酒
「それで?賭けのルールを教えてくれ。」
「ルール?何、ただのカード遊び。ポーカーで勝負しよう。」
ポーカー?5枚のカードを一度だけ取り替えて役と呼ばれる組み合わせを作るゲームだ。何回もやらねばいけないゲームだがわざわざ面倒なやつを選んできたのか。
「何で俺とやりたいんだ?他にも客は沢山いるだろ?」
「兄ちゃんよ、俺は今金がない。もちろん何もしなければ飢え死にするだろう。それで金のありそうなお前と勝負するってわけだ。」
俺は周りを見渡した。バーメイドは黙々と酒を調合し、酔っ払い達は何やらニヤニヤとしながら俺のことを見ていた。薄暗い店内で男は一枚ずつカードを配った。
「さあて参加料だ。」
俺はカードを5枚とも見た。何の役もない、最弱のカードか。もしここで負けたら面倒なことになる。少なくとも酔っ払いには笑われる上にそこまで痛手ではないが金も失うことになってしまう。
隣ではアリスがこっちのカードを覗き込んでいる。表情で役がバレてしまわないか不安だ。何の役もないのは流石にまずいな。しかしさっきから酔っ払い達はなぜ俺の方を見て笑っているのだろうか。
それにひそひそ声で同じ席の人と話している。何か後ろめたいことでもあるのか?それとも……何か他に。
俺は酔っ払いたちの視線の方向を向いた。彼らは足元をチラチラと見ている。机の下を少し覗き込むと男は靴で何かを踏みつけている。ここからでは良く見えないが何か四角い紙のようなものだ。
これはまさか。俺は自分の右足でわざと相手の右足を軽く踏んだ。
「なぁ俺の足を踏むのをやめてくれねぇか?」
男は少し高い声で言った。表情がさっきの喜びが溢れていた顔より少しだけ緊張しているように見える。カードを強く握りしめているのはその事実をより強く思わせる。
一回やってみるか。俺は男の足を無理やりどかしてテーブルの下を覗き込んだ。
暗闇の中には確かに一枚のカードが伏せられていた。赤いトランプの模様がとても強く主張しているようだ。机の上のろうそくの炎は揺れたままだ。
俺とは目を合わせずに男は下を向いていた。
「これはジョーカーか?」
俺はカードを拾って相手に見せつけた。
「ああ、いつの間にこんなところにカードが落ちたんだろうな。シャッフルし直そう。」
男は急いでカードをテーブル中央に集めてシャッフルしようとした。その瞬間俺は男の来ていた服の袖にも何か黒い影が見えた。
「ちょっと待て。」
俺は男の腕を掴んで袖の中から5枚のカードを引っ張り出した。その5枚のカードでなんと4カードができるようになっている。
「おっと、これも間違えて袖の中に入ってしまったのかな?」
この男、最初から金を騙し取るためにやっていたな。俺が5枚のカードをテーブルに叩きつけると酒場からは歓声が上がった。
男は顔を少し赤くして立ち上がった。
「おい、お前らが俺の足元ばっかり見てるからイカサマがバレたんだ。ふざけるな。」
コートを来て深く帽子を被り酒を片手にフラついている酔っ払いの一人は言った。
「まあジョセフ、お前の腕は未熟だったってことだな。そんな小僧に見破られるくらいに。」
「覚えておけよフィリップス。お前ら全員もだ。」
男は立ち上がって店から出ようとした。しかし俺としてはイカサマをされたんだ。もう少しだけ追求させて貰おう。
「待ってくれ。ジョセフ?でいいのか。参加料は置いていかないのか?」
黙ってゲームそのものを無かった事にしようとしているジョセフに俺はそう問いかけた。
「ああ?このゲームは無しだ無し。」
そう言って立ち去ろうとするジョセフにアリスは立ち上がり肩を掴んだ。別に俺はそこまでしたいわけじゃない。アリスを止めようと俺も席から立ち上がった。
「ジョセフ、負けたんだからちゃーんとお金は払っていかないと負け犬呼ばわりされちゃうかもよー?」
「まぁまぁ。喧嘩したいわけじゃないんだ。アリスも別にそんな挑発しなくても……」
「安心して。この私は医者よ。賢いし引き際なんて全部わかってる!」
何も安心できない。そもそも会って1時間も経っていないのに明らかに何か問題を起こすようにしか見えない。このテンションでとても治療なんてして欲しくはない。本当に賢いのかもしれないがベクトルが違う話だ。
「悪かった。ここは神が誰もを赦すように俺も見逃してくれ。」
「そんな金がないならまともに働くか最悪ミサにパンでも恵んでもらいに行け。」
最後までふざけていたジョセフは急いで階段を登っていった。話がひと段落した頃に俺とアリスの蜂蜜酒がテーブルに運ばれてきた。バーメイドは無口な方なのか何も言わずにお酒と皿を置いていった。
「何か料理でも頼んだのか?」
「いや、この私が頼んだのはお酒だけですね。これはあなたへのサービスですよきっと。」
何かつい今無口だと考えていたのは失礼な気もする。とにかく頂いた物は全部食べよう。お酒と一緒に食べると確かソーセージは美味しいとか言ってたなクリス。少しだけ騎士で一緒に酒場に行った時のことを思い出した。
机を囲んでその時はポーカーじゃなくてバックギャモンとかだったっけかな?楽しく、少なくとも俺は楽しかったような気がする。だが何がダメだったのかを考えるのは今じゃない。今は酒を飲んで幸せになるべき時間だ。
俺は蜂蜜酒を飲んだ。飲まないことは無いがやはり何というか後味が嫌いとかじゃなく何となく味気ない。紅茶の方が好きだがいつかこれも好きになれるのだろうか。
それともこの歪んだコップの向こう側を見ることはできないのだろうか。
コップに注がれた黄金のミードを見て俺はそう思った。
「良かった。やっぱりここに居たのね。」
レイアが酒場に入ってきた。そういえば後で食べようと残していた朝食のパンのようにすっかり記憶の片隅に追いやってが俺らはレイアを待つためにここで酒を飲んでいたのだ。