衛兵
「良かったわ?あなたが入ってくれて。」
「だが、一つ疑問があるんだがどうして危険を犯してまで俺を勧誘したんだ?」
シンプルな疑問だ。わざわざ俺なんかを勧誘する必要なんてないはずだ。
「私のチームは人が足りてないの。実行部隊として動くにも私含めてたった二人しかいないの。だから目をつけていたのよ。私の名前はレイア。これからよろしくね。」
二人か。まあ確かにそれだけでは一切活動なんて出来なそうだ。募集をかけるにしてももちろん表でやることなんて出来ないだろう。だから期待できる個人に声をかけたってことか。
俺の名前はレン。誘った理由はそういうことだったんだな。えっとそれでその集会場?的な場所ってどこにあるんだ?」
「ここよ?」
彼女は部屋の奥に行って地下室の扉を開けた。そこの扉の中からは僅かにオレンジ色の明かりが漏れている。
彼女は正気なのだろうか。本当に俺が外れだったら殺すつもりだったのだろうか?とにかく結果として何も起こらなかったのだからこの出会いを作った神に感謝するだけにしよう。
俺は梯子を降りて地下室の扉を開けた。四角いテーブルに三個の椅子が置かれている。机の中央には蝋燭が三本立てられている。地下室全体を明るくするのには充分な光だ。
「叶うなら星あかりの下でやるとかの方が気持ち良さそうだけど残念ってことか。」
部屋全体は明るくて少し暖かいような気もするが扉を開けるとやはりこの建物全体は暗くてジメジメとした物だと思い知らされることになるだろう。
「まあいずれ出来るかもしれないわね。とりあえず今日ここに来るのは私だけだから色々と聞きたいことがあれば答えるわ。それとこれ。」
彼女は木箱を開けて中から一つのペンダントを取り出した。
それは彼女が俺に見せてきたものと同じ柄のペンダントだ。
そして俺の前に来るとそれを首にかけた。少しだけペンダントのチェーンが冷たく感じる。
「それは普段は隠しておいてね。一応オルメタに入っている人にしかそのペンダントは持っていない筈だから。少し錆びてるけど中には魔石が僅かに入ってるから。」
魔石?国が専売していて市民にはかなり高い値段設定がされていて購入することも困難だ。主に戦争の時など騎士が持っているのを見る。砕けば魔法を強化できるアイテムだ。
砕いた後は暗くなり特徴的な形となり比較的分かりやすい。そしてその魔石はほとんどの効果を失う。
もしかしたらこのオルメタ、とても大きな組織なのか?もしかしたら貴族などもここに入って密かに反逆を目論んでいるのかもしれない。
そう思うと俺は少しだけ気持ちが軽くなった。自分が決めたことでもやはり命の危険を伴うことだ。心強い仲間がいることを考えるととても安心できる。
「中々洒落たペンダントなのにこれを身につけていられないのが残念だけど。そういえばここには二人しかいないわけだがオルメタの規模ってのはかなり大きいのか?」
レイアは俺のことを紫色の瞳で不思議そうに見てから答えた。
「さあ?私にも分からないわ。今までの活動で二つのグループが存在してることは知ってるけどそれ以上は分からないの。」
今の発言は不味かったのだろうか?少しだけ怪しまれたような気もする。やはり新人なのに色々と嗅ぎ回るのは辞めておこう。ここで俺が飼い主の家から脱走する猫のように好奇心に屈してしまっては自分の夢の実現から遠ざかってしまうことだろう。
「喋り疲れたなら何か飲む?私のおすすめもあるけど?」
レイアは更に木箱の中から瓶を取り出した。あの箱の中には一体何を入れてるのだろう。パーティーでもやるのか?わざわざ飲み物まであるなんて。
「いや、酒なら大丈夫だ。これから俺はここで何が出来る?」
「何が出来るか?中々いい質問ね。なんでも出来るわよ。幸せのためならね…」
彼女が何かを言い終わる前に俺は席を立った。それはレイアも同じだ。何か話の続きもありそうだがそれどころではないことが外では起こっているようだ。
何か建物が崩れる音が聞こえた。それも風で板が倒れた程度というよりも何か爆発に近い音だ。
地下室でもはっきりと聞こえる爆発音はかなり近いように感じた。
地下室の梯子を登って俺は建物の外に出て周りを見渡した。
音のした方に走っていくと煙が上がっているのが見えた。
この廃墟街ではほとんどの家が半壊状態ではあるがそれでも家としての骨格は保っている。当然吹けば飛ぶ藁の家などではないはずだ。
しかし目の前の建物はまるでドミノ崩しでもやったのかと思うほどには柱や屋根が積み重なり瓦礫の山を作っていた。まだ何か力でも働いているかのようにキリキリと音を立てている。
「地震?それとも経年劣化による自然崩壊?」
レイアも俺もただ事故現場を見ていた。しかしレイアは突然動き出した。
「今、瓦礫が動いたわ。もしかしたら誰かがまだ下にいるのかもしれない。手伝ってレン。」
彼女の切迫した表情を見て俺も瓦礫を手でかき分けた。ここのどこかに人が埋もれているなら今すぐに見つけなければ危険だ。万が一にも人が死ぬなんてことがあってはいけない。
いくつ目の瓦礫をどかしたのか分からなくなってくるころ俺は誰かの手を発見した。
「ここだ。来てくれ。誰か埋まってる!」
俺が木の板をどかすとそこには瓦礫の下で潰され、皮膚は黒ずんだ女性だった。詳しい年齢は分からないが30は超えているだろうか?
