資料
「ああ。レイア。」
俺は立ち上がった。部屋の入り口からゆっくりとレイアは俺の方に向かってきた。
「とりあえずもう行くわよ。アリスは大丈夫?」
アリスはバーメイドにお辞儀をしてコインを渡してから酒場を出た。まだ朝なのにみんなよく飲むもんだ。暇なのだろうか?太陽の光はまだ完全には至っていない。
「どうしてこんな遅れたんだ?」
「そんなこと聞いても無駄ですよ。この私も何度も聞きましたが有意義な言葉は何も返ってきませんから。」
アリスはそう言ってレイアの肩をタッチした。レイア本人は何も思っていないらしく少しだけ面倒そうに言った。
「そう?まあ長年の遅刻癖は治せないってことね。」
遅刻癖か。治そうと思えばそれこそもっと厄介な癖、例えば殺人癖とか窃盗癖ほど押さえられないものなのだろうか?まあそれほど深刻ではないから治そうともしてないのかもしれない。とにかく触れる意味もないか。
「アリス、今日あれある?」
「まさか、レイアこの私が資料を持ってこないなんてことがあると思いますか?当然地下室に閉まってありますよ。なんせこのチームのリーダーなんですから。」
砂に建材が道を塞いでいるというのはとても通りづらい。3人が横に並ぶ余裕なんてないし強いて言えば馬車が通らないことくらいしかいいところはない。石を地面に置いているがこの建材はもう二度と建物の一部となることはなさそうだ。
すれ違った人はかなりいるが皆服がボロボロだ。この廃墟街にはどれほどの人が住んでいるのだろうか。元は白かったであろう服もただの布切れになっている。
最近この辺りの街流通している通貨を変えられて更にこの廃墟街には混乱した人が集まることになるかもしれない。表通りは白く明るい雰囲気だと例えるならこの場所は霧のたつ灰色の世界か?屋根の瓦は今にも頭に落ちてきそうだ。
俺は地下室のある家についた。もし時間があればこの辺りを散策してみるのもいいかもしれない。ただ流石に一人だと襲われた時対処できないかもしれないので誰かと一緒に行ってみよう。
俺は家の扉を開けようとしたがレイアとアリスはそれを止めた。
「ここではあなたが一周回って。この建物を。早く。」
俺はレイアに言われ強く背中を押された。一周回れるとはどういう意味だろうか。とりあえず俺は建物を一周まわってから地下室へと入った。
「何の意味があったんだ?何かの儀式でもやるのか?」
レイアが口を開けて何か言おうとすると押しのけてアリスが俺の目をしっかりと見た。その瞳の中には俺の姿が映っている。緑色の瞳は誰でも分かるほどアリスが真剣であると示している。瞬きなど必要ないと主張するように見開いて言った。
「ここでは甘えも、妥協も、油断もなしよ。この意味は分かる?」
俺は唐突な言葉に驚き何と返せばいいのかわからなくなった。アリスは一体俺に詰め寄り、今にも顔が当たりそうな距離で何が言いたいのだろうか。
「どういうことだ?」
「この私が簡単に説明すると私達はここが決してバレないようにするべきってことよ。」
「そうか?でもこの辺りは今日砂や霧で視界が良くない。衛兵からは疑われないはずだ。」
「だから油断は無しね。二人なら言い訳だって出来る。でも三人なら?怪しまれる。せめて二人と一人に分けなくちゃだめね。霧があるってことは自分が見られてたとしても分からないの。」
アリスはさっきの酒場までの頃とはだいぶ違う。低く重めの声で話した。少しそのギャップがまるで普段は懐いている動物が突然飼い主に牙を向けた時。何故?という気持ち。少しだけ面白く感じてしまう。
とにかく甘えは無し。妥協も無し。油断も無しってことは分かった。
「アリス、それで本題の資料は?」
「ええ。待ってください。ジャジャン。この私が読み聞かせましょうか?」
アリスはいきなりテンションを上げて机の上に資料を広げた。これは人名か?あまり大きくない数枚の紙の中にかなりの文字が詰め込まれていた。
ジョセフ 徴税請負人 よくいる場所…… 強欲で残忍。
リューク 布屋ギルドの商人 よくいる場所 酒場
アーサー 領主 よくいる場所 おそらくエンゼルカフェ
等々さまざまな人、それによくいる場所、人によっては性格まで記されている。これが資料か。
「特に金を蓄え、この世界の腐敗を何とも思っていないような人。私達は基本諜報が役目だから。この街の金持ちはほぼ乗っているはずよ。」
レイアは資料の紙をペラペラと捲りながら言った。ペンを片手でクルクルと器用に回しながら彼女も資料を読んでいた。
「これ集めるのにどれくらいかかったんだ?」
「この私達でさえかなりの時間を要しましたよええ。半年くらいこの街で諜報をしてるんですよすごいと思いませんか?」
「正確には少しずつだから纏めるとたいしたことない時間だけどね。二人だけじゃこれくらいが限界だわ。残念だけどね。」
「なあこの酒場ってやつ。どこの酒場なんだ?」