プロローグ
ファンタジー初挑戦してみました。
おじいちゃんのモデルはもちろん私の祖父です。
そして、私の祖父は本当に作り話が好きで、寝る前にいつもいろんなお話をしてくれました。
そんなことを思い出しながら書いていってます。
夏も間近に迫る6月のある日のこと。
私はふと思い立って祖父の家に行くことにした。
祖父の名前は「安彦登」。
祖父の家は海沿いの田舎にあり、村と言うよりは小さな集落に近かった。多分総人口で百人もいないだろう地域だ。だが、私の家からは車を2時間ほど走らせれば着いてしまうので、少しだけ遠いけど少しだけ近い絶好の故郷という感じだ。
なぜ、急に行きたくなるのかは分からない。
小さな頃から親や兄弟、従兄弟の家族と、長い休みに入れば集まる場所だった。大人になった今でも、月に何回かは入れ替わりで親族の誰かは来ているようで、祖父も毎回行く度、孫や曾孫と会った話をしてくれる。
祖父は床屋を営んでいて、小さな集落に一つしかない床屋は大繁盛、とまではいかないがまぁまぁ儲かっているようだ。
祖母は私が小学生の頃に亡くなり、以来祖父は1人でこの床屋に残り暮らしている。集落の人が少ないのがいいのかは分からないが、祖父はそこでの友人は多く、毎晩誰か彼かは飲みに来ていて、寂しがる暇もないという。
私が祖父の家に行くのは決まって平日だ。土曜や日曜は他の親族が来ていることも多いし、海沿いにある祖父の家まで行くのに海岸線を通って行かないといけないので必然的に土日は観光客が多い。田舎に向かう一本道の渋滞にはまりたくないという理由もあった。第一、サービス業の私には土日の休みなどない。
朝からコンビニに寄っておにぎりとサンドイッチとペットボトルのお茶を買い、車を2時間ほど走らせた。
今日はお客がいないらしく、祖父の家の前まで行くと祖父は外で薪割をしていた。
祖父の家は昔ながらの薪ストーブを使っている。春から秋の間は使わないが、海沿いの寒い冬を越すために夏の時期にせっせと薪を割って物置に蓄えているのだ。
「やっほー、じいちゃん」
「おー、まーた仕事サボってるんか?」
「だーから、平日休みの仕事なの」
このやり取りは私が行くといつもする挨拶のようなものだった。
車を家の前にドカッと止めて、それから少し薪割を手伝った。
「で、今日はまた、何しに来たんだ?」
祖父が尋ねる。
「んー、わかんない」
私はいつも正直に言う。なぜ来たくなるのか、わからないから。祖父にわざわざ嘘やお世辞も必要ないとも思っていた。
「そーいえばな、面白い話があるんだ。聞くか?」
祖父は作り話がとてもうまい。
おとぎ話や妖怪の話、歴史の話から、宇宙の物語までいろいろな物語を話してくれる。
正直、これがとても楽しみなのも来る理由の一つだが、話を聞きたいと思って車を走らせたことは一度もない。
薪割がひと段落して、ちょうどお昼時なのもあって祖父と一緒に家に入り、コンビニで買ってきたサンドイッチとおにぎりを一緒に食べることにした。
祖父が言うには、祖父には「普通の人には見えない生き物」が見えるらしく、時々遊びに来て身の上話やら、故郷の話を祖父に話してくれるらしい。
それが、祖父の言う作り話だ。
祖父に話に来る相手は幽霊だったり妖怪だったり、宇宙人だったり、はたまた、妖精や天使、悪魔ような相手もいるらしい。
どこからが本当で、どこからが作り話かは本当にわからないが、小さなころに従妹たちと一緒に、夏の夜花火をしていて、誰もいない街灯の下で祖父がにこやかに話しながら一人で花火をしていたのをたまに思いだす。
私が声をかけると祖父が持っていたと思った花火がすーっと草むらに消えていった。まるで小さな子供が持って走って逃げたかのように、火のついたままの花火が草むらに吸い込まれていったのだ。
「いきなり話しかけたからびっくりしたんだな。近づくときはそおっとだ」と祖父に言われて意味も解らず怖かった思い出がある。
それから祖父は「誰にも内緒だぞ」といってたまにこうしてその普通の人には見えない相手から聞いた話を私にしてくれるようになったのだ。
「今日はな、結構ディープな話だぞ」
「ディープって、じいちゃん」
私はそう言って笑った。
「誰から聞いたの?」
「絶令と言う女の子だ。異国のな。肌はこんがりトーストのような色だったな。女の子と言っても年齢はとうに千を超えているといってた。見た目は高校生くらいだったがな」
祖父はニコニコ笑顔で話し始める。それから、立ち上がって電話台から煙草の赤ラークのボックスを二つとマッチ箱を持ってきてテーブル前に胡坐をかいた。祖父の右横にある今のシーズンは使っていないストーブの上からガラス製のごつい灰皿を取って私と祖父の間にある重厚な木製テーブルの上に置いた。
これは長い物語なんだろうと私は思った。
短い話なら祖父は灰皿をテーブルにあげたりはしないし、煙草のボックスを二つも用意したりもしないからだ。
明日は幸い休みだ。久々の連休だったし、特に予定もなかったので今夜はゆっくり話を聞いてここに泊まることにした。
「絶令はな、異国の地のお姫様らしい。国を離れて旅をしている途中でここに寄ったんだと言っていた。ずいぶん長旅をしてきたようだったよ。いろんな世界のいろんな国でまだまだ勉強することはいっぱいあるとな」
祖父は煙草を咥えてマッチ箱を逆さにして掌に一本だけ落としてから、箱の側面のヤスリと擦り合わせて火をつけた。それから自慢げに何個か煙のわっかを作り、静かにほほ笑む。
「このわっかをな、すごく喜んで見ていたよ。彼女の世界には煙草というものが無いらしいからな。健康的でいいな。酒はあるらしいから行くときは煙草だけもってけばなんとかなるな」
ははは、と笑い、祖父はまたわっかを二、三個作って見せた。
それから、真剣な顔で、また話を始める。
「なにから話したらいいかな。まずは、絶令の母親の話からかな。彼女の母親は彼女のいる世界でも稀な種族らしくてな。そしてその種族の唯一の生き残りらしいんだ」
私はその時、絶令という子がお姫様だっていうことと、国を離れて勉強しているくらいだからさぞきらびやかな世界の話なのだろうと思っていた。だけど、祖父のその話はのっけからすさまじくグロテスクな内容だった。