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青華学園物語  作者: かりんとう
影山美咲編~絶交から始まる運命の戦い~
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お待ちになって!


その日の放課後、美咲はすぐに帰ろうと身支度を早く整え、小走りで校舎から出ようとしていた。今日は大事な本の発売日、バス停まで急がなきゃと急いでいると後ろの方から声が聞こえた。


「お待ちなさい……」


うむ、何処かで聞いたことのある声…でも、アリスとの絶交で私に声をかけるような物好きは居ない……急がないとと急いでいるとまた声が聞こえる。


「そこの貴女、お待ちなさい…!」


「……そこのショートヘアの貴女、影山美咲!お待ちになって!」


あらー、中々気づいてもらえないんだね。可哀想になどと考えながら急いでいると今度は大きな声で名指しで言われた、しかも私の名前だ。

振り返るとそこには、同じクラスの朱雀葵様の姿があった。__朱雀葵様、私と同じクラスの朱雀財閥の令嬢で外山貴樹様の婚約者。艶々の腰まで伸ばしたストレートヘア、上品な青華学園の制服を着こなした彼女は背が高くつり目な事もあり、人に威圧感を与える。……常に1人で居り、行動を共にする御方は居ない。


「えっと、朱雀さん……?何か私にご用でしょうか?」


飛び上がりそうになるのを必死で抑えて半信半疑で尋ねる。彼女の目は私を鋭く見据えていて、多分用があるのは私で間違いないのだと思うが、彼女との接点は同じクラスというくらいで声をかけるような覚えはない。


「そうよ、私は貴女に用があるの。今からお話をしたいのだけれどいいかしら……」


「申し訳ありませんが後日ではいけませんか?ちょっと用事があるので。」


「その用事とやらに付き合うからその後で話をするのはダメかしら?」


「………分かりました。」


断る理由もなかったので、頷いてしまった。……ん?付き合うからって?そう考えた時にはもう彼女を送迎する為に校門の前に停まっていた黒塗りのリムジンに押し込まれた後だった。リムジンには運転手ともう1人、男性が居た。


「何処に行きたいのかしら?」


「駅前の『百間堂』です。」


「確か、本屋だったかしら……?時々クラスの子から聞く名前ね。私の話よりも本の方がよかったなんて貴樹さんに言い返した事も含めて貴女、中々度胸あるのね。……山本、駅前の『百間堂』までお願い。」


山本という専属の運転手が短く返事をして車が軽やかに進んでいった。大人しく置物のように静かに待っているとすぐに『百間堂』に着いた。運転手の山本さんが車を駐車場へ停めていった。


________


『百間堂』は駅前のビルにある。1階がカフェテリアやフードコートなど食べ物が中心、2階は日用雑貨店が並び、3階~5階が本屋である。ラインナップがシッカリとしており、結構マニアックな本もある、私にはとてもありがたい本屋である。エスカレーターを昇って目的のフロアへと移動していく。


「は…は、速すぎますわ…もう少し、ゆっくりではいけないのですか……?」


「ダメです、本は私を待ってはくれませんから。速く、速く…」


エスカレーターを物凄いスピードで駆け昇り、迷うことなく目的の本の元へと向かっていく。

本屋の片隅の方に僅かに積み上げられたその目的の本を手に取って幸福に浸る。そのまま、スキップをしてレジへと向かっていった。


「ぜぇ…ぜぇ…速すぎますわ、それで目的の本は買えましたの?」


「はい!この通り買えました!」


本屋の袋を見せながら葵様に笑顔で言った、目的の本を早く家に帰って読みたいぐらいなのだが、順番的に葵様の話を聞かなければならない。


「そういえば、話ってなんですか?」


「あ、ああ…それは車の中で。ここは人も多いから早く場所を変えた方がいいわ。」


「……あ、そうですね。」


『百間堂』は下にカフェテリアもあるためか青華学園の生徒もよく来る、今もちらほらと青華のカップルとおぼしき2人組の姿があった。私は葵様に手を引かれるようにしてその場から離れた。

『私の気に入っている所で話をするわ、大丈夫。誰にも見えないような場所にするから』と言われてそのまま車でまた何処かへ出発した。また静かに到着を待っていると、葵様に声を掛けられた。


「そういえば、貴女はそんなに急いで何を買っていたの?言いたくないなら言わなくてもいいわ」


「ああ、それは……絶対に笑わないでください。これが欲しかったのです。」


私は、袋から先程買った1冊の漫画を取り出した。葵様はポカンとしていた……やはりそうだったか、この趣味は誰にも理解されないかと肩を落とした。


「『大臣、お待ちになって!』……?これは一体どんな本なの?山本、貴方は何か知っている?」


「さあ、聞いたことあるような無いような…。」


「山本は私に仕えていて結構知識はあるというのに知らないとは…ごめんなさいね、どういう物か教えてくださる?……って貴女、何故泣いているの!?」


「ごめんなさい、アリス…あの子は私の趣味など認めてくれませんでしたから……いつも押し付けられてばかりで、息をするのも苦しかった事を思い出してしまい…つい。それで、この本は__」


