宮廷庭師だった俺はスキル「遺伝子操作」で自覚なしに領地の豊作や兵士の強化をしてましたが首になったのでSSSSSSSS冒険者になりました。~今更俺に戻れって? もう遅「遅くない!」「!?」~
俺は少し前まで、王国の宮廷庭師をしていた。
宮廷で庭をいじりながら、ついでにスキル「遺伝子操作」で、王国の農作物を豊作にしていた。
遺伝子ってのはまだこの国では一般人どころか賢者でも知らないことだが、「生物の設計図」だ。
生まれ持った特徴、例えば人間の髪や、瞳の色を決定したり、先天的な病気の有無、魔法を使う上での魔力量などもこれに影響される。
もちろん設計図で全てが決まる訳ではない。
個人の努力で補える部分はもちろんある。しかし、設計図が優れているほど有利だ。
俺のスキルはその設計図をいじれるわけだから、生物を強化したり、弱体化するのも思いのままなのだ。
まぁ、庭師だったころは無自覚だったのだが「育てばいいなー」と思うことで無意識にスキルを発動していたらしい。
ついでに「戦争頑張ってね!」と思うことで、城の兵士なんかも勝手に強化していたようだ。
今は自覚したので、王国の農作物や兵士の遺伝子は元に戻してあるが。
自分で言うのもなんだが、王国にとって掛け替えのない人材だったことは間違いないだろう、無自覚だったけど。
しかし「庭とかアバウトでいい」という、国王のアバウトすぎる一言で俺は首になった。
失意の中街を彷徨いていると、冒険者にスカウトされ、そこで鑑定を受けて自分のスキルを把握したわけだ。
「遺伝子操作」をフル活用して自分を強化し、剣、魔法を極めてSSSSSSSSクラスの冒険者になった。
Sが多い? そうだね。
「取りあえずS増やしたら強そうっしょ?」
というギルドマスターの、頭の悪さ大爆発の言葉には耳を疑ったが仕方ない。
とにかく俺はSSSSSSSSS冒険者だ。
こっそり一個増えてるって? バレた? フハハハハ。
⋯⋯我ながらしょーもな。
とにかく俺は堅苦しい宮仕えを終え、冒険者として充実した日々を過ごしていた。
彼女が訪ねてくる、その日まで。
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「驚いたわよ、シザース⋯⋯」
「ん? この宿の狭さですか? 王宮とは違いますよ」
俺が常宿としている「海の山賊亭」へと訪ねて来たのは、この国の姫、フィリアノーラだ。
十三歳から、四年の留学を経て帰国したフィリアノーラは大人の女性になっていた。
俺が庭をいじっているとちょこちょことついて来て、花や木の事をあれこれ質問してきていたなぁ。
フィリアノーラが五歳から十三歳、その間に見習いだった俺が九歳から十七歳だから八年の付き合いか、懐かしいな。
「そうじゃないわ。あなたが王宮にいなかったことよ」
「クビになれば、いない。当然のことだと」
「全く、お父様ったら。そのせいで庭は荒れ果ててます」
「そうですか」
そんな会話をすると、姫はすっと背筋を伸ばし、厳かな口調で言った。
「庭師シザース。私の専属庭師として再雇用致します。王宮に部屋は用意してあります、さあ、宿を引き払う手配を」
「いやー、今更そんなこと言われましても、もう遅⋯⋯」
「遅くない!」
「!?」
断ろうとした瞬間、姫は淑女には相応しからぬ大声で叫んで俺の言葉を遮り、テーブルを「ドン!」と叩いた。
その勢いに、遅くないのかな? と一瞬思ってしまったが、いやいや、と考え直す。
「いや、それって俺が決める事ですよね? 遅いかどうかって」
「だってシザース言ったもん! あれは十年前、朱川の月の十四日よ!」
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その日、庭の一角で姫は泣いていた。
「どうしました?」
「グスッ、あ、シザース⋯⋯見て、これ」
見ると、最近姫が世話をしていた英霊草がしなびれていた。
英霊草はこのあたりでは見られず、種子も貴重で、これが枯れてしまえば次に育てる日がいつになるかわからない。
「お花が喜ぶと思って水をあげすぎたみたいなの⋯⋯親方に聞いたらもうダメだろう、って⋯⋯」
親方ってのは俺の師匠だ。
まぁ、親方が言うならそうなんだろうな。
「残念ですね」
「うん⋯⋯」
姫は英霊草の開花を楽しみにしていた。
残念な気持ちはわかる、でも親方がそう診断したんならなぁ⋯⋯。
⋯⋯。
「姫」
「グスッ、何?」
「手遅れとは決めつけず、できる限りの事をやってみましょう! 俺も手伝いますよ!」
「う、うん!」
俺の言葉に、希望を見いだしたような表情をする姫に、頑張ろうという気持ちが沸いてくる。
英霊草、頼む、枯れないでくれ! と強く願った。
その後、二人で植え替えや土選び、日照時間などを試行錯誤し、英霊草は無事花を咲かせ⋯⋯どころか、大繁殖して親方を悩ませた。
今思えば、俺の遺伝子操作の力かも知れない。
二人で花を見ながら、俺は言った。
「勝手に手遅れだと決めず、頑張れば何とかなりますね」
「そうね!」
「俺も次に何かあっても『もう遅い』なんて決めつけず、頑張りますよ」
「うん、私も!」
「二人の約束ですね」
「二人の?」
「ええ」
「二人の約束⋯⋯ふふ、にへへ」
姫は嬉しそうに笑った。
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「って言ったもん!」
⋯⋯言ったわ。
いや、言ったけども。
それはそれ、これはこれって言うか。
「言ったわよね!?」
「言いましたけどー、でも、今回の事はお父上の決定で」
「関係ないわ、失脚させるから」
おい、どえらいことサラッと言うな。
「いや、そんな事言っちゃって良いんですか?」
「問題ないわ、アナタはこれで共犯になったから」
策士!
