追放
「待て、地形の関係上、今敵に詰めるのは危険だ。一度止まって機を待つべきだ。この林の中では相手が見えた時には既に手遅れになる。追いかける必要はない。彼らは逃げたとしても魔物がいる林から抜け出すのは困難だ。」
俺は指揮を飛ばした。俺らの班は反逆者達を確実に追い詰めてその本拠地を破壊した。まだ
俺はエリック達と共に広場まで来ていた。
「なあどう思う?お前はこの騎士団の権威を、地に落とそうとした。反乱軍をわざわざ見逃した。普段はただ後ろで指示を出しているだけ。もううんざりだ。お前は今後二度とここに来るな。」
はっきりと俺を睨んでエリックは言った。つい数日前に俺は国王からの指示で反乱の鎮圧をした。俺の生まれつきの特徴でどうしても戦闘をすることには向いていない。
反乱を押さえるための戦闘中、俺は誰も殺したくはない。少し工夫をして捕らえようとしたが失敗することになってしまった。
「いや、本当に悪かった。この間はしっかりと相談してからやるべきだった。別に反乱軍だからって殺すことはない、そう思ったんだ。」
「黙れ、お前の記憶力だって活用できやしない。ずっとそうだ。足手まといなんだよ。」
エリックは俺にそう告げた。全員の前で。俺のいる班は10人程度の大きさだ。ほとんどの場合戦力として前に出て戦うことが多い。
昔から騎士になるのが夢だった。昔から力は弱かったが見たものを絶対忘れないという能力と演算能力をうまく使って何とか騎士になることができた。
エリックは貴族の子供であると聞いている。
貴族の子供は家を継ぐ者以外は政略に使われるか医者や弁護士になどの知識職になったり騎士として国のために仕えることが多いらしい。
数年前俺が入った時には既にエリックはリーダーだった。その時から少し嫌われてたような気がしなくもないが騎士になるという目標を一応は達成したこともあって浮かれていたのかもしれない。
後ろから指示と状況の説明しかしていなかったため結果としてリーダーとしてのエリックの気分を害したということだろう。
俺は周りを見て目で助けを求めた。しかし俺に目を合わせようとする者は誰もいなかった。
「そんなにこのグループにいたいってんならこっちに来い。俺がお前がいかに無能であるかを教えてやる。」
エリックは自分の剣に手をかけた。俺の班の騎士達はクスクスと笑い始めた。ここは広場だ。喧嘩なんて始めたら大勢がこっちに注目することであろう。
「待ってくれ、そもそも騎士同士での戦いは禁止事項だ。一回落ち着いて話をしよう。お互いの幸せのために。」
「俺らは仕事中じゃねぇ。そんなことは関係ない。」
俺はエリックに一瞬で距離を詰められて顔に殴りを入れられた。何が起こったのか分からず、痛みがまるで後から来るかのように感じる。防ぐ方法は無かった。
班の仲間と広場にいる人々
上手く腕に力が入らない。口の中で鉄の味がする。勝ち目は絶対にない。それなら魔法を使おうにも戦闘はほぼしない俺はごく少量の魔石しか携帯していないしすぐに取り出せる場所にもない。
「やっぱり弱いじゃねぇか。これで正式な命令だ。お前はこの班を抜けてもらう。上にもお前が何をしたか伝えといてやるよ。じゃあな。光の道行に幸あれ。」
エリックはそう言って広場から出て行ってしまった。班の仲間たちの笑い声だけが最後に聞こえた。
これではただ力でねじ伏せられただけだ。力の差は歴然でエリックは俺をまるで動物かのようにあしらった。
俺の意見を言うことはもうできない。ただただ俺の頭の中には班の仲間たちの笑い声だけが未だに響いている。
彼らは何も言わずただ俺のことを笑い者にしただけだ。文句を言ってくれとは思ってもいないが笑われるくらいなら罵ってくれた方がまだ楽だったかもしれない。
俺はハンカチで口元を拭いた。
少なくとも班のために行動をしたはずだ。とにかく騎士になるという夢は今途絶えてしまった。
