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青華学園物語  作者: かりんとう
それから
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アマテラス編


「それは、アマテラスに聞けばいいじゃないか。コイツが本物か…あるいは作り物か。」


モニター越しに信一郎が言うのを管理者アマテラスはジッと聞いていた。彼の対面にはエレノアとある男がいた。ここは信一郎馴染みの喫茶店、周囲には後藤秘書と同じくらい忠実で口の硬い幼馴染のマスターしか居ない。


『やれやれ、これらを片付けなければならぬな。』


アマテラスは片付けをサボり、室内に積み上がっていた本や工具達に目を向けた。別に見られた所で困りはしない。彼らが失望するだけだ。アマテラスが下界にいる彼らに干渉し始めて早15年が経とうとしている。そうなれば、愛着がわくのも当然のことだ。アマテラスは彼らに夢を持たせていたかった。……いいや、もしかするとこれはアマテラスなりの愛、友愛に近いものだったのかもしれない。


『……だからこそ、彼を作った。復元しようとした。』


そう言っても人の理から外れた存在であるアマテラスの愛が彼らに伝わるだろうか。モニターからは声がまだ聞こえてくる。しかし、それは先程と違って少し緊張感がある声色に変わっていた。


「だから、違う!彼女はただの友人だ!」


「貴方にはこんな若い友人がいるの!見たことないわ。…それに第一貴方は…!」


「何を考えているか知らない。でも、きっとそれは違う。誤解だ。」


「貴方はいつも、いつも誰か他の人を見ている…。私を見ている時だってその奥には誰か他の人の影が見え隠れしている!」


「雪乃…。」


言い争っているのは信一郎と妻だ。これまで陰で動いてきたエレノアと表で交わったことで無用な争いが起きたと思われる。


『御主人様、こういう時は記憶を消すのが有効。』


「……あんまりやりたくないんだけどな、そういう方法。仕方ないな。しっかし、俺もまあ…器用に生きられない人間だな。」


『御主人様は大丈夫。十分器用に生きている。』


「何を小声で話しているのかしら!」


「なんでもない。……雪乃、俺の目を見ろ。」


信一郎の目を見た妻の体が痙攣し始める。そのままフラッと倒れたかと思えば、すぐに目を開く。


「私、何をしようとしていたのかしら…?なんだか、頭が重いわ。」


「少し疲れているんじゃないか?家でゆっくりしなさい。」


「ええ、そうするわ。」


まるで先程自分の妻に魔法を向けた人間とは思えぬ口ぶりで彼は妻を家まで送る。ああ、妾はこの男に救われているな。この男が地位ある人間にこの力を使えば世界の均衡などすぐに崩れてしまう。この男の職業を考えれば、それは普通の人間より容易く行える。無欲…というよりは無関心で怠惰な罪深き男は今日も最低限でしか力を使わず、平穏を保っている。


『アマテラスの所に行こう。』


『誰だ、それ。』


『神様だ。言っていなかったか?』


『聞いたような聞かなかったような…』


『あの女は不遜だ。あるいは冷酷…とにかく、酷い女だ。見た目だけは美しい。この世のものとは思えぬほどにな。まぁ、この世のものじゃないけど。とにかく、あの女の見かけに騙されるな。』