留学を経て成長しましたね!
いやいやマズい、これは姫のペースだ。
「聞かなかった事にしま⋯⋯」
「ならない!」
姫はまた叫び、ドンとテーブルを叩いた。
この勢いに押されてはいけない。
そもそも、俺はとっくに王宮を首になったのだ。
相手は王族とはいえ、俺もSSSSSSSS冒険者。
Sクラス以上の冒険者には、例え王族とはいえ「要請(簡単に言えばお願い)」はできても、命令はできないのだ。
「俺は今やSSSSSSSS冒険者。あなたの命令を聞く義務はありません」
敢えて、強く拒絶するように言った。
姫は驚いたような表情で、しばらく言葉を失っていたが、やがて振り絞るように言った。
「あなたが⋯⋯」
「ん?」
「あなたまでもが、私に、嘘をつくの?」
⋯⋯なぜそうなる。
「いや、嘘はついていません。約束したでしょう?」
それは流石に覚えている。
昔、姫は家臣の一人に嘘をつかれ、とても傷ついていた。
それを知った俺は、姫と約束したのだ。
俺は絶対に、姫には嘘をつかないと。
「なら、覚えてる? 私が留学する前にした、私と、あなたの約束⋯⋯」
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姫が留学する少し前。
俺は、庭を散策する姫の後ろをついて歩いていた。
この頃すでに師匠は引退し、庭の手入れは俺が担当していたのだ。
「アナタが手入れした庭もしばらく見納めかぁ」
感慨深げに呟くフィリアノーラ姫。
姫はあまり留学に乗り気ではないようだ。
「四年なんてすぐですよ」
「そうかなぁ⋯⋯」
「姫が戻って来たら、あっと驚くような庭にしてみせますよ」
俺の言葉に姫は振り返って言った。
「本当に?」
「ええ」
「ふふ、楽しみ⋯⋯でも、それだけだとちょっと頑張るには足りないかも」
「欲張りですね」
「そうよ。だから、私が留学頑張ったら⋯⋯一つだけ『お願い』を聞いてくれない?」
「お願いだなんで。私はあなたの家臣ですよ、命令すれば良いではありませんか」
「それじゃ嫌なの。だから、ね?」
手を合わせ、頭を下げる姫。
こうやってたまに見せる、気さくな態度に俺は思わず口を軽くして答えた。
「わかりました。私が可能な事なら」
「約束よ!」
姫は嬉しそうに「にへら」と笑った。
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「約束したわよね!?」
⋯⋯したわ。
「それを、命令だとか、聞く義務ないとか⋯⋯」
目に涙を溜めながら姫が非難してくる。
うう、罪悪感がエグい。
「確かにあっと驚く庭にはなってたわ、荒れ放題で⋯⋯でも、まだ『お願い』は聞いてもらってないもん⋯⋯」
⋯⋯そうなっちゃいますね。
だが、俺は最後の抵抗のつもりで言った。
「大体、庭師だったら他にもいるでしょう? 俺じゃなくても⋯⋯」
「本気で言ってるの?」
「⋯⋯」
「しばらく会わない間に⋯⋯もう、卑怯者になっちゃって! いいわ、アナタの手に乗ってあげるわ」
そう言うと姫は立ち上がり、ツカツカと音を立てながら俺のそばに来て、襟を掴んで引き上げながら言った。
「好きなの! アナタが! アナタが居ない王宮なんてヤなの!」
怒りなのか、恥ずかしさなのか、あるいはその両方なのか、顔を真っ赤にして姫は叫んだ。
「アナタは! 私の事どう思ってんの!」
いやいや。
卑怯者はどっちだ。
その質問はズルい。
だって──俺は姫に嘘をつけないのだ!
「⋯⋯大好きです」
俺が答えると、姫は「にへら」と笑ったあと、ハッとした表情を浮かべたのち、取り繕うような真顔に戻って言った。
「戻るわよ!」
「はい⋯⋯」
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つまり、もう遅いのだ。
俺が──この姫様から離れるなんて。
ご一読ありがとうございました。
人気が出ても(出るわけないけど)連載にはなりませんが、面白ければブックマークや評価、感想など頂ければ嬉しいです。