第7話 紡村の勇者
目が覚め伊達円は刀を片手に立ち上がり、アズウェル大森林のある方角を見ていた。
モンスターはおらず、伊達円は皆が寝静まる中で立ち去ろうとしていた。
「ねえ伊達円、どこの行くの?」
「セーラ、起きていたのか」
「もう帰っちゃうの」
「俺は放浪者なんだ。だからまたいつか会おう。セーラ」
遠ざかる伊達円の背中を見つめ、心に空洞があるように冷たい気持ちを抱えていた。
伊達円は振り返りたい気持ちを抱えつつも、背中を向けることしかできない。もし振り返ってしまえば、きっとここにずっといてしまいたいと思ってしまうから。
「セーラ、ありがとう」
そう呟き、少年は旧市街地へと歩き出した。
セーラは膝から崩れ落ち、泣いていた。
苦しい、悲しい、別れたくない、そんな交錯する気持ちが彼女の心にはあったから。
「おや、勇者様はどこへ?」
起きたばかりの村長は、薄目で周囲を見渡した。目に入ったのは泣いているセーラの姿のみ。
「どうした?セーラ」
「別に、何でもない……」
そう言ったセーラであったが、彼女の体からは力が抜けていき、そして地面に体を寝かせて泣いていた。
「セーラ、すまない。俺にはやらなくてはいけないことがある。だって約束したから。お前の兄貴と」
伊達円が一刀で向かった場所は旧市街地。
鋭い眼光でその街を睨み付ける。
壊された家屋の数々、家と家を境に張り巡らされるクモの巣の数々は、ある種のモンスターの足場を増やしていた。
「あいつの言っていた通りだったな。モンスターを意図的に狂暴化させている何者かが裏にいる。そいつを倒し旧市街地をモンスターから解放しない限りは、紡村に平穏が訪れることはない」
伊達円は刀を握り、旧市街地を駆ける。
屋根の上に着地するや、目前に立っている男へ刀を突き立てた。
「お前がモンスターを狂暴化させている元凶か?」
骸骨の仮面を被った男は無言を徹底する。
仮面越しに声が聞けることはなく、静寂が空間へ流れている。
伊達円は仕方なく刀を降ろすが、その瞬間に骸骨の仮面を被った男は剣を片手に斬りかかる。不意打ち、とはならず、男の攻撃を誘った伊達円は剣の上を滑らせて刀で骸骨の仮面へと刀を直撃させた。
「その顔、拝ませてもらうぜ」
刀が仮面へと直撃した瞬間、赤いメッセージが仮面の前に現れる。
「破壊不能アイテム!?」
驚くあまり体勢を崩した伊達円へ、骸骨の仮面を被った男は剣で伊達円を斬り飛ばした。深傷は負ったものの、動けはする。
だが斬られたのは横腹、呼吸が苦しく、斬られた部分からは出血している。
それほどの致命傷を負わされたのも先ほどの仮面への攻撃がトリガーとなっていた。
その動揺の原因、そもそもこのゲームには破壊不能アイテムなどというものは存在しない。だからこそ、仮面を攻撃した際に出現した〈破壊不能アイテム〉などという言葉は伊達円が動きを鈍らせるほど動揺させるわけであった。
痛みに耐えながら男の剣撃を避け続けるも、相手は素人ではない、これまで多くのプレイヤーを殺してきたレッドプレイヤー、そう簡単に倒すことはできない。
レッドプレイヤーである証拠に彼の目は片目だけ赤黒くなっている。
(まずい……逃げつつ攻撃を、できない)
再度攻撃を受けた。
次に攻撃を受けたのは額、伊達円は宙へ舞うようにして屋根へ転がった。
「まだ……まだ……」
既に体力は消耗し、立つことすらままならない。限界を感じ、伊達円は起き上がれない。
「終わったか、アポカリプス」
骸骨の仮面を被った男の前に、黒装束に身を包んだ一人の男が現れる。
「相変わらず無口だな。まあ良い。ではこれより、全てのモンスターたちを紡村へ突撃させ、その先にある首里城を奪いに行こうか。さあ、VRの世界は終わらせないよ。正義ども」
それを聞いた伊達円は血反吐を吐きつつも、大声を上げて刀を屋根に突き刺して立ち上がろうと足を踏ん張らせた。
「あの村は……あの村だけは、奪わせない」
何とか立ち上がった伊達円であったが、それだけで既に限界は来ていた。一歩でも足を動かそうにも腹の傷口は広がり、痛みが強まるだけだ。
「おいアポカリプス、この男は何だ。お前、邪魔だな」
黒装束の男は伊達円へ手をかざした。すると手には魔方陣が形成され、そこから電撃が宙を流れて伊達円を襲う。
「ああああぁぁぁぁあぁぁああぁあ」
全身に流れる痛みに耐えかね、伊達円は叫んだ。
ーーだがそれでも尚、彼は倒れなかった。
既に意識すら保てそうになく、体内の血が減っているせいか体もまともに動かない。それでも尚、伊達円は刀を構え、立っている。
伊達円の視界には黒装束の男と骸骨の仮面を被った男はいない。彼の視線の先には既に森の中を進むモンスターの姿が残酷に映っていた。
「セーラ……」
伊達円は刀を五本の指で強く握り、二本の足で大地に踏ん張った。そしてアズウェル大森林へと駆け抜ける。
(セーラ、俺は約束したんだ。お前の兄貴と)
既に限界のはず。
それでも尚、伊達円は一刀でモンスターを斬り伏せる。だが昨夜なかったはずのクモの巣が木々の間に形成され、蜘蛛型のモンスターの動きは明らかに素早くなっていた。
(お前の兄貴は死なせてしまった。だからその償いに勝手に俺は約束したんだ)
既に森を抜け、紡村へと侵入しようとする蜘蛛型のモンスターたち。
伊達円は倒れる寸前であった、それでもまだ刀を握り、モンスターを倒している。
(お前の兄貴が、俺の友が安心してあの世へ行けるように誓ったんだ)
蜘蛛型のモンスターは村へ侵入した。
村の人々は逃げ惑う中、それでも一人の少女は彼を信じていた。
「セーラ、ここは逃げるぞ」
「ですが村長、私には分かるんです。きっとどこかで戦っているあの少年が。きっとあの人なら、しばらく返ってこないお兄ちゃんのようにモンスターから私たちを護ってくれるって」
伊達円は一心不乱に駆け抜けた。そして森を抜け、村へとやってきた。
(セーラ、俺は)
蜘蛛型のモンスターはセーラへと剣のように尖った足を振り上げ、そして振り下ろす。
セーラは顔を伏せても尚、恐怖を前にしても逃げなかった。
だって……、だって……
「信じていたよ。伊達円」
剣のように尖った足を、突如として現れた伊達円はたった一刀で受け止めた。
セーラは涙をこぼしつつ、内心では笑みをこぼし、伊達円の背中へすがりつく。
「セーラ、ここでお前は死なせない。だから安心して俺の後ろで待っていな」
伊達円は一刀で無数の蜘蛛型のモンスターを前に立ち塞がった。
「モンスターども、ここから先は、一歩も行かせない」
紡村勇者、伊達円。
彼は倒れないーーそこに護るべきものがあるから。