何故、妾は悪口を言われているのであろうか。釈然とせぬ。



______


エレノアが男を伴ってやってきた。妾は平静を装う。後ろを歩く男の顔が少し強張ったのはきっと正面に向かい合う妾しか気づいていない。


『よく来たな。……何じゃ。』


エレノアは式神らしからぬ緊張をしているようで中々言葉が出てこない。ならば、こちらから言ってやろう。


『聞きたいのは、後ろの男のことか?』


エレノアは小さく頷く。本当のことを教えてやってもいいが、知らぬ方が幸せなこともある。


『その男のことを知ってどうするつもりじゃ。』


『……。』


『身代わりにでもするのか。可哀想なことじゃ、皆に騙されて…影山美咲が哀れなものである。』


『それだったら会わせない方がいい?分からない。私は…』


アマテラスは内心エレノアの純粋さが心配になった。少しからかうつもりだったのにここまで騙されやすいとは逆に心配である。


『それは、運命に任せるべきじゃ。そなたの決めることじゃない。』


『あなたは、やっぱり…僕のことを知っている。』


『ああ、妾は神じゃ。なんでも知っている。…エレノア、彼と話をさせてくれ。』


『分かった。』


単純すぎる所は信一郎に警告した方が良さそうだ。エレノアが居なくなった後、妾はこの男に尋ねることにした。


『そなた、自分が何者と思っている。』


『僕は…』


『知っているのではないか。……自分が、エレノアや他の者達が望む存在ではないと。』


『それは…。僕は、あなたに創られました。多分、そうなのです。しかし、あのお嬢さんやその主のことを懐かしくも思うのです。』


『それはそうであろう。記憶を埋め込んだのだから。あの“大臣”という男の姿形、記憶…行動パターンまで同じであるように創ったのは妾じゃ。

少し加減を間違えたのか“大臣”としての記憶は消えているようであるが、そなたはほぼ“大臣”なのじゃ。』


『……そう、ですか。』


ただし、完全にオリジナルとも言えない。人間でいう所のテセウスの船問題が発生してしまいそうだが。

_姿形、声、失っているが記憶も彼と彼の中にいた不純物をベースに創った存在、それは誰がどう見ても彼ではないのか。

……まぁ、その判断を下すのは今回ばかりは全知全能の神である妾でもない。彼と同じ姿形をした今はもういないあの男を愛したちっぽけな1人の女である。


『会うか会わぬか、それはそなたに任せよう。彼女に会いたいなら会えばいい。そなたの人生なのだから、勝手にせい。』


男は黙ったままだった。何を考えているのか神にも分からない。

……どう転ぶのであろうか。まぁ、どちらに転んだ所でこの物語はもうすぐ終焉を迎えるのだから。


『最後に教えてください。どうして僕を創ったのですか。』


『どうして…』


“大臣”を失くして心を壊したあの少女が不憫だった。だから、神の慈悲を与えた。それが綺麗で美しい答えだろうか。いいや、そのような答えでこの男は納得すると思えない。しかし、理由などない。ほんの微かな気まぐれだった。


『強いて言えば、ただの気まぐれかの…。特に理由などない。』


『そう、ですか。いいや、彼になるならこんな言葉遣いではダメだな。

アマテラスらしいな。気まぐれ…とは。』


『全然似ておらぬな…そなたは。すまなかった、今のは忘れておくれ。』


同じ存在を創ってもやはり全く同じものはできない。失うとはこういうことなのだな。信一郎やエレノア、鏡子やネオ…今、妾の周りには未だかつてないほど人間の知り合いがいる。彼らとの時間はアマテラスにとってはあっという間に過ぎ去る時間だった。彼らの中で1番古い付き合いの信一郎と出会って15年、それすらもほんの数日くらいの感覚だった。


『妾は寂しいと思ったのかもしれぬ。今まで気まぐれに下界で友人を作ることはあった。』


『そうなのか…。』


『信一郎は知らぬことであるが、彼の先祖と良い感じになったこともあった。結局は喧嘩別れしたが。

……信一郎やエレノア、鏡子達と関わりながら妾はあの少女やあの男との恋愛も観てきた。ここからずっと観ていた。』


『気持ち悪い…』


『そうじゃな。そのうち、観ているだけだった少女に愛着を持った…のかもしれぬ。信一郎の知り合い程度にしか思っていなかったが、微笑ましいと思ったのかもしれぬ。だから、妾はそなたを創ったのであろう。』


“大臣”という友人を復活させたかった。信一郎やエレノアと笑い合う彼をもう1度見たかったのだ。その言葉は飲み込んだ。いくらなんでもその感情を口にするのは越権行為である。_管理者たるアマテラスはほんの少し気まぐれを起こすこともあるが、全ての人間に対して慈悲深くあるべきだから。


『……そうかよ。』


その口調が脳内にある“大臣”と重なった。アマテラスはそのことを自覚したが、何も言わずに彼を見ていた。


__彼はもうこの世に居ない。あり得たかもしれないもしもは叶わない。





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