04 人攫い
町が見えてくると朱殷の子供は途端にチェイチェイの衣服にしがみつき隠れるように顔を埋めた。
朱殷の村とは違いほぼ全てが2階建ての建物はとても大きく見え、町の入口に差し掛かる頃には馬車(のようなもの)が走る音やどこかで聞こえる楽器の音楽、そして何より人の話し声が子供にとってはとても恐ろしいものに感じたそうだ。
チェイチェイは子供の肩を抱き、優しくゆっくりと話しながら町に入った。そして、食べ物屋の屋台を見つけ村で子供に食べさせたものとは違う、パンのようなものを買って自分の腰元に差し出したんだ。
その匂いに釣られ隠していた顔を出したのを見て、チェイチェイは子供の手の中にパンを渡した。
子供は恐る恐る顔を出しながらそれに食いつくと、美味さに驚いてまたバクバクと一瞬で食べ切ったんだと。
チェイチェイはそれが嬉しくなって別の屋台を何件か回り、色々な種類の食べ物を買ってから、宿を探した。
小さな町に宿は一軒だけで、そこはチェイチェイが朱殷族の村に着く前に泊まっていた宿だった。
「アレ?お客さん、その子どーしたんだい?」
宿屋の主人に尋ねられると、チェイチェイは少し間を置いてから答えた。
「身寄りがないみたいでね、引き取ることにしたんだ」
言葉の意味が分からない子供はとにかくギュッとチェイチェイの服を掴んだまま宿屋の主人を怯えた目で睨んでいたそうだ。
宿屋の主人はそれを見て何も言えなくなったんだろう。それ以上、子供のことについて聞くことはなく、宿の空いた部屋に二人は入ってやっと一息入れることが出来た。
部屋に入ると、中央に申し訳なさそうに置いてある小さなテーブルにチェイチェイは買ってきた食べ物を広げた。やっと安心した朱殷の子供はそこから二つを掴み取り無心で食べたそうだ。
「そんなにがっつくと喉に詰まらせるよ。美味しいかい?」
その食いっぷりに感心したチェイチェイは笑顔で話しかけた。そして、子供もその笑顔につられてにっこりと笑ったそうだ。
「おいしいのか、そーか。私の作った料理もぜひ食べさせてやりたいな」
ますます顔がほころぶチェイチェイに対し、子供は見様見真似で声を出してみた。
「お、…お、おあぁ…」
「お!おいしい、だ。お、い、し、い」
「おぉ、お、おあ、ああ、あ、あ」
「うん、うん、これからどんどん覚えて行こうな」
チェイチェイはその子供が発する声がとても心地良かったらしい。そして気がついたら子供は買ってきた食べ物のほとんどを平らげていて最後のひとつを手にした子供は、しばらくその食べ物を見続けた後にそれをチェイチェイに差し出したそうだ。
自分ばかり食べて申し訳ないと思ったのか、チェイチェイが自分にしたことの真似事だったのかは分からないが、とにかく、その行為はその子供にとって初めての他人に対する行動だった。
それもまた嬉しくなったチェイチェイは喜んでそれを受け取り、半分にちぎってまた半分を子供に渡したんだと。
朱殷の子供はチェイチェイから優しさを教わったんだな。
でもな、その後、また子供は一人に戻ってしまったんだ。
次の日、朝ごはんを買いに出かけた二人は、昨日とは違って出店ではなく、朝の市場で野菜や果物を見ていた。そして、チェイチェイが果物を選んでいる時、いつの間にか後ろにピッタリくっついていたはずの子供が消えていたんだ。
チェイチェイは最初どこかではぐれたのかと辺りを探したが見つからず、子供は昨日人里に降りてきたばかりで一人でどこかに行くことも考えられなかった。
つまり、誰かに攫われたんだ。
チェイチェイは青ざめた。
それは子供のことを考えてのこともあるが、自分の命の事も心配だったからだ。
チェイチェイはある国の王宮に務めている調理師で、珍しい食材を探す仕事を課せられて旅に出ていた。
そして、その国の王が長年血鬼族を探していることを知っていた。中でも朱殷族を躍起になって探していることも。
それを今回みすみす逃したとなれば、確実に自分の首が飛ぶだろうことも良く、知っていた。
さほど広くない街中をくまなく探し、宿屋に戻る頃にはとうに日は暮れていたそうだ。宿屋の主人にも聞いてみたが帰ってきた形跡はなかくチェイチェイは途方に暮れた。
次の日もう一度朱殷族の村に行ってみようと思ったが、何処からどうやってどの山に登っていったのかさっぱり思い出せなかったらしい。最初に入った山道に行ってみたがそこは隣町に続く街道に繋がっていて、結局一日山のふもとを歩き回って終わった。
結局、朱殷族の村を発見したのも、子供を見たのも幻だったのではないかとまで思いだした。そんな話を持ち替えるわけにもいかなかったが、チェイチェイは本当に正直な性格だったようでな、そこから王宮へ帰り、意を決して王に話をしに行ったんだと。