借金の代わりに差し出されまして
「お前は今日から僕のモノだ」
ご機嫌よう。私、ファイエット・スミュールと申します。男爵令嬢です。両親と妹と一緒に暮らしています。婚約者は決まっておりません。両親は私と違ってとても可愛らしい妹フルールばかりを溺愛しており、妹と従兄弟にあたるアレックスを婚約させて爵位はアレックスに継がせることにしています。私は用無しなのです。それでも、一応死なない程度には育ててくれました。食事も二日に一食とはいえ、食べさせては貰っています。
「フルールは日に日に美しくなるな」
「どこかの誰かさんと違ってとても可愛らしいわ」
「もう、お姉様なんかと比べたら誰でも美しく感じますよ、お母様」
クスクスと笑う家族。ここに私の居場所はないのです。
「お父様、私、新しいネックレスと指輪が欲しいの」
「そうかそうか。いくらでも買ってやるぞ」
「お父様大好き!」
いっそ、私さえいなければいいのでしょうね。
ー…
ある日、クシー公爵家の若きご当主、シャルル様がうちに来ました。両親はフルールとともに贅沢三昧を続けていたので、多額の借金があったそうです。そして、シャルル様がポケットマネーで肩代わりしてくださったとか。
「シャルル様、本当にありがとうございます」
「それで?僕との約束を忘れてはいないよな?」
「はい、もちろんです。ファイエットを差し上げます」
「え?」
「ファイエット。お前は今日からシャルル様の奴隷よ。シャルル様には決して逆らわないように」
「奴隷って…」
つまり、借金の返済の代わりに私が差し出されたということ?…でも、まあ、いいや。どうせこの家にいても幸せにはなれない。今更奴隷扱いされたところで、何も変わらない。
「…はい、お父様、お母様」
「行くぞ、ファイ」
「…はい、シャルル様」
そしてシャルル様に連れられてクシー公爵家に向かいました。クシー公爵家は本当に広くて美しく、素敵なお屋敷でした。
「ファイ。お前はまともに風呂にも入れて貰えず、服も妹のお上りばかり、食事も出されず、部屋すら与えられなかったのだろう?まずは風呂に入って来なさい。お前の服は既にこちらで用意しておいたから、何も気にしなくていい」
「え?いいんですか…?」
奴隷なのに、そんなによくしてもらえるなんて…。
「ほら、行ってこい」
「は、はい」
そうして私は、久しぶりのお風呂を堪能し、上質なドレスに身を包みました。
「さあ、ファイ。ここが、お前の部屋だ」
そうして連れられてきたのは、とても上品な家具を用意された広いお部屋。
「え、こんな部屋をいただいていいんですか?…なにもかも用意していただいてすみません…」
「構わない。お前は気にするな。ほら、こちらには色々なドレスや装飾品もあるから、好きに使え」
「ありがとうございます、シャルル様」
私は奴隷なのに、なんて優しいのだろう。
「さあ、次は食事だ。お前の好みがわからなかったから、僕の好きなものばかりを用意させたが、気に入らなければ言ってくれ」
「は、はい。シャルル様」
そうして美味しいお食事をいただいた。二日ぶりの食事。なんだか胸がとても温かい。こんなによくしてくれるシャルル様になら、忠誠を誓える。
「シャルル様、なにからなにまでありがとうございました。私に出来ることならなんなりとお申し付けください」
「なら、僕の婚約者になれ」
「…え?」
「まあ、その…端的に言えば一目惚れというやつだ。偶然パーティーでお前を見かけてな。妹と違ってボロのドレスに身を包み、両親や妹に嫌味を言われ、他の令嬢から後ろ指をさされているお前をみて、可哀想だな、可愛いな、愛したいなと思ったわけだ。僕には婚約者も、お前以外にいいなと思えるやつもいないからな。お前が僕を受け入れてくれないなら、僕は一生独り身だ。だから、婚約者になってくれ」
そういうとシャルル様は私に跪き、私の左手を取って薬指に指輪をはめてくれました。
「これは代々我が家の妻がつけることを許された指輪だ。受け取ってくれるな?」
「…は、はい!」
理由は傲慢だなぁとは思うけれど、この方以上に私を愛してくれる方は現れないだろうと何故か確信出来た。だから、私は婚約を受け入れた。
「好きだぞ、ファイ」
「ありがとうございます、シャルル様。私も、いつかシャルル様を愛したいです」
「そりゃあ嬉しいな」
こうして、私達は婚約し、翌日にはそれを発表しました。すると当然のように、両親は是非可愛らしいフルールの方を婚約者にとシャルル様に迫ってきたそうですが、シャルル様は大金を握らせて黙らせたそうです。フルールは私なんかがシャルル様に選ばれたことを相当悔しがったそうですが、その分シャルル様から貰ったお金で豪遊して憂さ晴らししているそう。
ー…
「ファイは少し線が細すぎる。もっと食べろ。ほら、これとか美味いぞ」
「シャルル様、ありがとうございます。でも、あんまり食べ過ぎると丸くなっちゃいます」
「ファイなら少しぐらい丸くても可愛いと思うぞ?」
「あ、ありがとうございます」
