終末まで残り百秒の世界で
進化は不可逆性を帯びている。
単細胞から多細胞へ、無性生殖から有性生殖へ、同質性から多様性へ。
専門化により代替性を失い、分業により条件が狭められ、個性化により目標が角突き合うようになった。
そんな茫洋たる大海のような現代社会では、流木にしがみついて懸命に泳ぐように孤軍奮闘する人たちがいる。
かの人たちは、いつ岸辺に辿り着くとも知れず、かつ今にも沈み兼ねない緊張状態を強いられながら、休むに休めないでいる。
たとえば、患者の診察にあたる医師や処置を施す看護師。
たとえば、ハンデを抱える幼児を育てるひとり親。
たとえば、認知症をわずらう義理の親を助ける嫁。
たとえば、もし高熱が出ても薬を飲めない妊婦。
ウイルスに予定はなく、育児にも介護にも家事にも休みや終わりはなく、誰しもが頼れる知友縁者に恵まれるとも限らない。
進化の過程を巻き戻せないように、時空の流れに逆らうことは出来ず、過ぎ去った事実を変えることはかなわない。
しかし、経験や歴史から学び、将に来たる暁に備えることは可能である。
大切なのは、不都合な事実に蓋をして見て見ぬ振りをするのではなく、事実を事実として受け止めること。
その上で、机上の空論にしかならない理想論を並べて美化することなく、現状に即した対処を速やかに為すこと。
それが、人類の終末を遠ざける方策であろう。
困っている様子を察したら、無視せず、遠慮せず、傲慢にならず、勇気を出して声をあげ、手を差し伸べよう。
そうすれば、逆に困ったときに誰かが声をかけ、手を差し伸べてくれるだろう。
物理的に接触せずとも、親身になって知恵を絞れば、支援の輪は自然と広がるはずだ。
人類が近視眼的な利害や利己心に惑わされることなく、不毛な罪過のなすり付け合いをすることもなく、真摯に協力し合えば、必ずや、この未曾有の緊急事態を脱することが出来ると信じよう。
一人ひとりの小さな気遣いや心配りこそが、やがて大きな障壁を乗り越える推進翼となる。
……小難しい言葉を並べて申し訳ない。
このお話のエッセンスを一言でまとめるとすれば「情けは人の為ならず」に尽きる。