ただの衝撃から俺は彼らへの怒りを感じた。それは他人を笑い者にしていることに対してだ。誰もが幸せになることが一番なはずだ。他者を踏みにじることで幸せは生まれない。そして俺はいずれはそれを知らしめなくてはいけない。
そうだ、俺は騎士になることが目的になっていたが本当の理由は国民を守るためだということを。
だがまだ諦めるわけにはいかない。まだ20歳の俺にはまだ進むだけの時間がある。まだ神に憐れみを求める時じゃない。
「ねぇ、大丈夫?」
俺の前に手が差し伸べられた。目の前に立っている少女は銀髪で紫色の透き通った瞳をしていた。
美しいと言えばそうなのかもしれないが少しだけ口元が笑っているように感じるのが少し気分を悪くした。
「ああ、大丈夫だ。今のを見てたりとか?」
「ええ、まあ少しだけ。あなた騎士なのよね?」
「そうだけど今辞めたところだ。哀れに見える?」
「ふふふ。あなた確か言ったでしょう?反乱軍も殺す必要はないって。私がそれよ。」
少女は耳元でそう囁いた。この少女は何をするつもりなのだろう。もしかしたらこの国へ何か不満を抱いているのだろうか。わざわざ俺に反逆者であることを明かす意味なんて本当にあるのだろうか。
「廃墟街に行くのか?」
少女は俺を廃墟街まで案内した。大通りからそれると街の一部地域を独占するかのように広がっている。屋根は一部崩れて壊れかけの壁。蔦が生えていたりと居住地としてはとても悪い印象だ。
農村から一部逃れてきた人がここに住んでいる場合が多い。俺は倒れている板や瓦礫に気をつけながら移動した。この街に来てから俺はほとんど廃墟街には踏み入っていない。
「ええ。もうすぐよ。ここならいいわね。」
少女は家の中に入った。元々薄暗くてジメジメとした空間だが部屋の中に入ってもそれは同じだ。日の光が割れた窓からしか入ってこない分外よりも居心地が悪い。
「それで俺をわざわざここまで呼んで何がいいたいんだ?」
「あなた、その黒い髪。とても目立つから知っているの。確か彼らと一緒によく広場にいるわよね。」
「ああ、そうだけど。俺は今から新しい仕事を探さないといけないんだ。金なら多少はあるけど、今は忙しいって事で。何かの勧誘なら断るって感じだけど?」
「私はあなたを確かに勧誘に来たわ。この国はいい場所にあるでしょ?でもそれだけ。場所は良くても中身は良くない。」
「話の大筋が分からない。本題を隠すのは詐欺師の手口だって言うことは知ってるけど、悲しいことに俺から奪うものなんて何も無い。」
彼女は笑った。そしてポケットから何かを取り出した。わずかに入ってくる日光を反射しているのは銅製のペンダントだった。何と書いてあるのかは分からないが何か幾何学模様のようなものが刻まれている。
「お金を奪うつもりも、ましてや仕事の斡旋でも無いわ。たった一つ。私と一緒に国を変えない?」
「国を変える?俺が反逆者か魔女に見えたのか?俺は元騎士だ。残念ながらその提案は受け入れられない。」
「あなたは何のために騎士になったの?」
彼女は俺に聞いてきた。理由は分からないが彼女と話していると聞き流そうにも頭の中に声が入ってきてしまう。俺はこれ以上話をするのは自分がそれこそ衛兵に連れていかれるかもしれない原因になると分かってもここから離れることは出来なかった。俺は唇に手を当てて答えた。
「幸せにするためだ。」
「なら彼ら、腐敗した貴族に分からせる必要があるわね。他人の幸せを破壊することの重みを。あなたもオルメタに入らない?私は探しているのよ、秘密結社の仲間となる人を。」
俺は騎士として国民の平和を守る義務がある。これは記憶力の問題ではなく俺の心に刻み込まれている。それを実行するために分からせてやる。
そしてそのチャンスが目の前に転がっている。
「ああ。もちろん。」