まだ生きている。手首に手を当てれば心臓からエネルギーが全身に送られていることは確かだ。だがあまりにも深い傷を負っている。
すぐに治療を施さなければならない。
「私が衛兵を呼んでくるわ。ここで待ってて。」
俺は女性の周りにある瓦礫を丁寧にどかした。俺の持ち合わせだけじゃ何も出来ない。とはいえ倒れている女性を放っておくわけにもいかないのでここから離れるわけにもいかない。
たとえ本をパーフェクトメモリーで記憶していてもあまりにも専門的なことは言葉の意味が分からない上に薬などが必要となれば俺にはどうしようもない。如何なるものでも見ればほぼ覚えて忘れることはないという能力だ。
「ここです。早く来てください。」
しばらく女性の体調が悪化しないかどうか確かめていたところレイアがかなりの速度で走ってきた。後ろにいる赤い服にベレー帽が似合う二人は衛兵だろう。
「なぁスミス。どうしてスラム街なんかに俺らが行かなくちゃ行けねぇんだ?」
「まあ仕事だからな。これが終わったらさっさと酒場まで行くぜ?スラム街にあるとは思えねぇほどの最高の酒が出て、あそこが一番なんだ。」
一方で焦っているレイアと正反対の背の高さの違う衛兵二人は人が死ぬかもしれないというのに話しながら俺達の前に来た。
女性を見ると彼らはどこか気だるそうに女性の手首に手を当てた。少し考えると小柄の男の方は言った。
「この女はもう死んでいる。残念だが…」
「待ってくれ。ついさっき確認した時はまだ生きていた。この女性はまだ間に合う。教会まで運ぶのを手伝って欲しい。最悪司祭を呼んできてくれるだけでもいい。そうしないと本当に間に合わなくなる。」
俺は心からの気持ちを二人に伝えた。彼らに伝わったのだろうか。それとも面倒だと解釈されたのだろうか。
「ああ。すまねぇ。まだ生きてるな。俺らが運んでおくからお前らがこの女の家族だってんなら着いてきな。」
衛兵はそう答えて女性を抱えた。そして小柄な男と大柄の男はお互いに相槌を打つと教会の方へと走って行った。
「酷い話ね。本当に。」
俺は倒れた建物の前に座り込んだ。
「どうしたの。手の傷は大丈夫?」
レイアは瓦礫をどかした時のかすり傷が痛んで座っていると思っているようだが違う。座り込んだのはこれをよく見るためだ。
俺の足元に落ちていたのは石だ。それも焼け焦げたような色をしている。当時見た時は分からなかったが確信できる。この小石は砕け散った魔石の一部であるということは。
一度だって俺は忘れたことはない。本の題名は「魔石と魔力の関係性の探求」 ページは25の三行目。それの図dにはこの小石とそっくりのスケッチが載っていた。そしてそこには魔石を判別する方法も載っていた。
俺は小石を擦った。砕いた魔石は普通の石と比べて極端に断面が綺麗で判別しやすい。
そして案の定擦った石からは僅かではあるが赤い光を反射している。
これは間違いなく魔石である。それも使ったために砕かれ表面が黒くなるという現象が発生した。もしかしたらこれは人によって引き起こされたのかもしれないということを俺は考慮する必要がありそうだ。
「これは魔石だ。それも使用済みの。わざわざ部屋の中で魔法を打つとも考えづらい。これはだれかによる人殺し、人の幸せを奪っていく行為かもしれない。」