02 朱殷(しゅあん)族の生き残り
その子供は朱殷の村を一通り喰い尽すと、辺りを見て回った。喰い尽した死体は全て服を着ていた。食べる時は面倒だった服だが、子供は見よう見真似で死体のそばにあった同じものを同じように着てみた。きっと、少しほっとしたのもあったんだろう。しばらく、そこにおよそ一年ほどいたらしい。
食べる死体が無くなってから、一年だ。
雨水が溜まっている瓶で喉を潤し、朽ちかけた家屋の周りに生えている草を食べ、それから、虫や小さな動物を食べたそうだ。
不死の種族とあってやはり食べなくても死ぬことはないらしいな。だが、動けば腹は減る、だから、手当たり次第になんでも食べたんだな。
そして、ある日村にやってきた男に発見されて、その男に村の外へ連れていかれることになる。
男は名前をチェイチェイと言った。ある国の王宮調理師で珍しい食材を探す旅の途中だったそうだ。
チェイチェイはその村を発見すると、くまなく村の状態を観て回った。
建物は全て木造の平屋で、村の真ん中ほどに井戸があり、井戸の反対側には大きな竈があった。竈の中は白い粉のようなものが大量にあり、その粉をよく見てみると、人の頭蓋骨のようなものがいくつもあった。
生き物がいる気配がなかったから、一番大きな家に、チェイチェイは恐る恐る入ってみることにした。
家の中は荒らされた形跡も、争った形跡もなく、時が止まっているように静かだったそうだ。そして、いくつかの部屋を見終わったあと、寝室に出くわした。
そこでチェイチェイは目を疑うことになる。
きれいに、眠っているような顔の下、真っ赤に血の滲んだベッド。首から下はほぼ骨が見えていて、肋骨や骨盤には捌いたばかりのような肉片がまだいくつも付いていた。手足の骨は何本かばらばらにされていて指先だけ肉片が残っている。
チェイチェイはその日の朝にウサギ(のような生き物)を狩って食べたことを後悔したそうだ。
ある程度落ち着いてからチェイチェイは死体に布をかけることにした。幸いベッドに最初から寝てくれてはいたから、そのままたぶん布団やら毛布やらを掛けたんだろうな。
それから他の家も回ってみたがみんな同じだったそうだ。
村は凄惨な様子ではあったが、腐敗臭もしなければ死体に虫もたかっていなかったそうだ。死体は皆それぞれの家の床についていて、何者かに喰い尽された痕はあったが、顔は皆穏やかに寝ているようで、この村で何があったのかその時のチェイチェイにはわからなかった。
村の端の家に入った時、死体の腹、だっただろう場所、の上で寝ている子供を見つけた。
とても驚いたらしい。何せ、ほとんど全ての家を周り終え、死体だけだと思っていたんだからな。
驚いたが、それと同時にその子供にとても興味が湧いたそうだ。それから子供を見たまま小一時間考えた。
死体の状態や家屋の様子、そこそこ人数のいた村の装いに周りに田畑がないことから、そこが朱殷族の村だと確信したそうだ。そこにいた子供が唯一の朱殷族の生き残りだということも。
目覚めたその子供は目の前の男をずいぶん長く見ていたそうだ。
チェイチェイはその子供が初めて見る「生きて動く人」だった。不思議そうに頭を上下に大きく動かしながら「生きて動く人」を見ていた子供はそのうち足に噛みついてきたんだと。
チェイチェイは勿論驚いて、大声を上げてそれを止めさせた。だが、子供はそれ以上の大声を上げて驚いて、置いてあったテーブルの下に逃げたそうだ。
初めて見る「生きて動く人」が「声」を発したからだな。
子供は自分の声にも驚いた様子だった。それまで声を出す必要が無かったから、初めてそこで声を出したんだ。
チェイチェイは身振り手振りで安全だと伝え、人を食べてはいけないことを教えた。そして持っていた食べ物を渡して食べさせた。
チェイチェイの持っていた食べ物を食べた子供はとても驚き、同じものを何度もせがんだ。
だが、それは一つしかなく、仕方なく、子供はチェイチェイについていくことにしたんだろう。
チェイチェイは子供を連れて歩いている間、ずっと話しかけていたそうだ。子供はあまり理解している様子は見られなかったが、顔、手足、体などや、歩く、という行為の名前、鳥や虫、と言ったことも教えながら歩いたそうだ。
三日ほどでその山を下りると、小さな町にたどり着いた。




