08 鳳零凰(ほうれいおう)の熱望と絶影(ぜつえい)の渇望
鳳零凰は絶影に部屋を与え、言葉と武術を教え、それから大層かわいがったそうだ。
もともと血鬼族が狩猟民族のようなものだったからか運動神経がとても良かったみたいでな、武術は一通りの基礎をすぐに覚えて早々に大人と互角の戦いができるようになったんだ。
だがな言葉の呑み込みは遅くて、目上の者に対する言葉や、国の主である王様に対するような言葉などはほとんど覚えられず、鳳零凰に対してもぶっきらぼうな物言いしかできなかったようだ。
それを鳳零凰は許し、食事の時や軍議の時でさえ、絶影を傍らに置きそれらに目を向けさせたんだと。
「この世界を統一し、平安をもたらせたい」
ある日、鳳零凰は絶影にそう言ったそうだ。
その言葉は家臣たちには信じがたい言葉だった。
なにせ、自分の目的のためなら子供でも犠牲にし、逆らうものはそれが人であり国であっても虐殺してきた王だからな。
だが鳳零凰は本気でそれを成し遂げようとしていたんだ。
そのために朱殷族が必要だったんだと言っていた。
なぜ朱殷族が必要なのか、は鳳零凰の身体の特性に関係するらしい。
凰華の歴代の鳳凰の名を継ぐ者たちは決して不死身ではなかった。その代わり食べ物でそれを補うことが出来たそうだ。だから常日頃から食材に気を配り、新たな食べ物を求めて国の調理師たちを国内外へ派遣していたんだな。
そうした成果である文献が凰華の城にはごまんとあった。その中に、昔の王が血鬼族を食べたというものがあったんだと。かなり古い文献で、実際本当のことが書かれてある保証はなかったようだが、その時代の鳳凰は三百を超える年まで長生きをしたと書かれてあった。
絶令の世界での平均寿命は日本と大した変わらないらしいからな。それが三百まで生きたというのだから天下統一を考える者としてはなんとしても手に入れたいものだったに違いない。
血鬼族を食べると身体も回復し、傷も癒え、細胞までも若返る。鳳零凰はそれを試してみたかったらしいな。
だがその古い文献の内容は酷かった、血鬼族の回復力を利用して、四肢を切り取っては食べ、また回復するのを待ち、を繰り返したと記されていたんだ。
鳳零凰は朱殷族の村からも様々な文献を持ってきて調べた。その文献の中には身体の解剖図や病気や薬の研究など様々な情報があったそうだ。
だけどな、文献の最後に載っていたのは、痛みや苦痛を感じなくなることはできないこと、死ぬこともできないということ、それから、死を渇望する内容の記事だったそうだ。
絶影が城に来てから二年が過ぎるころ、鳳零凰が絶影にあるお願いをした。
命令ではなく、それは願いだったそうだ。
お前の身体を食べさせてほしい、と。
絶影はそれに、いいよ、と答え快く受け入れた。
鳳零凰は自分で提案したことなのに叱るように、自分の身体を食べられるのがどんなことなのかを説明した。だが、絶影はいつものように笑って、鳳零様にならいいよ、と言ったそうだ。
鳳零凰はまずは試しに、麻酔のようなもので絶影が痛みを感じなくなるかどうかを試してみた。結果はやはり眠くなるだけで全く効かなかったらしい。
それからしばらく、鳳零凰は医療者やその他知恵のある者たちと話し合う日々が続いたそうだ。
食べさせてほしいと言われてから一向にその行為に及ばない鳳零凰をみて、絶影はある夜泣きながら訴えたそうだ。
自分を食べてほしい、と。
言葉や文字を覚えた絶影は鳳零凰からお願いをされる少し前、ある手記を読んでいた。
それは朱殷族の村に生まれ、村を離れ旅をした者の日記のようなものだった。その人物は、朱殷族が人を喰わないで生きていけないかと、人を喰わなければ不死の身体から解放されるのではないかと考えた者のようだった。
自分とは違う普通の人と結婚し、家庭を築き、その家族を失った者の話だった。
それを読んで自分は死ねないのだと知ったんだ。
絶影はこの世に一人取り残される恐怖を幼いながらも強烈に感じたんだな。
身体を傷つけられ見世物にされるより、四肢や腹を引き裂かれ食べられることより、永遠に一人で生き続けなければいけないと言うほうがよっぽど怖かったんだ。
だから、泣きながら懇願した。
鳳零凰が自分を食べて同じように一緒に生き続けてくれることを望んで必死で頼んだそうだ。
そして、鳳零凰は絶影を食べることを決意した。