第3話 閉ざされた心
そこはアズサワの知り合いの民宿。
部屋を一つ借り、アズサワは昨夜拾った彼女へ何度も問いかけていた。
「名前は?」「どこから来たの?」「さっきの黒装束の者は誰?」「話したくないか?」
どんな質問をしても返ってくる言葉はない。
ただ無愛想に向けられた表情だけがアズサワの目には映っている。
(困ったな。NPCが涙を流したことでも驚いたが、どうやら彼女には心がある。だが今はなぜか閉ざされているが)
アズサワはその少女に驚かされることばかりだった。
一体彼女が何者なのか、それは理解しがたいことであった。
管理人スキルですら、心の傷を癒すことなどできない。当然といえば当然だ。
そもそもゲームの中でのスキルである以上、心を癒すことはまず不可能だ。つまり彼女に心があろうとなかろうと、傷は癒せない。
だがもし心があり、傷ついているのなら、原因さえ分かればその傷を癒すことができるかもしれない。
困ったアズサワは、数少ない知り合いの一人である男の紹介により心理カウンセラーの職業をしていたというスピリットという女性に会った。
白髪に白い白衣、タバコのにおいが香る女性。
「私に頼み事とはどのような依頼でしょうか?」
「実はーー」
アズサワは事情を話し、ずっと一言も発さず黙り込んでいる少女を見せた。
「なるほど。原因とかは分かりますかね?」
「いえ。それが分からないんです」
「かなり難しいですね。それに経緯は分かりませんが、彼女はかなり深刻な傷を心に負っています。治るとしても一年以上はかかってしまうでしょう」
「もっと早い方法はないのか?」
「そうですね……」
スピリットは首をかしげ、自らの記憶をほじくりかえしていた。だがそれでも何も思い浮かばなかったのか、申し訳なさそうに言った。
「他に方法はないですかね。そもそも心の傷が治らないことはよくあることです。なので本来治るかどうかも分かりません。ですが彼女の目は時々私達を見るように動いています。そしてあなたを見た際にだけ目の動きが止まる。つまりあなたならな、きっと彼女の心を取り戻せるかもしれません」
「俺に……」
「私に分かることはそれだけです。ではこれにて」
お辞儀をすると、スピリットはアズサワのもとから去っていった。
アズサワは少女を前に、しばらく固まっていた。
「なあ、どこか行きたい場所はあるか?」
(まあ答えるはずもないかーー)
「ダンジョン……ダンジョンに行きたい」
初めて喋った言葉が何かと思えば、その言葉はまさかの"ダンジョン"。
アズサワは困惑した。
少女を危険なダンジョンへ行かせるわけにはいかない。何よりまた黒装束の者たちに見つかる可能性もある。
「ダンジョンか…………」
アズサワは少女の願望にしばらく間を開けていた。
(俺は管理人だ。少女一人護るくらい、俺にだって)
アズサワは決意した。覚悟した。
少女の方を向き、笑顔を作って言った。
「じゃあ行こうか。ダンジョンに」
年間一万人以上の死者をダンジョン。だがそのデータはあくまでもこの沖縄での話。
もし他にもここ沖縄と同じようにモンスターに支配されていない世界があったのなら、きっとそこでもダンジョンに挑み死ぬ者が大勢いるだろう。いや、いないはずがない。
そこへ彼らは向かう。
「ダンジョン……。俺に、出来るだろうか?彼女の心を取り戻すことが」