肯定では無かったけれど、アリスのように否定されなかったことに感動して涙が出てきた。

『大臣、お待ちになって!』(通称:大待(だいま)ち)はファンがあまり居ない細々と続いている漫画である。つまりはマイナー作品、私はそういうマイナー作品を好きになってしまう運命なのか…この漫画以外にも好きになってしまったのはマイナーなものだった。

まあ、そんなマイナーな『大臣、お待ちになって!』のストーリーは、陰陽師の血を引く霊感のある主人公の高木美冬(たかぎみふゆ)(16)はある夜、コンビニに行く最中に消えかかっていた幽霊に出会う。それは5年前に病死した大蔵大臣の中城昭和(なかじょうあきかず)(54)だった。彼から自分の死の真相を暴いてくれと頼まれた……ミステリー要素が詰め込まれた状態で物語が始まっていく。


「__という話なんです。」


「ミステリーなのかしら……?面白そうじゃない、笑わないわよ。川満さんはとても自分中心な人物なのね。世の中にはミステリーだけでなく色々な趣味を持つ人が居るというのに、自分の趣味を押し付けようだなんて酷い方。」


「朱雀さん……そう言っていただけるだけでありがたいです!」


すると運転手の山本さんの横に居た男性が声をあげた。彼の名前は宮本さんというらしい。


「お嬢様、私はその『大臣、お待ちになって!』を知っています。確か、ドラマ化して大いにコケた作品というように記憶しています。」


「コケた?コケるとはどういう意味ですの?」


「ドラマの視聴率が低く、ヒットせずに終わる事です。ヒットしないだけなら未だしも打ち切り同然に中途半端なまま終わる場合もあります。ようは人気が無かったということでございます。」


「そう、人気が無い作品だったのね……」


__そう、宮本さんが言うようにドラマ版『大臣、お待ちになって!』は大いにコケた。昔、視聴率が15%行けば普通、10だとヤバイかもなどと言われていた頃に驚異の視聴率3%を叩き出した迷作だった。


「確かに、ドラマ版は黒歴史と言われても否定はできません、大きくなってから見てみましたけれどキャストも脚本もイマイチでしたから。でも、それで原作まで貶められるのは筋違いです!」


「貴女がその作品に熱を持っているのは分かったわ。宮本、今すぐ『大臣、お待ちになって!』を集めなさい。

……美咲さん、着いたわ。」


私が好きな本について語っているうちに葵様のおっしゃっていた場所に着いたようだ。そこは閑静な住宅街の外れにある一軒屋だった。

《今日は、帰るのが遅くなると思う。》お祖父ちゃんにそうメールを送ってから私は、導かれるがままにその家に入っていった。


「ここは、私の隠れ家みたいなもの。ほら、そこにお掛けになって。」


「はい…!」


ソファに座って、横に学生カバンと本屋の袋を置いてから葵様の方へ向き直った。


「あの…話とは何ですか?」


「そうねぇ……その前に、貴女は川満アリスさんの事をどう思うかしら。誰かに告げ口なんてしないしする人も私には居ないから、正直に言ってくださる?」


やはり、婚約者の外山貴樹様をたぶらかす存在の事が気になるのかなと思った美咲はなるべくオブラートに包みながら……ではなくストレートに言った。


「彼女と友人となったのは本当に最低な出来事です。あの2年と少しの間、私は1人が好きであまり人と騒ぐのは好きではないのに彼女にいつもまとわりつかれて、彼女を引き剥がそうにも離れず、彼女好みの今時の趣味を押し付けられ、『大臣、お待ちになって!』だけではなくそれ以外の私が好きなマイナー作品も貶され、人権など保障されない生活を送ってきました。

………彼女に強く言えなかった私にだって、責任はあると思います。」


「あの御方は、何回も言った所で分かりませんわ。私も貴樹さんと友人となるのは構わないが恋人のように振る舞うのは止せと言ったのに聞く耳を持ってくれませんでしたから。」


「は…はぁ……そうですか。」


そういえば、彼女がいつだかに『悪役令嬢がアリスの邪魔してくるの!』なんて言ってて戯れ言だと思っていたけれど本当だったんだ……。

そして、彼女は言った。


「あのビッチ、私の婚約者をタブらかしたのよ。被害者同士、同盟を結びません?」


今までのおしとやかな彼女の口から出たとは思えない言葉に、私は固まった。






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