死ぬなって言ってんだろ!私の王子様!
「サムエル様あああああああ!!!うわあぁぁぁあああああ」
目の前で愛する第二王子が死んだ。
誰にでも愛されていて、誰にでも救いの手を差し伸べて、
誰にでも笑顔でいる、そんな優しい本当の王子様が。
捨て子でやさぐれていた私をメイドとして雇うほどお節介な男だったんだから、ずっとずっと人に愛されてこれからも生きていくんだと思っていた。
「どうしてだよ!!なんでこうなったんだよ!!!衛兵は何をしてたんだよ!てめぇらは!!」
(メイドになってから人前で声を荒らげることなんて禁止されていたのに。私を抑止していたあの人がいなくなった途端、もう元に戻っちまうんだな……)
「いつも通りの警護をしておりました。あなたがいつも言っていたじゃないですか。この扉より先は何があろうとも入るな。お前たちに信用がないからな。と。その扉の奥から侵入者がいるなんて、思いもしませんでしたが」
「なに飄々と語ってんだ衛兵長ごときがぁ!分からなかっただ?お前たちが刺客を入れたのなんて分かってんだよ!体裁だけ整えて悪くはねぇなんて、幼稚な理論が通じると思ってんのかよ!!ジジイ!!」
王族の帝位争いなど興味のなかったサムエルを殺したいヤツなどは、一人しかいない。愛されて生きてきた男を憎むのは、その愛を受け入れられなかった受け取るはずだった上の身内。第一王子エルフェンリート。
昔から弟のあの屈託のない笑顔が、目の端でチラチラしていることにイラつきを感じ続けているのは分かっていた。
ただ、今の今までサムエルと話さえすれば、あの人を知ってさえくれれば、あのひねくれた王子であっても笑ってもらえると。
「思い違いだったな…あの人の優しさにあてられて腑抜けてたな…」
「もしやとは思いますが……」
「あなたが、差し向けたのでは?あの刺客を。おかしいと思っていたんですよ。いつも2人であの部屋に入っていく貴方を。中で私どもが入れない状況をつくってこの機を狙っていたのでは?」
「穢すな……あの人との幸せな日々を。殺すぞジジイ。」
「ほぉ、やはりそれが本性。人殺しの子はやはりひとごろ……」
一捻り。それが決め手だった。
「老いぼれて脳みそがイカれたじじいの首なんて、腐ってる木と変わんねーんだよ。握りこめば終わるんだよ」
父親に仕込まれた人殺しの技術は、使わないと決めていた。あの人が悲しむと言ってくれたから。
あの時の悪しき考えを、脳裏に過ぎらせる気などなかった。あの人に嫌われたくなかったから。
強い自分はいらないと思っていた。あの人に女として見られたかったから。
笑いたかったから。
「てめーら全員皆殺しだ。人を絶望させたんだ。お前らも絶望しろ。」
後に、王国創設以来の最大規模の被害で最小人数での反逆行為として、王国の悪として語られるその行為の代償は、主犯の女ひとりの命で幕を閉じることとなった。
(ただ、あの人が最後まで笑ってジジイになっても私と笑ってくださるような生活を望む事のどこに罪がある。私は、あの人に生きて欲しかった)
「この悪魔の生まれをした女の命だけで、失われた幾ばくの命が元には戻っこない!!!!ただ、このまま見過ごしていては、死んでしまった仲間たちが報われない!!!この女が死ぬことを皆は望むだろうかああ!!」
演説の後に響く多重の咆哮ども。塵芥の1つずつが騒ぐだけでこれ程、目障りになる。
「最後に言う事はあるか?後世語り継がれる残虐非道な女の戯言として」
「死んでしまった……いや、殺されたサムエル様のいる優しい世界であの人の笑顔を独り占めにしてやる。あの人がいない世界なら、何度だって死んでやるよ、ボケナス共。あばよ」
ブンッ。命の音が途切れた音がした。
「ねぇ…」
「ねぇってば」
「守る気あんの?俺の事」
「何いってるんですか。そのために私はあなたの護衛とし……て……サムエル様?」
「なんだよ……そんな、怖い目して。笑顔といい噂が絶えない俺の事疑ってんの?」
屈託のないほど目を細めて、鼻で笑いながらこっちを見る王子様は、私のために咲いていた。前と変わりなく。
「いや……寝ぼけてたのかもしれないです。真面目に仕事をしてるサムエル様なんて見たことがなかったもので。オホホ」
「やめろよその笑い方。もう上品な笑いは無理なんだなって、雇って3日で諦めたの忘れたのか?」
「そう…ですね。忘れるわけないじゃないですか。」
「あなたのその少しバカにしている笑顔も……」
「あら、嫌になっちゃうなぁ。街ではいつもかっこいいって褒められまるすのにオホホ」
あぁ、戻ってきたんだ。私のいつも好きだったあの時に。これは夢なんだ。死んだはずのあの方が戻ってくるわけないんだから。
「あ、そういえば忘れてたわ。これから城下町の下見に行くこと。新しい衛兵も入るから、配置とか含めて先に話しとかないといけないんだった」
やけにリアルな夢に目を丸くする。これほどまでにリアルに昔の記憶を覚えているとは、人の記憶力は素晴らしいものです。
「来てくれるか?ミカ」
「かしこまりました。あなたのメイドとして、お付き添い致します。」
「うむ!頼りにしてるぞ!」
いつもは言わない言葉を聞き、少し心が跳ねる。
王子に見えないようにパタパタとしっぽを振り、フンフン鼻息をたて
意気揚々とやる気を湧かせる私。
今まで求めていたその感情を湧かせて気が緩んだところに、
1つの感情が。
(おかしい。何故こんなに現実味を帯びているんでしょうか。)
それに昔同じ場面を見た気が。
初めて右腕に怪我をしたあの日。王子を庇うために、私が身をていして間に入った忌まわしき人そっくりなんだ。
私が見たいのは、あんな不幸な日ではない。
もっと、幸せな日々を見せてくれたって。
あの日、目を疑った。いつも暗殺の刺客はバレないように、人の目のつかないところで監視をしていたものが、とうとう扉の前にまで来ていて…
「ぐぇっ」
扉を開けた王子にナイフが刺さる。、
ブンッ。命の音が途切れた音がした。
「ねぇ……守る気あんの?俺の事」
「何を言ってるんですか?あなたが勝手に飛び出したりしなければ!」
「なにがだよ。ミカが寝てる間に俺は仕事してただけだろ。どこにも行ってねぇよ。いつも言われてるんだし。離れるなって」
「あれ?何を言ってるんでしょう私」
「疲れてるんだよ。紅茶でも入れてやるよ」
「すいません……日頃の疲れが出てしまったんでしょうか」
そう言うと彼はまた、扉を開ける。
「ぐえっ」
プツンッ。脳みその血管が切れる音がした。
「ねぇ…俺のry」
「…ぬなよ。」
「え?なんだって。あと、いつも言ってるだろ?上品な言葉使いをしなさいって。メイドさんになったんだからさ」
「だから…」
「死ぬなって…」
「死ぬなって言ってんだよ!!!バカ王子がぁ!!!!」
これは、王子が死ぬ度巻き戻るメイド兼護衛の女の子ミカが、
血管をバチバチにぶち切りながら、幸せを取り戻す。
そんな物語……のはず?