第5話 かつての友
森の中を歩き回り、アズサワはとうとう袖引きの住み処である塔の前へとついた。
黒兜をつけたアズサワは光沢のある黒塗りの剣を握りしめ、横に立つ妹々へと言った。
「妹々、お前はプレイヤーか?」
「はい、プレイヤーなので十分に戦えます」
「ならここで少女を守ってくれ。俺は袖引きを倒しに行くから」
アズサワは塔へと歩み寄るが、それを止めるように妹々は言った。
「アズサワお兄ちゃん、私も行きたい。私もお姉ちゃんを救いたいんだ。だからお願いします。私も連れていってください」
アズサワはしばらく考え込む。
「分かった。だが俺のそばから離れるな」
アズサワは妹々と少女を連れ、塔の中へと入った。
背中に護るべき二人がいることを考えると、アズサワの手には汗が握られていた。
「早速来ました。天井です」
「了解」
妹々の声とともに視線を上へ上げたアズサワは、天井から飛んできた小さな人型のモンスターーー袖引き二体を剣の一振りで倒した。
そのまま走り、アズサワは階段へと進む。
「キッキー。ここから先は通さない」
階段の前に立ち塞がった袖引きは、他の個体よりも明らかに大きく、アズサワと同じほどの大きさを有していた。その個体は両手に剣を構え、アズサワへ襲いかかる。
「無駄だ」
袖引きがアズサワへ剣を振るった次の瞬間、全身に傷を負い、血を吹き出して倒れた、袖引きが。
周囲で笑みをこぼしていた袖引きたちは、一瞬にしてその個体が倒されたことで震え上がった。
「妹々、行くぞ」
「後ろから襲われたりとかしない?」
「既にあいつらは、戦意喪失している」
動きを止めた袖引きたちを横目に、アズサワは階段を駆け上がって最上階へと向かった。
そこは部屋が一つあるだけ、そこにある玉座に座る一人の女性は、アズサワの出現に笑みをこぼした。
「久しぶりだな。アズサワ」
その女性は立ち上がり、紅色の剣を抜く。
燃え盛るような紅色の髪、全身紅色と白の装飾品を身に纏い、紅色の瞳を輝かせる女性。
アズサワはその女性を見るや、言った。
「久しぶりだな。月代燐呼」
「君はもうダンジョンには潜らないとばかり思っていたのに。どうしてまたダンジョンへ潜る気になったのかな?」
「うるさい。お前に話すことは何もない」
「そう無愛想に振る舞わないでくれよ。感謝の気持ちくらい抱いたらどうだ?」
「感謝はしている。だが今は状況が違う。この子の姉を拐ったのはお前か」
月代はまず妹々へ視線を向けた。その後剣を構えるアズサワを見た。
「なるほど。そういうことか。おい袖引きたち、さっき拐ってきてたあいつを連れてこい」
袖引きは彼女には逆らえないのか、脅えるように急いでどこかへ走っていく。次に戻って来た時には一人の少女を抱えていた。
その少女を見るや、妹々は「お姉ちゃん」と泣きながら駆け寄った。
「お前が拐ったわけではないのか」
「早とちりしないでくれ。いくら私が嫌いだからといって」
「妹々、帰るぞ」
「帰る?そう簡単にいくと思うなよ」
月代は剣を後ろへ振るい、アズサワへと飛び込んだ。アズサワは剣で月代の剣を受け止めるも、想像以上に力が強く、圧されている。苦戦している最中、火炎が剣から放たれる。
避ける、という選択肢もあったが、背後にはあの少女がいた。アズサワは全身の筋力を強化し、力づくで月代を吹き飛ばした。
壁へ激突する月代。
アズサワは息を荒くし、剣を地に刺して重心を支えた。
だが月代はすぐさま起き上がり、アズサワの前で平然と剣を構える。
「何のつもりだ。月代」
「別に、君を殺したかったわけじゃないさ。ただしばらくダンジョンに潜ってなかったから弱っているんじゃないかと思って、力量を試しただけさ」
「気は済んだか?」
「そうだねー。まあ、全盛期ほどの力はないらしいけど、まあせいぜい頑張りな。また失わないようにね」
そう呟くと、月代は壁を剣で斬り穴を空け、そこから飛び降りた。
「妹々、出口まで見送ってくよ」
「うん。ありがとう」
妹々は眠っている姉を抱え、アズサワとともに《さ迷いの森》から抜け出した。
「じゃあ元気でな。妹々」
アズサワは少女を連れ、去っていく。
妹々はあやふやな感情を抱え、遠ざかるアズサワの背中を見ていた。
「お兄ちゃん……」