濡れると、彼は木刀を振って余分な水を落とした。

 粉だらけの棒を前に、濡れた木刀を青眼に構える。彼の目が静かに細くなっていく。

 東の空が白み初め、彼の周囲が急に明るくなる。

「……花鳥風月流鍛錬。粉移し」

 鞍馬の目に力が宿る。木刀を上段に構え一気に棒に振り下ろす。が、棒と木刀が打ち合う音のないまま木刀は元の位置に戻された。

 再び木刀を振り下ろす。が、また打ち合う音もなく元の位置に。また、また、また、連続で木刀を振り下ろす。次第に振り下ろす角度を変えていく。右から左から横から時には突きも交えて。次第に速度も増していく。木刀が空を切る音が次第に繋がり、ついには1つの流れになって止まらず木刀の流れを紡いでいく。

 その場に聞こえるのは空を切る音だけ。木刀と棒が打ち合う音は全くしない。しかし変化がある。棒にまぶした小麦粉が少しずつなくなり、次第に棒の地肌が現れる。木刀の刀身が少しずつ小麦粉にまみれていく。

 棒にまぶされた小麦粉が湿った木刀の刀身にくっついていく。触れあう音もさせず、ただ小麦粉だけを移していく。棒に紙一重の間で木刀を止めなければ出来ない技だ。

 鞍馬が身につけた剣術・花鳥風月流がもっとも重視するものは「間合い」である。これはその訓練である。

 触れても当たらず、粉を移し取っても音立てず。

 振るわれる度に木刀の刀身が小麦粉で白くなっていき、棒の地肌が現れてくる。

 朝日が彼の姿を照らし初め、棒の粉が8割方木刀に移った頃

 ……コッ……

 音がした。

 木刀の速度が増した。小麦粉の移る速度が速くなる。

 ……コッ……また音がした。

 棒の小麦粉がすっかり木刀に移り、やっと鞍馬は動きを止めた。

 静かに息を整え

(2回もか。やはり)

 唇を噛み木刀を軽く振る。

 先日、彼は人喰いがらみの戦いで肘から先の両腕を文字通り粉砕された。今は再生し見た目は何ら以前と変わりはないが、完全に元通りにはなっていない……と考えてもおかしくはないが

「腕は完全に治っている。私の心の動揺だ」

 心の動揺が腕の動きにわずかなズレを生じさせ、この訓練で音を立てさせたと彼は考えた。

「わかっていたつもりだったが……」

 ここ数年、彼は戦いでは負けなしだった。烏天狗としての妖力、剣術に加え、人間から学んだ剣術と跆拳道を上手く融合した彼の戦闘力は障害となる様々な敵を退けてきた。

 本人にその気はなくても、やはり心のどこかで自惚れていたのだろう。だからこそ先の戦いで敗れたショックがずっと尾を引いている。

「少し頭を冷やさないと」

 粉を手ぬぐいで拭き取った木刀を置くと、彼は静かに胸を張る。と、その姿が流れるように変化した。

 頭部が人から精悍な顔つきの烏に変わり、着ている服が修験者のものに変化していき、背中からは大きな緑がかった白い翼が姿を現す。

 烏天狗。これが鞍馬の正体である。

 翼を広げると、彼は真っ直ぐ上昇する。朝の空気を裂き、うっすらとした雲を通り抜ける。

 澄み渡った雲の上に出ると、鞍馬はゆっくりと羽ばたきながら空中に止まる。

 朝日を浴びながらも雲の上の空気は冷たい。

 その中で、彼はある人のことを考えていた。


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