シャルル様は私に激甘です。なんだかむず痒いです。
「ほら、ファイが昨日美味しいと言っていたケーキもデザートに用意させてあるから、遠慮せずにもっと食べろ」
「はい、シャルル様」
その後もシャルル様に勧められるだけ食べてしまいお腹いっぱいです。
「…あー、食べ過ぎちゃいました。美味しかったです。ご馳走さまでした」
「ん。それは良かった。さあ、ファイ。いっぱい食べたらいっぱい運動だ。庭に散歩に行くぞ!」
「はい、シャルル様」
ー…
「ファイ。この花を知っているか?」
「不勉強ですみません、存じ上げません」
「そうか。これはクシー領でのみ育つことのできる特別な花だ。名前は虹の雫だ」
「虹の雫…綺麗ですね」
「ああ。月の光を浴びたこの花はさらに美しい。今夜にでもまた見に来よう」
「はい、シャルル様」
「どうだ?中庭もなかなか広いだろう」
「ええ、とっても」
「そうだ、ファイは薔薇は好きか?あっちに薔薇園もあるんだ。ほら、手を貸せ」
シャルル様は私の手を取るとエスコートしてくださいます。
「…ふふ」
こういうのもいいなぁ。なんだか楽しい。
「ほら、薔薇園だ。気に入ったか?」
「はい、シャルル様」
薔薇の花は香り高く咲き誇っています。鮮やかな赤が綺麗です。
「この中庭も、全て将来公爵夫人になるお前のものだ。好きにしていいからな」
「ありがとうございます、シャルル様」
ー…
夕飯もそこそこにシャルル様のお気に入りの虹の雫を鑑賞しに行きます。
「ファイ、行くぞ」
「はい、シャルル様」
私の手を握って離さないシャルル様にエスコートされて、中庭まで来ました。
「…わあ」
「すごいだろう、ファイ。気に入っただろう」
「はい、とっても!」
そこには、白い花であるはずの虹の雫が月の光を浴びて虹色に輝く姿がありました。幻想的でとても美しいです。
「ふふ、そうだろう。ファイなら気に入ると思ったんだ」
「ふふ、はい」
満足気なシャルル様が微笑ましくて、なんだか胸が温かくなります。
「ファイ、どうだ?今は幸せか?」
「はい。私にとっては」
愛してくれる人がいなかった日々より、可愛がってくださるシャルル様がいる今のほうが楽しいです。
「そうか、それは良かった。ファイは可愛いなぁ」
シャルル様は私の頭を撫でてくれます。撫で終わると満足してにこにこしています。
「好きだぞ、ファイ」
「ありがとうございます、シャルル様」
ー…
「ファイが昨日好きと言っていたお茶を用意させたぞ、嬉しいか?」
「はい、ありがとうございます。シャルル様」
「そうか、よかった。さあ、お茶を注いでやろうな」
「あ、いえ、それは私が」
「いいから。砂糖とミルクは?」
「…じゃあ、両方で」
「わかった。…どうぞ、いっぱい飲んでいいからな」
「ありがとうございます、シャルル様」
「どういたしまして。あ、そうだ。さっきファイが花嫁修行を学んでいる間に、ファイが好きだと言っていたチョコレート菓子をいくつか用意しておいた。聞いて驚け、僕の手作りだぞ」
「!?シャルル様の手作りですか!?」
「どうだ?光栄だろう?」
「は、はい!とっても!」
まさかそこまでしてくださるなんて!
「今持って来てやるから、お茶を飲んで待っていろ」
シャルル様は素早く椅子から立ち上がると、魔法で瞬間移動してチョコレート菓子(ちょっと歪だけど色んな種類を取り揃えてある)を持って来てくださいました。
「さあ、いっぱい食べろ。僕も食べる」
「はい、シャルル様!」
一口口に運ぶと、チョコレートが口の中でとろけます。
「ん、美味しいです、シャルル様!」
「そうだろう!ん、たしかに我ながら美味く作れたな」
満足気なシャルル様。好きだなぁ、と自然に思えた。
「僕がここまでしてやるのはお前だけだぞ、ファイ」
「光栄です。ありがとうございます」
「そうだろう。もっといっぱい可愛がってやるからな、ファイ」
こうして大事に大事にされて、私は徐々にシャルル様に心を許し、いつしかシャルル様を愛するようになりました。
ー…
「ファイ。ついにこの日が来たな」
今日はシャルル様との結婚式です。シャルル様は愛おしそうに私の頬を撫でます。
「はい。…シャルル様」
「なんだ?」
「愛しています」
「…やっと、言ってくれた。僕も、愛してる」
そっと口付けを交わします。幸せです。
「そういえば、やっぱりお父様もお母様もフルールも式には来てはくれないんですね」
「ああ、彼らなら今借金取りに追われているそうだからなぁ。仕方あるまい」
「…え?シャルル様から大金を貰ったんじゃ…」
「すぐに散財したらしい。夜逃げしたそうだよ」
「そんな…!そんな家族のいる私なんかがシャルル様に嫁ぐなんて、やっぱり…」
「まあそういうな。うちに飛び火しないよう対策はしてある。ようやっとお前から愛していると言葉を貰ったのに、今更手放してはやらん。諦めろ」
「シャルル様…」
「お前の幸せこそ僕の幸せだ。受け入れてくれるだろう?」
「…はい!」
こうして私達は晴れて結ばれたのでした。これからもこの幸せを守っていきたいと思います。